シンデレラの罠
暗藤 来河
前編
「これをやったのは誰だ」
とある高校の一年一組の教室で、男子の声が響く。緊急のホームルームの真っ最中だ。僕の名前は篠田、隣で話しているのは倉前。僕ら二人は教卓の前に立ち、クラスメイトに向けて話していた。
倉前の手には一冊のノート。中身を見るまでもなく、表紙がすでに悪口で埋まっていていじめられているのは明白だった。とはいえ、もちろん僕らのものではない。こんなに堂々と犯人探しをするような奴らに陰湿ないじめは起こらない。
「これは戸村さんのノートだ。偶然俺が拾ったときにはこんな状態だったが、心当たりのある奴はいないか」
倉前は全員に聞こえるように大声で話す。みんな真剣な表情で倉前の方を見ている。倉前はこのクラスで最も信頼されて、学級委員長を任されている。他の生徒がこんなことをしても反感を買いそうだが、密かにファンクラブまで存在しているこいつだからこそ出来る荒業だ。ちなみに僕はこいつとよく一緒にいるからというだけで副委員長を押しつけられた。
戸村さんは一番後ろの席で俯いている女の子だ。髪が長く、いつも下を向いているので顔はよく見たことがない。
彼女がいじめられていることは、鈍い倉前を除いてクラスのほとんどが気づいていて放置していた。その後ろめたさもあり、誰も口を開かなかった。
それでも何か反応はないかと観察し続ける。お調子者の木下。倉前に対抗心を抱いている林。女子グループの顔役の笹野さん。いつも一人でつまらなそうに外を眺める仲野さん。
「篠田」
倉前が僕を見る。僕は小さく頷いた。もう十分だ。
「何か知っていても、この場では言いづらいだろう。一度解散とするから、何か知っていることがあればこの後でも明日でもいい。俺に教えてくれ」
その言葉を最後にホームルームは終了した。
放課後、僕ら二人が教室にいるせいで気まずく感じたのか、クラスメイトはみんな教室から出て行った。
「やっと話せるな」
「篠田、本当にもう分かったのか。頷いたら終わりでいいっていうから終わらせたが、あれで何が分かるんだ?」
倉前は腑に落ちないような顔をしている。
「分かってるよ。どっちの話から聞きたい?」
「どっちって何だ。戸村さんにあんなことをしたのは誰だって話しかないだろ」
「あー……」
そんなことはお前以外はみんな知っている。まずそれを片付けないと本題に入れないのか。
「笹野さんだよ。女子の中心にいるだろ」
「ああ、あの子ならよく話すが……」
笹野さんがよく話しかける男子なんてお前くらいだけどな。彼女はお前のことが好きなんだよ。気づけ馬鹿。
「だいたいノートにあれだけ落書きして、それだけな訳ないだろう。当然気づいている人もいる。それでもさっき誰も何も言わなかったのは、言えない相手だってことだ」
ていうか、倉前以外はみんなそれとなく現場を見ている。笹野さんは倉前に気づかれないことに必死で、周りからすると隙が多い。
「もういいか? 本題入りたいんだけど」
「本題ってなんだよ。笹野さんと話をしないと」
「だから待てって」
教室を出ようとする倉前を止める。まだ話があるってさっきから言ってるのに。なんでこの鳥頭が人気あるんだ。
「お前がノートを拾った場所は?」
「トイレの前だ。それがどうかしたか」
いや、おかしいだろう。
「お前はトイレにノートを持って行くのか? ちなみに今日は体育も他の教室での授業もなかったぞ」
「つまり、どういうことだ」
何かおかしい、ということには気づいたようだがまだ意味が分かっていない。
「お前が気づくように、誰かがわざとそこに置いたんだよ」
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