第二章 恐るべき魔術師たち

第06話 鋼鉄の少女

 ――さて、決闘の次の日。


 1時限目にクローディアが受けるのは『魔術実習』である。

 この科目は基本的に闘技場で行われる。


 始業時刻になると、タルコットが姿を見せた。

 タルコットは基本的に社会科系の担当だが、この学院の教師はだいたい魔術もいける。


「――皆さん、昨日のウィンフィールドさんとロックウェルさんの決闘を見たでしょうか? 決闘に至った経緯はさっぱり理解できませんでしたが、かなりレベルの高い戦いでした。見ることができた人はラッキーだったと思います」

「それほどでもありますわ、おーほっほっほ♪」


 クローディアの高笑いが響く。


「うるせぇ……」


 対照的にアルバートは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 それはそうだろう……。


「本来は魔術による身体強化でもやって貰おうかなと思っていたのですが、せっかくなので“模擬決闘”にします」


 生徒たちがざわつく。


「全員に戦ってもらうことはできませんので、誰か希望する方二名に代表してやってもらいましょう。

 実際にやってみるがベストではありますが見るだけでも勉強にはなります。

 今回は模擬ですが正式な決闘は行政機関への届け出が必要です。王都で行う場合は王都警備隊ですね。

 ただ、魔術師の場合は魔術師ギルドへ届けて、そこから行政機関に連絡する形になります。

 例外がこの学院内の場合なのですが、決闘管理委員会が魔術師ギルドの代わりの役割をします。

 この授業はあくまで“訓練”ですので届ける必要はありませんが、絶対に死人を出してはいけません。

 正式な決闘なら死んでいいかというものでもないのですが……。

 ともかく、安全のために回復が得意な魔術師がしっかり待機しています。

 ――さて、前置きはここまでです。えーっと……ウィンフィールドさんとロックウェルさん、もう一度戦いますか?」

「ワタクシはよろしくてよ♪」


 クローディアはウィンクしながら答えた。


「俺はやらねぇ」

 

 一方でアルバートはきっぱりと拒否した。

 クリスタリウムの武器を持ち込んで負けたのだから、素の実力差は推して知るべしである。 


「やはりそうなりましたか……では、ウィンフィールドさんと戦いたい人……いますか?」


 タルコットがざわめく生徒たちを見渡す。

 クローディアはあまりに強すぎるため、釣り合う相手は新入生に1人しかいない。

 その者が手を挙げない場合は全く別のペアを考えることになる。

 だが、その必要はなかった。


「アタシがやります」


 小柄な少女が名乗りを上げた。

 その青い瞳には異常に強い意思の光が宿っている。


「サニー・フェアハートさん、あなたしかいないですよね。

 では、二人は好きな武器を取ってきてください。

 残りの皆さんは私と一緒に観客席の方へ」


 タルコットの指示に従って生徒たちが移動する。

 剣、槍、槍斧ハルバード――闘技場の中には様々な武器が用意されていた。

 クローディアとサニーはそれぞれ同じ様な両手剣ロングソードを選んだ。

 剣を携えた二人はアリーナの中央で向かい合う。


「あら、やっぱりワタクシと決闘してくださるの?」

「模擬よ、模擬! 練習! 訓練!」

「ワタクシは戦えればどっちでもよろしくてよ♪」

「まぁ、それは深入りしないことにするわ……。で、入学してから周囲のやつらを観察していたけど、アンタはアタシと似ているわ」


 サニーは唐突にそんなことを言い出した。

 クローディアは怪訝な顔しながらサニーを上から下まで舐めるように見る。


「う~ん……アナタ……髪や目の色、さらには体格までワタクシと違いますわよ?」


 クローディアはストレートの金髪、緑色の瞳、身長は同年代の女子よりも高く、その上豊満なバストを持っている。

 一方のサニーは青い瞳に茶色の癖っ毛、身長は低めで胸囲も貧しい。

 そして目つきが微妙に鋭い……。


「そういう意味じゃないわよッ! ――田舎の下級貴族――そう言えばわかるかしら?」


 クローディアはそれを聞いてニンマリと笑う。


「なるほどぉ♡」


 下級貴族の下に生まれ、一族の地位向上のために王立魔術学院にやって来た――それが彼女たちなのだ。


「理解してくれたみたいでよかったわ。まぁ、体格も性格も違うみたいだけどね……」

「それにしてもアナタ……足音が変ですわね。あと、鉄っぽい臭いがします」


 それを聞いて今度はサニーがニヤリと笑う。


「いい感覚してるじゃない♪」

「見た目より身体が重い気がします。

 アナタ……身体改造を行っていますわね?」


 クローディアの発言にクラスメイトたちは驚く。


「やっぱりアンタ、只者じゃないわね。そうよ、アタシの骨は鋼鉄でできているわ」

「鉄の重さはカルシウムの5倍、なるほどそういうことですのね。それで筋力トレーニングでもなさっているのでしょうか?」

「それもあるけど本当に重要なのは……まぁ、いずれわかるわ。アンタの方こそその頭、一体どうなっているのよ?」

「頭にお花が咲いていたら素敵ではありませんの?」

「ただのアクセサリー? それとも武器?」

「さぁ……?」

「まぁ、秘密はお互い様ってことね……」


 両者は剣を構えた。

 クローディアは身体の正面、腰の高さで剣を握っている。

 対してサニーは頭部の右側で握り、刃先を水平よりやや下に向けている。


「それでは模擬決闘開始してください」


 タルコットの合図で二人は魔力を解放した。

 すぐに激しい刃のぶつけ合いを繰り広げる。


「魔力はウィンフィールドさんの方が強いですね。すごい速さで斬撃を打ち込んでいますが、フェアハートさんは完全に対応できています。これは剣術の差ですね。ウィンフィールドさんも素人ではありませんが、フェアハートさんはかなりの達人です」


 タルコットの言葉通り、サニーは最小限の動きでクローディアの攻撃を防いでいる。

 強烈な斬撃を奇跡的な動きで受け流し、その斬撃が終了する頃にはサニーの斬撃は開始されているのだ。


 だが、クローディアも異常な速度でそれに対応するから、まだ斬られずに済んでいる。

 まさにパワー対テクニックの見本がそこにあった。


「やっぱりそう……。アンタ、他の能力の高さの割にあまり剣の扱いが上手くないわね……。どう考えても剣を捨てて拳で戦った方がマシだわ」


 その言葉にクローディアは心底意外そうな顔をする。


「何をおっしゃいますの? 貴族とは戦士にその起源があるのです! 剣とは戦士の象徴! つまりは貴族の象徴! 貴族であるワタクシが剣で戦うのは当然のことですわ!」

「その考え方が魔術師としていかに致命的か教えてあげるわッ!」

「ぜひ教えて下さいまし♡」


 サニーの攻防一体の剣術が、徐々にサニーがクローディアを押し始めた。


「そこだあああああっ!」


 ついにサニーの剣クローディアの身体に届く。

 剣を掴んでいたクローディアの右肘から先が飛んでいった。

 その直後にクローディアは指向性爆発を放つ。

 サニーは防御姿勢を取りながら後ろに下がった。


「指向性爆発……すでに習得していたのね……」


 サニーは感心した様子で言う。


「うう……まさか、このワタクシが……」


 クラスメイトたちがどよめく。

 控えていた回復魔術師が駆け寄って来た。

 だが、タルコットはそれを制した。


「回復は待ってください」


 その衝撃的な発言に生徒たちは困惑する。


「どうしてですか、先生!? 早く回復しないと!」


 生徒たちが当然の抗議をする。


「よく見てください。ウィンフィールドさんはほとんど出血していません。そして彼女の動揺は全くの演技です」

「あら、バレてましたの?」


 クローディアがニコリと微笑むと、腕の両方の切断面から植物の蔓のようなものが伸び始めた。

 蔓同士が絡まると今度は縮み、切られた右腕は本来あるべき位置に戻り、そして皮膚も完全に修復された。


 服の袖までは直っていないが、それを除けばまるで何もなかったかのようである。

 クローディアは腕を曲げたり伸ばしたり掌を閉じたり開いたりした。


 腕の調子に満足すると剣を拾い構え直す。

 あまりの出来事に今度は静寂が闘技場を支配した。


 身体の傷を治す魔術というのはメジャーであるが、今のは何かが違うのだ。

 しかも異常なほど短時間で完了している。


 ここにいる誰もがクローディア・ウィンフィールドという魔術師の底知れなさを再認識した。

 そんなクローディアを前にしても平然としているサニー・フェアハートについても――。


「……もういい?」


 無言無表情で見つめていたサニーが口を開いた。


「お待たせしましたわ。

 それにしてもアナタ……意外と驚きませんのね」


 クローディアは意外そうな目でサニーを見る。


「知っていたわけじゃないけど、アンタの実力から考えて十分に想定内だったわ……」

「高く評価していただき光栄ですわ♪」

「さすがに2人に分裂したらどうしようかと思ったけど」


 ギャグみたいな発言だが、サニーの表情は至って真剣だ。


「そこまではできませんわね。それにできたとしても片方は裸になってしまいますわ」

「まぁ、そーよね。でも、うかつに自分の限界を話してしまって大丈夫?」

「ワタクシは常に限界を超え続ける女でしてよ。一年後には二人に分裂できるかもしれませんわ♪」

「ところで……アナタが持っている剣はクリスタリウムで出来ていますの?」

「そんなわけないじゃない。アンタが握っているのとあまり変わらない鋼鉄の剣よ」


 サニーはきっぱりと否定する。

 いくら資金潤沢な王立魔術学院でもクリスタリウム製の武器を用意することは容易ではない。


 クリスタリウムというのは基本的に水晶やガラスのように透明である。

 だが、原料を隠すために表面に色を塗っている場合もないこともない……。

 だからクローディアは確認したのだ。


「あれだけの魔力量しか使っていないのに、ものすごい強度を持っていましたわね」

「よく気が付いたわね。いいわ、教えてあげる。アタシはね……鉄を操る魔術が得意なのよ。だから少ない魔力で強化できる。剣も……そして身体も」


 それを聞いてクローディアはニヤリとする。


「なるほどぉ……素敵な能力ですわ♡」


 つまり、サニーの身体は骨を鋼鉄に替えることでとてつもない強度を実現しているのだ。


「アタシにクリスタリウムの剣は必要ないわ。アタシが握ればそれが伝説の聖剣エクスカリバーになるのよッ!」


 サニーは剣先をクローディアの方に向けて堂々と言い切る。

 それが決してデタラメではないことをクローディアは理解した。


「そしてその卓越した剣術。だから少ない魔力でそんなに強いのですのね。素晴らしいですわ! それでは続きを始めますわよ!」


 クローディアは興奮してサニーに斬りかかる。


「う~ん、降参するわ」


 刃はサニーに到達する直前で止まった。


「は?」


 クローディアは意表を突かれて間抜けな声を出す。


「だから降参するって言ったのよ」

「なぜですの? アナタと戦うのはとても楽しいです! もっとやります!」

「アタシが本気で戦うにはわ」


 そう言い残して、他の生徒たちのいる観客席の方に歩いていった。


「……わかりましたわ」


 決闘とはお互いの同意があって行うもの。

 相手が降りてしまったら終了するしかない。

 クローディアは渋々ながらも納得してサニーの後を追った。

 アリーナから見て観客席はかなり高い位置にあるが、二人とも軽くジャンプして上がってしまった。


 意外な結末に、生徒たちはやはり沈黙してしまった。

 

「えーっと、え-っと……。はい、というわけでウィンフィールドさんの勝利! 戦いのレベルが高すぎましたね~。こんな強い魔術師と戦うことになったらどうしよう、と考えている皆さんも安心してください。ここまで強い人はほとんどいませんし、“何かの正解”で自分がものすごく強くなる可能性もゼロではありません。また方法や相性問題で有利に戦うことも出来ます。さらに戦いを回避したり逃げることも選択肢としては存在するのですよ。これ重要!」


 新たに一組のペアが選ばれて、次の模擬決闘が開始した。

 もちろん魔術師なので常人とは比べ物にならないほど激しい戦闘となっている。

 だが、クローディアとサニーの戦いよりはかなりレベルが落ちているのも事実だ。


「そこですわっ! ほら腰が引けてますわよっ!」


 クローディアは興奮して剣を振り回しながら観戦している。


「危ないわね……アンタ……」


 サニーはクローディアに対して呆れているが内心は近い。

 このクラスの中で自分が注目するべきは魔術師はクローディア・ウィンフィールドくらいだろうと考えている。

 だが、それは正しくなかったことを後々思い知ることになる。

 タルコットの言ったとおり世の中には“何かの正解”が存在するからだ。


    *


 ――昼休み。

 サニーは食堂に向かう。


 ちなみにサニーは鉄分の多い食品を好む。

 つまりは肉、魚、青菜類をよく食べる。

 逆に穀物類はあまり食べない。


 料理を盛ったトレーを運んで席に着く。

 食べ始めたサニーの向かいに人影が現れた。

 クローディア・ウィンフィールドである。

 彼女はトレーをドスンと置いて、そのまま座った。

 すごい量の料理が盛られている。

 魔術師は全体的に大食いの傾向にあるが、それでも異常な量だ。


「……何しれっと同じテーブルに座ってるのよ?」

「ワタクシがどこに座ろうと自由ではなくて?」

「確かに自由だけど、不自然よね? 空いてるテーブルいっぱいあるわよね?」


 この食堂、椅子の数が生徒の数より圧倒的に多いのである。

 だから気軽に四人掛けテーブルを独占できるのだ。


「大親友のサニーさんがいらっしゃるテーブルはここだけですわ」

「いつから大親友になったのよッ!?」

「さっき」

「大親友とかになった覚えはないけど、席に座るのは勝手にすればいいわ」


 サニーは押し問答をするより、早く食べて席を立てばいいと考えた。

 クローディアが持ってきた料理の量を考えれば自分の方が早く食べ終わるだろう。


「もう食べ終わってしまいましたわ……」

「嘘ッ!?」


 サニーはクローディアのトレーを確認するが、確かに料理が消滅している。


「味は悪くありませんが、量の方はちょっともの足りませんわね」

「いやいや、ここ基本的に食べ放題よ。また取りに行けばいいんじゃない?」

「それが、ワタクシの食べる量があまりにも多いので食堂長さんに制限されてしまったのです。天才魔術師であるワタクシに対しての投資を惜しむなんて残念だと思いません?」

「さすがに食べすぎよ」

「まぁ、いいですわ。ところでサニーさん、ワタクシと決闘しませんこと?」

「言ったでしょ……アタシが本気で戦うのはしかるべき舞台だって」

「しかるべき舞台とは?」

「爵位が懸かっているとか……かしら?」

「ですが、普段から決闘していないといざという時に勝てないのではなくて?」

「その考え方自体は否定しないわ。でもアタシは別に戦うのが好きじゃないから」

「それでも貴族の娘ですの?」

「貴族……戦士は別に戦うが好きである必要はないわ。しかるべき時に逃げ出さなければいいのよ」

「確かにそうですわね」

「わかったらさっさとどこかへ行きなさい」

「嫌ですわ♡」

「コイツ……」


 この日からしばらくクローディアがサニーに付きまとうようになった。

 何かに付けて決闘を強請ねだってくるが、サニーは応じない。

 クローディアがサニーと決闘できるのはいつになるやら……。


    *


 ――さて、クローディアに匹敵する実力を見せたサニー・フェアハートの日常について見てみよう。


 実家の財力自体はクローディアとほぼ同じだが、サニーは親から信頼されているため寮暮らしをしている。

 サニー季節に関係なく朝は必ず5時に起床する。

 女性にしては素早く身支度を済ませると、クローディアと同じ様に城壁の外周に沿って走る。


 戻ってきてからは学院内の人気がない場所でトレーニングを行う。

 鍛錬を欠かさない圧倒的な向上心を持っているという意味ではやはりクローディアとよく似ているのだ。


 目下の懸念は剣の稽古をする相手がいないことだ。

 腕力や魔力は一人であっても鍛えることは可能だが、剣術は読み合いなので相手がいる方が良い。


 探せばいるはずなのだが、内向的なサニーには難しいかもしれない。

 また、稽古の相手には自身の情報を多く掴まれてしまうためリスクがあるのは事実だ。


 6時には学院内に起床の鐘が鳴り響き、他の生徒たちも目覚める。

 なぜ、学院が王都の城壁外に存在するかといえば、その広さの他に鐘の音に巻き込まないためというのがある。


 7時に食堂が開くと同時に入り朝食を取る。

 早ければ早いほど空いているからだ。


 サニーはあまり人が多い場所が好きではない。

 人が集まってくる前に手早く済ませる。


 朝食後はもちろん授業が始まるまでトレーニングだ。

 8時になると予鈴が鳴り響き、8時10分に1時限目が始まる。


 12時になると4限目が終わり、昼休みに入る。

 昼食のため再び食堂に向かうがほとんどの生徒が押しかけるので混雑している。


 あの模擬決闘以降、どこに座ってもクローディアが必ず向かいか隣にやってくるようになった。

 その自然さはまるで十年来の大親友であるかのようだ。

 この図々しさはサニーには真似できない。


 13時になると5時限目が始まり、14時50分に6時限目が終わる。

 夕食の時間は18時からなので、それまでは図書館や寮の自室で復習を行うことが多い。


 だいたい20時ぐらいになると寮内の大浴場で入浴する。

 生徒たちを見ることになるのだが、魔術師としての出世には関係ないと自分に言い聞かせ続けている。


 21時ぐらいに就寝。

 グッナイ!


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