第05話 勝利の宴

 ――クローディアは自身の勝利を確認したことで魔力を収めた。


「回復お願いします!」


 マルシアが叫ぶと側で控えていた魔術師が駆けつけて来た。

 回復魔術を受けたアルバートはすぐに立ち上がることができた。


「……俺の負けだ」


 早々に自らの敗北を認める言葉を口にする。


「えー、それでは賭けの対象をお渡しします」


 クローディアはマルシアから本を受け取る。


「手に入れましたわ~♪」


 それを堂々と掲げると観客から拍手が巻き起こった。


「これにて、本日の決闘を終了いたします。また次回の決闘でお会いしましょう! ――近い内にあるといいですね☆」


 マルシアはイベントの終了を告げた。

 観客はゾロゾロと闘技場を後にする。


さん、楽しい決闘でしたわ。また機会があるといいですわね♪」


 クローディアはにこやかに右手を差し出す。

 だが、アルバートはその手を取らなかった。


「やっぱりおまえはイカれてやがる。馬鹿らしい決闘はもうゴメンだぜ。それと俺はだ」


 アルバートはそう言い捨てると、さっさと取り巻きたちの方へ向かっていった。


「いや~惜しかったっすね」

「別に惜しくねぇ。あんな化け物の相手をしたのが間違いだった。まぁいい、気晴らしに宴会をやるぞ」

「遅くはなりましたけど結局同じっすね」

「ふん、そーだな」


 負けたとはいうが、それなりに楽しそうな雰囲気である。

 入れ替わりにマリアが小走りでやって来る。


「お嬢様、なんとか退学を免れましたね……」


 その表情からはとてつもない疲労が感じ取れる。

 もちろん心労だ。


「まぁ、ワタクシの実力なら当然のことですわ。おーほっほっほ――ぐぎっ」


 やはりマリアから頭突きをお見舞いされてしまうのだった。


「痛いですわ」

「はぁ……だから、全く反省しないのですね」


 マリアは深い溜め息をついた。

 クローディアは魔術に目覚めて以来、地元では負け知らずなのだ。

 ちなみに今回はかなり苦戦した部類に入る。


「反省……? 確かに新しい魔術をいきなり本番で試すのは考えものですわね。ですが、それで意表を突いて勝てたこともありましたし……」


 マリアはさらに深い溜め息をつく。


「……そもそも、今回に至っては勝ったところで得るものもありません。むしろ有力貴族であるロックウェル家の心象を下げた可能性すらあります。しかも剣が折れてしまいました。この修理費はどーするのですか!?」


 そう、今回の決闘で折れた剣は賭けた本よりも遥かに高価なのだ。


「確かに貴族の魂である剣が折れたのは大きな問題です。ですが得たものならあります!」

「……それはなんでしょうか?」


 マリアは恐る恐る尋ねる。


「ワタクシの強さを示せましたわ!」


 クローディアはドヤ顔で言い切った。


「だから――」

「ばぎっ――」

「お嬢様は――」

「ぎゅごっ」

「アホなのです!」

「どあっ」


 頭突きが三連続。


「普通に卒業して政府の要職に付く――これが……お嬢様に対して一番望まれていることなのですよ!」

「政府の要職に付いたらいっぱい決闘ができますの?」

「いいかげん、“決闘”から離れてください」

「え……?」

「どうしてそこまで意外そうな顔をされるですか?」

「マリアには決闘の素晴らしさをイチから教育しなくてはなりませんね」

「お嬢様には決闘の愚かさをゼロから教育しなくてはいけないようですね……。

 決闘はリスクの塊です。

 学院にはお嬢様の更生も期待しておりましたが、このままでは先に退学してしまいかねません」


 二人の意見は平行線だった。

 これはずっと以前から絶えず守られてきた構図である。


「まぁ、それは明日からにして、とりあえず失ったエネルギーを補給したいですわ」

「ふむ……頭の花も微妙に萎れていますね。どこか飲食店を探しましょう」

「ですがその前に……」


 クローディアは観客席から去ろうとしているコリンの側に駆け寄った。


「クローディアさん……」


 コリンは少し驚いた様子を見せる。

 クローディアは勝ち取ったの本を差し出した。


「これをあなたに差し上げますわ。読んでいる途中なのでしたのですよね?」

「え? これはクローディアさんが手に入れた本だよ?」

「ええ、ワタクシが決闘で手に入れた本ですからどうしようとワタクシの自由でしてよ♪」

「それはそうだけど……」


 コリンはそう言いながら俯いた。


「ワタクシ、実は同じ本をもう持っていますの。ですからあなたに差し上げますわ」


 それを聞いて今度は顔を上げる。


「クローディアさん……もしかして、僕を助けるために……」

「いえ、ワタクシは単に決闘がしたかっただけですわ」

「僕に気を使ってそんなことを言うんだね。あなたはなんて素晴らしい人なんだ!」

「い、いえ……。ワタクシは本当に決闘がしたかっただけでして……」


 コリンの誤解にクローディアは戸惑う。


「とにかく、これで弁償せずにすむよ」

「はい?」


 意外な言葉に別の意味で戸惑う。


「これ、学院の図書館で借りたものだったんだよね」


 コリンが本を開いて見せると、図書館の印が押されていた。

 後でトラブルになりそうな品を買い取ってくれる商人は限られているし、いたとしても値段は下がる。


「これでは売れませんわ。あの時、ハルバードさんにそう言えばよかったのではなくて?」

「アルバートだよね。そうなんだけど、あの時は忘れちゃってて……本当にごめんなさい」

「まぁ、ワタクシは構いませんわ……」

「ああ! クローディアさんはなんて心が広いんだ!」

「だから違いますって!」


 変に誤解されたクローディアなのであった。

 そこへなんとアルバートたちが戻ってきたのだ。


「あらハルバードさん、どうしましたの?」

「もう訂正するのも面倒になってきた……。おまえはどっか行け! 俺はコリンくんの方に用があるんだ」

「え?」


 コリンは困惑し、警戒する。


「いや~、せっかくおまえに進呈してもらった本を奪われてしまったんだ、すまないなぁ」

「あ……うん」


 コリンは生返事をするしかできなかった。

 アルバートはコリンが手に持っている気が付く。


「ん? なんでおまえがその本持ってるんだ?」

「えーっと、クローディアさんに


 もちろん嘘であるが、聡いクローディアは沈黙を守ることでその嘘に加担した。


「まぁいいか……。しょうがないから負けてしまった責任を取って俺が自腹でご馳走するぜ! 俺は優しいだろう?」

「おーっ! アルバートは最高だぜ-!」

「さすがアルバートは器が違う!」


 ここぞとばかりに取り巻きたちが持ち上げる。


「もちろん、コリンくんも来るよな?」

「いや、僕は行きたくな――」

「それじゃあ行こうぜ、心の友よ!」

「え? え? ちょ、ちょっと!?」


 コリンはアルバートたちに強引に連れて行かれたのだった……。


「ではワタクシたちも参りましょうか……」

「はい、お嬢様」


    *


 クローディアたちは城壁内でも学院近い位置にある飲食店『天使のぼったくり亭』に入った。


「ほら、マリアも座りなさい」


 すでに着席しているクローディアが頬杖をつきながら渋い顔でマリアに着席を促す。


「それでは失礼して」


 クローディアに促されてようやく席についた。


「まったく……いちいち言われなくても席についてはどうですの?」

「従者が勝手に席に着くようではウィンフィールド家の名誉に関わります」

「そうかしら? ワタクシはそんなこと気にしませんわ」

「お嬢様の意見はどうでもいいのです」

「ハァ……」


 クローディアはテーブルに突っ伏してだらりと液体みたいになった。


「行儀が悪いですよ」

「消耗しているのですから仕方ありませんわ……」

「決闘なんかするのがいけないのです」


 数秒の沈黙の後、ガバっと起き上がり――。


「……とりあえず注文ですわね! 店員さ~ん♪」


 メニューを振りながら大きな声で叫ぶ。


「ああ……そんなはしたない……」


 すぐにウェイトレスが伝票を持ってやって来た。


「はい、どうぞ」

「では、ポークカレー、オムレツ、ミートボールスパゲティ、シーフードパエリア、ミートローフ、リブロースステーキ、クロケット、トマトサラダ、ミネストローネをください♪ あ~、グラニテとプディングも忘れずに♡」


 クローディアはメニューを指差しながらすごい勢いで注文する。

 ウェイトレスの顔が引きつり、伝票に書き込む手が震える。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい! お、お客様……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ワタクシこう見えても貴族でしてよ。ほらマリア、財布の中身をお見せして差し上げなさい」

「いえ、そういうことではなく、たったお二人でその量を召し上がられるのですか……?」

「二人……? いえ、これはワタクシ一人でいただきますわ。彼女は自分の分は自分で注文いたします」

「え?」


 ウェイトレスの表情が驚きで固まる。


「お嬢様はこれぐらい問題なく召し上がられます。あなたが心配することは何もありません」


 マリアは至って冷静にそう言った。


「は、はい……」


 二人の言葉に偽りはなかった。

 運ばれてくる料理は次々とクローディアの胃袋の中へと消えていったのだ。

 近くの客たちは困惑しざわつく。


「あいつヤベェよ……なんであんなに食えるんだ?」

「魔術学院の制服だぜ。もしかしたら“暴食”の魔術かも」

「その魔術、なんの意味があるんだ?」

「たくさん食べれて嬉しい、とか?」

「なんだよそれ?」

「知らん、テキトーに言ってるだけだ!」


 ともかく、たくさん食べたおかげか、クローディアの頭の花はすっかり元通り元気になっているのだった。


「ところでお嬢様、学院の食堂はいかがでしょうか?」


 ここでマリアは食事に関係した話題を振る。


「味はなかなかですわ。ただ――」


 クローディアの表情が渋くなる。


「ただ――どうしたのですか?」

「食べ放題のはずなのですが、なぜかワタクシ、食べ過ぎと注意されまして、以後ものすご~く遠慮していましてよ」

「注意される前に気が付いて欲しかったですね。はぁ……お嬢様は私が見張っていない間に一体どれほどの粗相をすれば気が済むのでしょう」

「食堂といえば、他の皆様、意外とお召し上がりにならないのですわ」

「……食事からそこまで魔力を得られるのはお嬢様の稀有な才能なのではないのでしょうか?」

「もぐもぐ……なるほどぉ……もぐもぐ……」


 クローディアのナイフとフォークは止まらない!


「それとお嬢様、お金がたくさんあるかのようにおっしゃっていましたが、そのようなことはありませんのでお忘れなく。実際、この剣の修理費用を捻出するのは難しい状況です」

「え……?」


 クローディアは手を止めた。


「そうなのですか?」

「そうなのです」

「そういえば、入学した日に先生が魔術師ギルドの話をしておられましたわ。王立魔術学院に入学すると自動的に“魔術師ギルド見習い”という扱いになるらしいですわ」

「つまり、なんらかの仕事が得られるということでしょうか?」

「そうみたいですわね。まぁ、おいおい考えますわ」

「しかし、剣が直らなければお嬢様も決闘をしようと考えないのでは……?」

「それは由々しき問題ですわね。強くなるためには実践が欠かせませんから」


 一向に意見の交わらない二人だった。

 普通に考えれば圧倒的にマリアが正しいのだが、普通に考えるのが必ずしも正しいとも限らないのである。


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