第08話 ギルドのお仕事

 ――休日の昼前。


 城壁近くにある羊が放たれている牧草地で木材同士がぶつかる音が響く。

 クローディアとマリアが激しく木刀を打ち合っているのだ。


 城壁内では手頃な練習スペースが見つけられなかったので、こうして外に出て訓練している。


 今のところ、羊から飼い主からも文句は出ていない……。

 魔術学院の制服が効いているのだ。


 この国においては魔術師は“神の使い”としてリスペクトされている。

 実害が出なければ寛容な扱いを受けるのである。


「やあああああっ!」


 クローディアは勢いよく打ち込むがマリアは華麗に受け流し、次の瞬間にはクローディアの頭部をかち割っていた。

 使用しているものこそ木剣だが、寸止めしない真剣ガチンコ勝負であるッ!

 クローディアはすぐに回復魔術で怪我を直した。


「まだまだですわね、お嬢様。いえ、やはり才能がないという方が正しいでしょうか」

「ふんだ! ワタクシがちょっと魔術を使えばマリアななんか秒殺でしてよ!」

「……お嬢様がそれでよろしいのであれば」

「ぐぬぬぬぬ……」


 どうやら魔術を使わない純粋な剣術比べではクローディアよりマリアの方がかなり強いらしい。

 マリアの見立てではクローディアには驚くほど剣術の才能がないのだが、クローディアがどうしてもとせがむので仕方なく訓練に付き合っているのである。

 ちなみに、マリアが怪我をした場合もクローディアが魔術で治すことになっているが、実際にそうなったことはない。


 クローディアが地団駄を踏んで悔しがっていると、男が羊を避けながら近づいてきた。

 王立魔術学院の教師、ロイ・タルコットである。


「いや~見つかってよかったです」

「タルコット先生ではありませんの!?」

「休日でも欠かさず鍛錬ですか? さすがですねぇ」

「先生こそ休日にわざわざどうしましたの?」

「ギルドの依頼ですよ。学院に入学すると自動的に魔術師ギルド見習いになることは憶えていますね?」

「もちろんですわ」

「あなたに丁度いい依頼ありましてね」

「決闘代行ですの!?」


 生徒の期待に満ちた瞳からタルコットは目を逸らした。


「い、いえ……熊討伐です」

「熊討伐でしたら、地元では積極的に引き受けていましたわ」

「それは良かった。では説明に入ります。この近くにあるサンファーという農村が熊に襲撃されました。すでに人の味を覚え、10人が殺されています。王都警備隊はこの熊の討伐を魔術師ギルドに依頼しました」


 狭義での“王都”というのは城壁で囲まれた都市を指すが、広義ではそれより広い地域を指す。

 だから王都警備隊の活動範囲は広いのだ。


「報酬は出ますの?」

「額面上は80万クラウンですが、ここからギルドに手数料を取られます」

「手数料……?」

「基本的に一割ですね。そして経費はこの中から捻出してください。これが依頼書とサンファー村への地図です。今から馬を飛ばせば日が暮れるまでに到着できるでしょう」


 タルコットはクローディアに二枚の紙を渡した。


「授業はどうしますの?」

「もちろん出席と同等の扱いです」

「それならば問題ありませんわ」

「あなたは座学でも優秀ですから、数日くらい出席しなくても大丈夫でしょう」

「そうですわ、ワタクシは優秀なのです! おーほっほっほっほ♪」


 クローディアは自慢げに笑う。


「それでは私は他の依頼の斡旋をしないといけないので」


 一通り説明した後、タルコットはそう言って早足で去っていった。


「すぐに家に帰って準備をしますわ」

「わかりました」


 二人は急いで家に戻ると最低限の準備をして、馬を飼っている牧場に向かって歩き出した。


    *


 牧場に到着したクローディアたちはさっそく馬丁に話しかける。


「馬を貸していただけるかしら?」

「おお、魔術学院の生徒さんじゃないか。好きな馬を選びな! 良い馬ほど値段も上がるがね……」

「それでは一番速い馬をお願いします♡」


 クローディアは笑顔で言うが、マリアは渋い顔をする。


「お嬢様……そんな無駄遣いを……」

「いや、この牧場では一番速い馬は一番安いぜ」


 馬丁はニヤリと笑って意外な言葉を口にした。


「それはなぜですの?」

「俺以外、誰も乗れないからだ」

「なるほどぉ……。ですが、ワタクシはまだ試していませんわ」


 少女の強気な発言に馬丁は目を丸くする。


「ケガしても責任は持ないぞ……?」

「わかっていますわ」


 クローディアの瞳にはわずかな迷いも恐怖もありはしなかった。

 従者も止めない。


「おもしれぇ、付いてきな」


 馬丁は1頭の白馬の前に案内した。


「こいつの名前はキャサリン。乗れると思うなら乗ってみな」

「とても強いパワーを秘めた馬ですわ♪ では失礼して……」


 クローディアはひらりと軽い身のこなしでキャサリンに跨る。

 次の瞬間、キャサリンはすごい勢いで走り始めた。

 上下左右に激しく動き、明らかに振り落とそうとしていることがわかる。


「あはははは~♪」


 この状況でもクローディアは楽しそうだ。


「なかなか頑張るねぇ」


 馬丁も感心している。

 しかしいつまでも遊んでいるわけにはいかない。


 クローディアは頭の紅い薔薇を一本引き抜くと、馬の頭部にぶっ刺したのである!

 するとたちまちキャサリンは落ち着きを取り戻したのだ。

 クローディアはキャサリンに乗ったまま悠々と馬丁の側に戻ってきた。


「お、お嬢ちゃん……それは?」


 もちろん、頭にぶっ刺さっている薔薇のことである。


「気にしてはいけませんわ♡」

「いや、そういうわけには……」

「気にしてはいけませんわ♡」

「あ……ああ……」


 あまりの迫力にこれ以上の追求はできなかった。


「ご心配なく、きちんと原状回復してお返ししますわ♪」

「お、おう……」


 かくして、クローディアは安く馬を借りることができた。

 速さ……?

 結局、マリアの乗る馬に合わせなければいけないから、ご自慢の速さを発揮することはないのだ!


    *


 地図に従ってひたすら馬を走らせ続けると、日が沈む前に目的の村らしき場所に到着した。


「血の臭いがしますわね……ここに間違いありませんわ」


 クローディアが珍しく真面目な顔をしていると、槍を持った兵士が近づいてきた。


「あんたたちがギルドから派遣された魔術師か?」

「彼女はあくまで従者、魔術師はワタクシ一人ですわ」

「おいおい、アレを一人でやろうってのか!?」

「そうですわ」

「まぁ、魔術師ならなんとかなるかもな……。とりあえず馬を預けてくれ」


 クローディアたちは兵士に付いてゆっくりと馬を進める。

 村の中をよく観察してみれば、破壊された建物あったり、所々に血の跡が残っていたりする。

 宿の厩舎に馬を預けると、腰にサーベルを差した将校と思しき青年が現れた。


「私はこの事件を任されているジャック・ギース中尉だ」

「ワタクシは魔術師ギルドから派遣されてきましたクローディア・ウィンフィールドですわ」

「早速本題に入ろう。とりあえず熊に10人やられたって話は知ってるな?」

「ええ」

「それは依頼を出し時の古い情報だ。今は12人やられている」

「警備隊でも倒せませんの?」

「残念ながらそうだ。小銃ではほとんど有効なダメージを与えられん。莫大な兵力を投入すれば倒せると思うが、そういうわけにもいかないからな」

「なるほどぉ」

「熊というのは一度目を付けた餌は決して諦めない。しかも、立ち上がれば君の倍以上の高さになる巨大熊だ」

「すごい大きさですわね」


 クローディアの身長は165センチメートル。

 つまり、この熊は3メートル以上ということであり、体重もすごいことになる。

 基本的に体重=パワーだ。

 魔術師でない者にとってはたまったものではない。


「とりあえず行動は明日からだ」


 警備隊と共に夕食を済ませたクローディアとマリアは宿に案内され、眠りに付いた。


    *


 ――そして深夜。

 突然、クローディアは目を覚ました。

 そのことによってクローディア自身が異常に気が付く。


「熊だーーーっ!」


 深夜の村に響く切迫した叫び。

 それを聞いた瞬間、クローディアは宿を飛び出した。


 夜の暗闇に包まれているが、超人的な感覚ですぐに問題の熊を見つける。

 さらに今、まさに襲われようとしている村人がいた。


「てやあああああああああっ!」


 魔力で身体を強化すると一気に接近して飛び蹴りを喰らわせるっ!

 巨大な熊がゴロゴロと転がった。


「俺は……助かったのか……?」

「今の内に離れてくださいませ」


 戸惑う村人に避難を促す。


「――グオ……」

「さーて、熊さん……決闘しましょう! お互いの命を賭けてッ!」

「――グォオオオオオオオ!」


 怒り狂った熊がものすごい勢いで突進してきた。

 だが、これを避ければ建物に被害が出る。


 クローディアは重力魔術で一時的に自分の体重を10倍にした。

 身体への負荷はすごいが、身体強化魔術で耐える!

 これで熊の突進を受け止めることに成功。


「決闘合意――ということでよろしいですわね?」

「――グオオオオオオッ!」


 巨大熊は次に爪による攻撃をしようとした。

 振り下ろされる熊の腕にクローディアは拳を打ち込む。


 それによって熊の右腕はあっさりと折れてしまった。

 怯む巨大熊。


「はあああああああああっ!」


 クローディアは鋭い飛び回し蹴りを熊の頭部にぶち当てる。

 その蹴りはあまりに鋭かった。


 鋭さのあまり、熊の頭部は胴体に別れを告げて遥か遠くに飛んでいったのだ。

 残された熊の巨体はゆっくりと倒れ込んだ。


 騒ぎに気が付いて目覚めた人々が武器を持って集まってきた。

 多数の松明の明かりで首のない巨大熊の姿が照らし出される。


「お、おい……」

「うおっ!? 熊の首がねぇ!」


 人々は困惑する。


「さぁ、皆様! 危険な熊はワタクシが討伐いたしましたわ!」


 返り血に染まったクローディアが勝利を宣言した。


「「うぉおおおおおおお!」」


 歓声が上がる。

 村は巨大熊の恐怖から解放されたのだ。


    *


 ――次の日の昼。


 村人によって熊鍋が用意された。

 さんざん人間を食べた熊の末路は人間に食べられることだった。

 ちなみに熊の首は発見され、勝利の証として村の中央に晒されている。


「う~ん、マンダム♡」


 クローディアは希少レアな食材にご満悦である。


 熊鍋パーティーが終わった直後、ギース中尉がやってきた。


「ほら、大事な物だ。失くすなよ?」


 ギース中尉はクローディアに一枚の紙を手渡した。

 紙に目を通すと、クローディアが依頼を達成したことを証明するという趣旨のことが書かれていた。


「もしかしてギルドの仕事は初めてだったのか?」

「そうですわね」

「そうか。まぁ、無事に達成してくれたからなんでもいいけどな」

「さて、ワタクシたちはそろそろ失礼しますわ」

「ああ、元気でな」


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