いつかまた。

体が落ちていく。

(やばい、弱っている彼は以前のように助けてくれない!っていうかそもそもこの吹雪じゃあ彼は私を見つけられないしっ)

体を反転させて必死に下を見る。もう助けてくれる人がいないのなら、自分で何とかしないと。

不幸なことに下は切り立った岩になっていて、落ちたら助かりそうにない。

たぶん、この崖が風よけ代わりになってしまって雪が積もりにくかったのだろう。

(なんとか、何とかしないと!)

崖下はもうすぐそこに迫っている。

(……ああ、そうか。もう……)

雪が体を痛いほど叩いているのに、その感覚は鈍い。

(……もう、死ぬのか)

「風花……」

ゴーという吹雪の音に混ざって彼の声が聞こえた。

声のした方を見るとあの神社とそこに立っている彼が見えた。真っ赤な顔で息を切らしながらそれでも必死に立っている。

(ああ、どうか神様、……彼だけでも……)

「おねがい!風花ちゃんを助けて!」

彼の手から雪が飛び出す。

(だめっ、力を使ってしまったら……)

ボフ

私はふかふかの雪の上に落下した。かすり傷ひとつない。

「風花ちゃん、大丈夫?」

彼が向こうで叫んでいた。手を口元に当てて顔を赤くして叫んでいる。

(よかった、倒れてない。)

「雪稀君、大丈夫?」

「ああ、大丈……」

彼は言葉の途中で倒れた。

「雪稀くん!」

私は雪をかき分けて彼のもとへ走る。神社の敷地内に入ると不思議と吹雪は収まった。台風の中心のように晴れ渡っている。

彼は雪の上に倒れていた。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

彼の顔は真っ赤になっていた。呼吸も荒い。

(私を助けたせいで雪稀くんが……)

「雪稀くん!しっかりして!」

私は思わず彼に触れてしまい、手袋が凍る。

「そうだったっ!」

(なにか、雪稀くんを助ける方法を、)

あたりを見回す。さっきまですごい勢いでふぶいていた吹雪がだんだんと弱弱しくなっていっている。

もしかすると、この季節外れの吹雪は雪稀くんの力の暴走で起こっていたものだったのだろうか。

(って事は、雪稀くんの力が弱まっている!)

「雪稀くん!しっかりして!」

彼が薄く目を開いた。

「雪稀くん!」

「風…………花」

「うん。」

私の目からは涙がこぼれていた。

「無事で………よかった。」

「うん。無事だから、無事だから、また遊ぼうよ、このあいだみたいに、また」

「はは、それは……もう……無理だよ。」

彼の声は語尾になるにつれて弱くなっていった。

もう吹雪も止んでいた。

あたりに静寂が訪れる。

彼がゆっくりと目を閉じた。あたりがキラキラと黄色い光に包まれて、遠くの方から雪が融けていった。

「待って!私、雪稀くんがいなくなったら私、私……」

どんどんと地面がこちらに近づいて来る。彼の体もキラキラと揺らめきだした。

「しばらくいなくなる……だけ……次まで……待っていてほしい。」

彼は薄く目を開けて言った。

今までのあらい呼吸が嘘のように澄み切った笑顔で、懐かしい誰かを見つめるように。

「本当に?」

「ああ………もちろん。」

彼はニコッと笑った。

彼の体は春に溶ける雪のように、足から順番に空気に溶けていきはじめた。

「じゃあ待ってる。十年後でも百年後でもここで待ってる。」

神社の狛犬に積もっていた雪も融けた。彼の体はもう上半身しか残っていない。

「約束……だよ。」

彼が透けた右手を出す。

「うん!」

小指を組んだ。もう、私の小指が凍ることはなかった。

「「ゆーびきーりげーんまーん、」」

もう、雪はどこにも積もっていない。雪の下に隠れていた花が、顔を出した。

「「うーそつーいたーら」」

二人とも、泣きながら笑っていた。

「「はーりせんぼん、のーます」」

日が昇って来ていた。残った数少ない雪を融かしてゆく。

「ゆーびきった」

朝日が私の体だけを照らした。もう、彼はいなかった。残った黄色い光だけが空へと昇っていく。

あたりには花が咲き乱れていた。さっきまで吹雪いていたのが嘘のようにあちらこちらで花が咲いている。

私は泣いていた。こんなに泣いたのは初めてだった。涙はとめどなくあふれて止まるところを知らない。

ふと指先が何かに触れた。

それは、小さな花だった。

――僕ねえ、雪の果てを見てみたいなぁ――

(雪稀くんは、この美しい花たちを見ることが出来たかな、雪の果てに咲く花を見ることができたかな。)


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