第09話 決闘伯爵

 ――馬を走らせて、その日の夕方には牧場に戻ることができた。

 クローディアはキャサリンの頭に刺した薔薇を引っこ抜くと、再び自分の頭にぶっ差す。


「これで元通りですわ♪」

「お、おう……大丈夫なのか?」


 馬丁は困惑したが、一通りキャサリンを調べてとりあえず納得したらしい。


 クローディアたちはそのまま魔術師ギルドの事務所に向かった。


 その建物は王都の城壁内にありながらも、そこそこの広さを確保できている。

 魔術師が大きな力を持っている証だ。


 装飾のセンスは魔術学院に似ており、関係の深い施設であることを感じ取れる。


 建物内に入るとそこそこ人の姿はあるが、広いおかげで混雑しているという印象はない。

 目的の窓口はすぐに見つけることができた。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


 窓口の女はニコニコ営業スマイルで迎えてくれた。

 名札を見ると『リリー・ベケット』と書かれている。


「依頼を完了しましたので報酬をくださいな♡」

「依頼完了証明書はございますか?」

「もちろんありますわ♪」


 クローディアはベケットに証明書を渡した。


「拝見いたします」


 女は営業スマイルを解除して真剣な目で書面を睨む。

 次にクローディアの姿をじっと見つめだした。

 クローディアはじっと見つめ返す。


「……ワタクシの顔に何か付いていまして?」

「顔というより頭に……って、そういう話ではなくて、あなたがクローディア・ウィンフィールドさんですか~」

「ええ、それがどうかしまして?」

「私たちの間では期待の新人として有名なんですよ~」

「そうですの♪」


 有名と聞いてクローディアは気分が良くなる。


「えーっと、依頼の達成を確認いたしました。

 報酬は80万クラウンですが、手数料を差し引いて72万クラウンのお渡しとなります」


 そう言って、金額分のラングワース銀行券を差し出した。

 クローディアはそれを受け取ると、すぐにマリアに渡す。


「それでは報酬を受領したことを示す書類に署名サインをお願いします」


 初めての報酬を受け取って上機嫌に窓口から数歩離れた時――。


「――お嬢ちゃん、俺と遊ばないか?」


 突然、見知らぬ男が声をかけてきたのである。

 紅いマントを羽織っており、それに合わせたかのような紅くてつばの広い帽子を被っている。

 非常に目立つ大柄な中年の男である。


「不審者ッッ!!」


 マリアは躊躇なく男の顔面を殴る――が全く怯まなかった。

 すぐにクローディアとの間に立ち、怪しい男を睨みつける。


「お姉ちゃん、いいパンチだねぇ。だけど俺が遊びたいのはアンタじゃねぇ。お嬢ちゃん、今の報酬を賭けて俺と決闘しないか?」


 その言葉を聞いたクローディアはなんと泣き出してしまったのだ!


「お……おいおい、ど、どうしたんだ?」


 男は困惑する。

 それはそうだろう――何も脅したり威圧的に接したりしていない。

 嫌なら断ればいいだけだのはず。

 そもそも、この男はクローディアが話しかけたのである。

 だが、男の考えは甘かった――いや、と表現するべきか……。

 クローディア・ウィンフィールドという少女をのだ。


 マリアも困惑しながら成り行きを見守っている。


「おい、決闘卿が女の子を泣かしたぞ」

「何があったんだ?」


 周囲がざわつく。


「ぐすっ……だって、決闘……いつも一生懸命どうしたら決闘に持ち込めるか考えているのに……自分からワタクシに決闘を申し込んでくださる方がいるなんて嬉しくて……」


 男はようやく少女が泣き出した理由を理解できた。

 そして、彼女が自分に近い存在であることも――。


「とりあえず……やるっていうことでいいんだな……?」

「もちろん――」

「よくありませんッッ!!」


 クローディアが満面の笑顔で答えようとしたその時、マリアが鬼の形相で話に割り込んだ。


「お嬢様、せっかくの収入を賭けようとするとは何事ですか! しかもこの方、“決闘卿”と呼ばれていました。つまり、『七魔貴族』ですっ! 絶対に戦ってはいけません!」

「へぇ~、オジサマ、七魔貴族ですの?」

「ああ、俺の名前はアラン・ゲイル、『決闘伯爵』と呼ばれている」

「『決闘伯爵』ということは強いんですの?」


 その質問にゲイルはニヤリと笑う。


「ああ、強いぞ~」

「ますます戦わねばなりませんわ!」

「やはりお嬢様は性根が腐っていますね!」

「主に向かってなんてことを言うのです!?」

「私の主は旦那様であってお嬢様ではありません!」


 絶対に認めまいとするマリアに対してクローディアは足元にすがり付く。


「お゛ね゛か゛い゛マ゛リ゛ア゛~~」


 これ以上はないという駄々っ子っぷりを見せつける。

 怪しい男はしばらくクローディアとマリアの微笑ましい様子を眺めていた。


「お嬢ちゃんたち面白いな。つまりはリスクの問題なんだろ? だったら掛け金は1万クラウンでいいぜ」


 ゲイルは別にお金が欲しくて決闘を持ちかけているわけではない。

 掛け金はあくまで相手のモチベーションを引き出すためだ。

 だから、クローディアが賭けたものに関係なく本気で戦う“同類”ならば特に必要ではない。


「オジサマ優しい! 聞きましたか、マリア? いいでしょ? ねぇ、いいでしょう?」


 今度はマリアに頬ずりをしながら甘えた声で強請ねだる。


「仕方ありません、1万クラウンは諦めることにします……」


 それを聞いてクローディアはマリアを強く抱きしめる。


「ありがとう、マリア♡ それにまだ負けると決まったわけではありませんわ!」

「もちろんそうだ。俺は勝負にならなさそうなやつに声を掛けたりしない。お嬢ちゃんも決闘狂いだし……お互いに苦労するねぇ♪」

「はい、それはもう♪」

「決闘はいいぞ~~。最も濃密なコミュニケーションだ。互いのことをこれ以上に真剣に見ることは他にあるまい」

「その通りですわ! ああ、ワタクシとしたことが自己紹介がまだでしたわ。ウィンフィールド男爵の娘でクローディアと申します。以後、お見知りおきを♪」


 クローディアはスカートの裾を軽く持ち上げる。


「こちらは従者のマリア」


 マリアは静かに頭を下げる。


「お嬢ちゃんのことはこの前の学内決闘を見ていたからよく知ってるぜ。そこで目を付けた」

「それは光栄ですわ」


 嬉しそうなクローディアに反してマリアの表情は険しい。

 類が友を呼んでしまったようだ。


「もう王都には戦ってくれるやつがいなくてな……。毎年魔術学院の新入生をのが生きがいなんだ」

「それは素敵なご趣味ですね」


 ゲイルはそれを聞いてニンマリと笑う。

 クローディアはこれを皮肉ではなく本気で言っているのだ。


「やはりお嬢ちゃんとは気が合いそうだ」

「ところで……どこでやりますの?」


 当然ながら魔術師同士の戦いは周囲への影響が大きい。

 もっと簡潔に表現すれば壊しまくるのだ。


「城壁内じゃ厳しいな。外ならいい感じの場所を知ってるぜ。だがもう日が沈む。明日の朝、ここで落ち合おう」


 ゲイルはそう言い残して去ろうとした。


「はい、それでは――あああああ、大事なことを忘れていましたわ!」

「な、なんだ、突然?」

「ワタクシ……剣がありませんのよ!」

「……その腰に差しているサーベルはなんだ?」

「一応真剣ではありますが、実質ただの装飾品アクセサリーですわ。

 決闘に使うならもっと本格的な両手剣ロングソードが必要です」


 ゲイルは一瞬、目を丸くする。


「これを異なことを言う、だろう? そっちのお姉ちゃんはかなりの剣士に見えるが」


 ゲイルはちらりとマリアを見る。


「お嬢様の剣はヘボいですからね」


 それを聞いてゲイルは苦笑い。


「ははは……。まぁ、俺も武器は使わんからそれでいいではないか?」

「……仕方ありませんわね」

「それじゃあな」

 

 ゲイルは今度こそ去っていった。


「あの方、ワタクシたちの鍛錬を見ておられたのでしょうか……?」

「わかりません……。確かに剣術に秀でた者の動きにはある程度特徴がありますが……」


 やはり、只者ではないということだろうか……。

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