第04話 魔力大盛り!

 ――そして問題の決闘当日はアッという間にやって来てしまった!


 果たして、我らがクローディアお嬢様の運命や如何に――!?

 ちなみに、昨晩は緊張で眠れなかった――などということは一切ない。


 王立魔術学院における決闘は敷地内にあるやはり立派な円形闘技場で行われる。

 普段は実習授業に使われる施設なのだが、今回のようにイベントに使われることも多い。


 学院内には生徒と職員、そして契約した業者しか入ることはできないが、特定のイベントに関しては例外である。

 観客席は人々で埋め尽くされており、その中にはマリアの姿もあった。


 人々が集まる所に商売のチャンスあり。

 観客相手に飲食物を販売している生徒たちがいた。

 商品は魔術により適温で出すことができるので好評だ。


 定刻になり、アリーナに小柄な少女が現れた。

 決闘管理委員会所属であり、今回の決闘の司会を担当するマルシア・ポーターである。


「えー、お時間になりましたので、最終確認を始めますよ~」


 マルシアは自身の声量を魔術で大きくして司会を始めると観客席一気に静まり返った。


「司会進行は決闘管理委員会の私、マルシア・ポーターが務めさせていただきます。さて、近年は学内決闘が行われることもめっきり少なくなりまして、我々決闘管理委員会としても寂しく思っていたのですが、なななんとッ! 今年の新入生たちは入学早々に決闘申請をしてくれましたあああああ!」


 マルシアは溢れる喜びを声にした。


「いいぞ~新入生!」

「やるねぇ!」


 観客席から歓声が溢れ出す。

 これが問題の解決方法として決闘が認められている理由の一つだ。


 決闘観戦は公開処刑を遥かに超える娯楽エンターテインメントとして人気なのである。

 それが魔術師同士のものとなればなおさらだ。


「これは嬉しいサプライズです! いや~、今年の新入生たちは期待できますね~。それでは選手入場! まずは決闘を挑んだクローディア・ウィンフィールド選手です!」


 名前を呼ばれてクローディアがアリーナに現れる。

 歓声に応えるように大きく手を振ってアピールする。

 いつも腰に下げている護身用のサーベルよりも大きな両手剣ロングソードを手にしている。


「対して決闘を挑まれたのはアルバート・ロックウェル選手です!」


 アルバートがアリーナ上に現れた。手には槍斧ハルバードを握っている。

 クローディアとは対象的に観客席はチラリと見るだけで時にアピール行動はしない。


 ちなみに、決闘を申し込んだ方が先に入場するのが暗黙のルールだ。


 クローディアは相手の槍斧ハルバードが水晶のように透き通っていることに驚いた。

 材料は『クリスタリウム』であると考えて間違いない。

 極めて貴重な物質であり、クローディアも現物を見るのは初めてである。


 クリスタリウムという物質は見た目は水晶に近いが、実は金属であり展性とせいがある。

 つまり強い力で叩けば伸びたり曲がったりするということだ。

 水銀が常温で液体であるように、クリスタリウムは金属としては例外的に透明である。


「それでは最終確認に入ります。決闘者はクローディア・ウィンフィールドとアルバート・ロックウェル。それぞれ賭けたものは自身の退学とこちらの本。両者、相違ありませんか?」


 マルシアは問題の本を頭上に掲げる。

 なお、身長が低いのであまり高くならないが――まぁ、誤差だよ誤差ッ!


「ないね」

「ありませんわ」


 一冊の本とこの学院の退学とで賭けが成立した。

 詳しい事情を知らない観客たちは困惑しざわめく。

 細かい事情までは公表されていないので、勝手な憶測が飛び交うのだ。


「この学院の退学を賭けるほどの本ってなんだ?」

「伝説の魔導書ってハナシだぜ」


 もちろんデタラメである。

 だが、そんなデタラメが真実味を帯びるほどに今回の決闘は不可解なのであった。

 本というのは基本的に高価であるが、さすがに王立魔術学院の退学と釣り合うものではない。


「ではルールを確認です。まず、武器と魔術の使用は自由です。直接的に他人の手を借りてはいけません。相手を殺してはいけません。ちなみに殺してしまったら退学もありえます。前途有望な生徒が二人もいなくなってしまうのですから絶対やめてくださいね!? 絶対ですよ! フリじゃないですよ?」


 マルシアはしっかりと念を押す。

 なぜこのようなリスクを背負ってまで決闘を認めるのか?


 理由は二つある。

 まずは成長の機会の提供。実戦でしか身につかないことは多い。


 もう一つの理由だが――そもそも魔術師というのは死ににくいのである!

 とはいえ、やはり釘は刺しておくものだ。


「ただし、相手の生殺与奪を握った時点で勝ちとみなします。降参したら負け、気絶しても負け。あと、我々が深い傷を負ったと判断した場合も負けです。怪我をしても死んでさえいなければ、回復魔術でだいたい治りますのでご安心ください」


 マルシアの言う通り、死んでさえいなければ助かるどころか短時間で完治することが多い。

 魔術師の怪我というのは回復魔術で治りやすいのだ。


「なお、観客席の皆様は決闘管理委員会が責任を持って結界魔術などでお守りします。――以上です」


 わずかな時間の沈黙……嵐の前の静けさ……。


「それでは、運命の時は来たあああああ! よ~い、始めッ!」


 開始の合図とともに、クローディアとアルバートは薄い炎のようなものに包まれる。

 そしてアルバートの武器が輝き出した。

 クリスタリウムは魔力を篭めると光るのだ。


「さぁ、決闘が始まり、両者魔力を解放しました! 互いにかなり強い魔力です。これはハイレベルの決闘を期待できます♪」


 一般に炎や氷がボンボン派手に飛び交う決闘が観客受けがよい。

 そして互いの魔力が高いほうがそういう展開になりやすいのだ。


「それでは参りますわっ!」

「いいぜ、来いよ! その頭の花がただのおどしか確かめてやるッ!」


 冷静に相手の出方を見極めようとするアルバートに対して、一気に攻撃を仕掛けるクローディア。

 クローディアを懐に入れまいとするアルバート。

 金属同士がぶつかる音が鳴り響き、輝く粒子が飛び散る!

 両者、魔術で自身の身体能力と武器を強化しており、通常では見ることの出来ない、激しい戦いが展開されていた。


「貰いましたわッ!」


 クローディアがアルバートの懐に入り込めそうになる。


「ふんッ!」


 次の瞬間、両者の間で爆発が起こる。


「きゃっ!」


 爆発によってクローディアが弾き出される。

 今の爆発はアルバートの魔術によるものだ。

 派手な“演出”に観客が沸く。


「アナタ……意外と繊細な戦い方をしますのね」

「おまえが雑なだけだ、田舎モン」

「それにしても指向性を持たせた爆発魔術ですか……。おもしろい魔術ですわね。ワタクシも練習してみようと思います」


 魔術師にとって爆発魔術は一般的メジャーな攻撃手段であるが、それに指向性を持たせるのは難しい。

 これはアルバートが優れた魔術師であることを示している。


「おうそうか。無事退学して田舎に帰ったらゆっくり練習しなッ!」

「早速、明日からやってみますわ。いえ……今日から……いえいえ……今からッ!」


 クローディアが再びアルバートに接近すると、またして爆発が起こる。

 しかし今度は両者共に吹っ飛ばされた。


「失敗失敗、さすがにいきなりは無理でしたわ。てへっ♪」


 早速、“指向性爆発”をマネしてみたが、失敗して自分も食らってしまったのだ。


「てめぇ……」


 距離ができたクローディアに向かってアルバートは“光の塊”を投げつける。

 クローディアが防御姿勢を取ると、直後に爆発が起こる――通常の爆発魔術だ。


「くぅっ……!」

「さっさと負けて退学しちまえよぉ! うぉりゃああああッ!」


 アルバートは槍斧ハルバードによる斬撃を仕掛けるが、クローディアは器用に受け流す。


「おっと! ここで両者距離を取りました。仕切り直しといったところでしょうか?」

「俺を家柄だけの男と思って甘く見ていたことを後悔させてやるぞ……」

「そんなこと思ってませんわ。単純に強そうだから決闘を申し込みましてよ♪」


 クローディアはにこやかに答える。

 その表情は皮肉も嫌味も感じさせなかった。


「何を言ってるんだ……てめぇは……? あの本が読みたいんじゃなかったのか?」

「ああ、そうでしたわ! 本です」


 ものすご~く白々しい言い方である……。


「………ちっ」


 アルバートは確信する。

 目の前の少女にとって賭けられた本は重要でない。

 全ては決闘に持ち込むための芝居だったのだ。

 もはや隠す気は――いや、必要はないらしい。


 そして困惑する。

 少女はなぜそこまでして一方的にリスクを背負うのか?


 本来、決闘とは必要に迫られて仕方なくやるものだからだ。

 だがこの少女にとって“手段”が“目的”と化していることはほぼ間違いない。


 単に場数を踏んでおきたい、というのもありえない動機ではない。

 しかし、もしそうだとすれば賭けたものが大きすぎる。

 きちんと将来を見据えた人間のやることではないのだ。


「ふむふむ……離れている敵に対しては爆発魔術で攻撃する。ですが爆発魔術は自分の近くで使うには向きません。だから貴方は接近戦では槍斧ハルバードを使って、それでもし懐に入り込まれたら指向性爆発魔術で攻撃しつつ距離を離す。決闘用としてはよくできた戦術ですわね」


 クローディアは楽しみながらも冷静に相手を分析していた。

 彼女は決してバカではない。むしろ賢い方である。

 ――だが確実に狂っているのだ。


「……だったらどうする?」

「そうですわね……。ワタクシ、基本的にパワーで押すのが好きですが、搦め手の方も結構いけましてよ♪」

「……なんだと?」


 クローディアの基本的な戦術は身体能力を向上させて近接攻撃を行うことである。

 だが、他にも様々な技や戦い方で“オモテナシ”する用意があるのだ。


「びゅ~~~♪」


 クローディアの口からすごい勢いで“霧”が放出される。

 それはの闘技場のアリーナを見る見る内に包み込んだ。


「これは――霧か!?」


 アルバートの目に映るのは白いモヤモヤばかりである。


「お~っと、ものすごく濃い霧で何も見えません! 定番の戦術、“霧隠れ”ですね!」

「姿を隠して隙を作る気だろうが、そうはいかねぇ! オラオラオラオラオラッ!」


 アルバートは次々と光の塊を投げまくった。

 爆発が霧を吹き飛ばし、再び状況がクリアになっていく。


「これでどこにいようが関係ねぇよな……」

「「そうですわね」」

「なんだとっ!?」 


 なんと――アルバートはたくさんのクローディアに囲まれていた。


「「おほほほほほほほほ♪」」


 それぞれが本物であることを主張するかのように高笑いする。

 アルバートは迫りくるを次々と斬り捨てていく。

 斬られた“クローディア”はまるで煙のように消えていった。


「ちっ……手応えがねぇ……幻影か……!?」

「「おほほほほほほほほ♪」」


 始めは冷静だったアルバートもかなり熱くなっていた。


「そこだあああああっ!」


 ガチン――両者の武器が同士が激しくぶつかる。

 クローディアの剣が折れ、刃がくるくる回転しながら飛んでいった。


「ああ――ワタクシの剣が……」


 武器を失ったクローディアはがっくりと膝をついた。

 一方でアルバートはすでに勝った気になっているようで、気の緩みを見せている。


「ふん……おまえの負けだな。俺の槍斧ハルバードは貴重なクリスタリウムでできている。鋼鉄以上の強度を持ちながら、魔導効率は三倍だ。鋼鉄の剣なんか折れて当然だぜ。さぁ、降参して退学しろ!」


 アルバートは自分の武器について得意げに語る。

 だが、クローディアはあまり聞いていなかった。


 アルバートが言ったように、クリスタリウムは魔術師の武器の素材として優れている。

 だが、あまりに高価すぎるために持っている者は極々稀なのだ。


「ワタクシの……ワタクシのちょーかっこいー剣があああああッ!」


 クローディアのなんだかよくわからない叫び声が闘技場に響き渡った。


「あ?」


 一度は勝利を確信しただろうアルバートだったが、この異変に気を引き締め直す。


「まぁ、剣がなければこぶしで戦うしかないですわね……」


 クローディアは突然開き直って冷静になった。

 だが、冷静になった結果の発言がこれである。


「てめぇ……正気か? クリスタリウムの槍斧ハルバードに対して素手で勝負すると?」


 そもそも使ったほうが有利だから武器を使うのである。

 さらにアルバートが持っている槍斧ハルバードはクリスタリウムでできているのだ。

 この点で比べるならアルバートには圧倒的なアドバンテージがある。

 だが、クローディアの表情に一切の焦燥は見られない。


「ワタクシの正気は他人の狂気……らしいですわね。よく言われますわ♪」

「だろうな……」

「では拳で戦うために、さらに魔力を解放します! 魔力大盛りですわ!」

「強がりを言うなよ?」

「はあああああああああッ!!」

「これはッ……!?」


 凄まじい精神的圧力がアルバートを襲う。


「お~っと、ウィンフィールド選手、凄まじい魔力です! こんなに隠し持っていたのかあああ!?」


 クローディアは獲物に襲いかかる獣の如く低い姿勢を取る。

 その姿にアルバートは危険を感じ取る。そしてそれは正しかった。


 次の瞬間、あれほど注意深く見ていたクローディアの姿を見失った。

 それほどの速さで動いたのである。だがアルバートは天才的な勘で槍斧ハルバードを振る。

 

「何ッ!?」


 その一撃は確実にクローディアを捉えていたが、クローディアはそれを左手で強引に止めたのである!

 魔力を集中させることで左手の防御力急激に上昇させたのだ。


「うおりゃああッ!」


 そのまま右手で柄の部分を掴みとてつもないパワーで振り回そうとする。

 空中に持ち上げられたアルバートは咄嗟に手を離した。

 だがクローディアは凄まじい勢いで跳躍――。


「必殺ぅ――貴族パ~ンチ!」


 ――アルバートの胴体に強烈な右拳を叩き込んだ!


「うがっ……貴族は……俺だ……」


 クローディアが着地してから遅れてアルバートが地面に激突した。

 立っているクローディア。


 それに対して倒れているアルバートと輝きを失った槍斧ハルバード――結果は明らかだった。

 しばらくの静寂――。


「勝負あり! 勝者、クローディア・ウィンフィールドぉおおお!」


 マルシアが決闘の終わりを告げる。

 少し遅れて客席からドッと歓声が沸き起こった。


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