後編
倉前にいくつか指示を出して教室で人を待っている。本当なら委員長が副委員長を動かすのだろうが、あいつは頭が残念で、それなのに人気がある。結局僕が考えて倉前が動く、というスタイルが一番効率的だ。
そんなことを考えていると教室に待ち人が現れた。
「倉前君に呼ばれたんだけど、やっぱり用があるのは篠田君なのね」
「そんなセットみたいに言わないで。仲野さん」
ホームルームでつまらなさそうに外を眺めていた仲野さん。倉前に出した指示の一つ目は彼女を呼んでくることだ。あいつが一緒にいないのはもう一つの指示に従っているからだろう。
「あのノートを落としたのは仲野さんでしょう」
「どうしてそう思うの?」
彼女は余裕の笑みを浮かべる。ばれてないと思っているからか、ばれてもいいと思っているからか。
「他の人は笹野さんに逆らわないから」
みんな笹野さんに嫌われないように日々過ごしている。人気は倉前の方が高いが、あいつは人を嫌わないので気をつけるべき優先順位としては二番目だ。
「くだらないよね。みんな本当は嫌なくせに。全員で離れれば済むのに、裏切られるのが怖くて誰も動けずにいる」
「だからみんなが笹野さんから離れるきっかけを作ったってこと?」
僕の質問には答えず、窓から外を眺める。
「どうしてシンデレラはガラスの靴を落としたと思う?」
「どうしてって、偶然でしょ」
シンデレラは舞踏会の後、お城を出るときにガラスの靴を落としてしまう。王子様はそれを頼りにシンデレラを見つけてハッピーエンド。
「まあそうなんだけど。わざと落としたとしたら?」
「探しにきてほしかったから、かな」
窓から僕の方に視線を移す。
「そう。舞踏会でそのままハッピーエンドで終わったら、自分を虐げていた家族に仕返しできない。だから靴を落として家まで探しに行くように仕向けた。優しい王子様はシンデレラがどれだけ酷い扱いを受けていたのかを目の当たりにする」
「罰を受けさせたかったわけだ」
これは架空の、もしもの話だけど。
ここからが現実の話だ。
「残念ながらシンデレラはそんなこと考えなかった」
「そうよ。だから、魔女が代わりにガラスの靴を落としてあげなきゃいけなかった」
目の前の魔女はついに自分のしたことを認めた。
「倉前を王子様にしたのはシンデレラの好み?」
「違う。シンデレラは何も知らないわ。意地悪な継母に一番効くのが彼だからってだけ」
そして王子様は魔女の思惑通りに騒ぎ立てた。靴の代わりにノートを一冊落としただけで邪魔者を排除出来るのは、たしかに魔女っぽい。
「もう帰っていいかな。悪いことした訳じゃないんだし」
「あ、ちょっとまって。もう一つ聞きたいことがある」
仲野さんが扉に向かっていくので、慌てて呼び止める。扉の外を注意しつつ話を続ける。
「どうして魔女はシンデレラを助けようと思ったの」
原作ではどんな理由だったか。可哀想だからとか真面目に頑張ったご褒美とか、そんな感じだったっけ。
「……魔女は、シンデレラと仲良くなりたかったのよ」
意外な答えだ。虐げられたシンデレラと、いつも仏頂面で外を眺める魔女。お互い一人ってこと以外、共通点が無さそうなのに。
「この前、体育でダンスがあったの。二人一組で、そういうときはいつも余り物同士で組んでた。あの子はいつも申し訳なさそうな顔をしてた。私が一人なのは私の問題だから気にしなくていいのに」
魔女は優しい表情で思い出を語る。
「その時も、申し訳なさそうな顔したあの子とダンスを踊った。いつもは鈍臭い戸村さんがダンスだけはけっこう上手かった。私の方が下手で、リードしてもらっちゃって。私が間違えても、大丈夫だよって笑ってた。それから私はあの子と友達になりたいって思うようになったの」
そこまで話して、魔女は優しい顔から無表情に戻った。
「それにはあいつが、このクラスの空気が邪魔だった。私が気にしなくてもあの子は気にする。でもシンデレラを助けるには魔女じゃダメなの。力を持った王子様が必要。あとは知っての通りよ」
魔女は全てを告白した。あとは王子様とシンデレラの役割だ。
「シンデレラがダンスだけは上手い理由、知ってる?」
仲野さんがきょとんとした顔をする。そこは考えていなかったらしい。
でもそれは僕から話すことじゃない。僕はこの物語には無関係なのだから。
「入ってきて」
教室の扉が開き、王子様とシンデレラが現れた。
「仲野さん、ありがとう。私、そんなに考えてくれてたなんて知らなくて……」
突然現れてお礼を言う戸村さんに戸惑う仲野さん。
「仕組んだわね」
きっと僕を睨んで呟く。
倉前に出した、もう一つの指示がこれだ。戸村さんを教室に連れてきて、合図するまでは扉の前で待っていてくれ。
「私、いつも体育で仲野さんに嫌われてると思ってた。だから迷惑かけないようにしたくて、今度ダンスがあるって聞いてから練習してたの」
王子様ではなく魔女と踊るために。恋人よりも友達が欲しくて。
仲野さんは少し驚いて、それから笑った。
「そうだったの。びっくりしたよ、もう」
シンデレラが仕掛けた小さな罠は、本人が思っていたよりも魔女の心に響いた。
楽しそうに笑う二人を見て、僕と倉前はそっと教室を後にした。
「お疲れ。と言っても、もう一仕事してもらわないとだけど」
「ああ、分かってる。笹野さんにはちゃんと話をしておく。クラスの空気も気にしておこう」
「とりあえずお前は笹野さんだけ気にしといてくれればいいよ」
お前に空気を読むことは期待していない。
「でも良かったな。練習付き合ってあげた甲斐があったじゃないか」
そう、戸村さんのダンスの練習に付き合ってあげたのは僕だ。だから今回のことは、最初からなんとなく全て分かっていた。推理なんてほとんどしていない。笹野さんがやったことも分かっていたし、戸村さんが頑張っていたことも知っていた。だからノートを落としたのも、戸村さん本人か、ダンスの相手の仲野さんだとすぐ思い当たった。
わざわざホームルームを開いたのは、クラスメイトの反応を見るため、そして倉前がいじめに気づいたことを知らせるためだ。要はこれからクラスの空気を変えるという宣言のようなものだ。
「これから、もっと良いクラスにしていくぞ。副委員長」
「ああ、頑張れ委員長」
表と裏からクラスを変える。これが僕らのやり方だ。
シンデレラの罠 暗藤 来河 @999-666
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