もう二度と。

「熱は下がった?」

風花ちゃんが境内に入ってきた。外はもう日が暮れて暗くなり始めていた。

「ごめん、まだなんかボーっとしてて。」

僕は風花ちゃんが昨日持ってきてくれた布団の中にいる。まあ、すっかり凍ってしまって温もりを保つ機能は期待できないはずだけど、風花ちゃんが心配して持ってきてくれたものは不思議と少し暖かい気がした。

「そう。早く治るといいね。」

風花ちゃんは笑った。

その目の下は黒く、くまが残っている。

「うん。ありがとう。」

風花ちゃんは医者に診てもらうべきだと言ったが僕は拒否した。うっかりしたら治しに来てくれたその人が死んでしまう。

僕の体調に反比例するように僕の力は強くなっていった。今は触れなくても僕に近づくだけで周囲の物は凍ってしまう。この神社は僕の力によって完全に凍りついていた。

風花ちゃんは僕から少し離れた、僕の力の及ぶ範囲のギリギリ外で今日の花を生けている。

「今日は何の花なの?」

「今日はね、もう春の花だよ。チューリップって言うんだけどね。」

そう言って風花ちゃんは花瓶を胸の前に持ってきた。ふわりと三色の花が揺れた。


――――これっ!もう春のお花が咲いてるんだよ ―――


「うっ、」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。」

「また、何か見えたの?」

「うん。また同じ女の子なんだけど……、その花を持ってたみたい。」

「そう……誰なんだろうね。その子。」

「僕も知りたいよ。」

「雪稀くんの病気の手がかりっぽいんだけどなぁ……」

幻影の彼女は、おかっぱ頭の小さな女の子だった。僕らよりもずっと小さなその子はいつ見ても笑っている。

その子も花を届けてくれていたのか、僕が花を見るとその子はよく見えていた。

ただ、最近はそれに関わらず見えたりして頻度が増している。昔の記憶なのか、なにか他の物なのか全く見当はつかないが、何度か見ている内に彼女と僕は友達だったらしいということまでは分かった。

「あ、そうそう。今日歴史の先生にこの神社の事聞いてみたんだけど、」

「そう言えば、調べるって言ってたね。何か分かったの?」

風花ちゃんはえっとね、と言ってから、手のひらサイズのメモ帳を取り出した。

メモ帳は書き込みすぎで膨らんでいる。たぶん、風花ちゃんの目の下にあるくまの原因はこれだったのだろう。

「この神社、結構古いらしくて何で建てられたのか記録が残ってないんだって。ただ、よくある普通の神様で雪に関係あったりしないらしいから、やっぱり雪稀くんとは関係なさそうなんだよね。」

「他には?」

「うん、あとは里見っていう神様の声が聞こえる女の子がいたってぐらいかな? 残念だけど有益そうな情報は特に、」

「うっ、」

頭に強い痛みが走る。


―――ねえ、そんなところにいて、寒くないの?――――


「……里見……」

小さな女の子だ。たぶんこの時代では小学校に入るか入らないかぐらいの年齢の女の子が僕を見ていた。

僕も同じくらいの背で、彼女と同じ目線で見ていた。

僕はずっとここにいたけれど、僕を見る人なんて今までいなかったから、驚いてとっさに声が出なかった。


―――うん! 私は里見、君は?―――――


「どうしたの? なんか心当たり?」

遠くで風花ちゃんの声がする。

視界がぐらりと揺れて僕は倒れ込んだ。

「雪稀くんっ!」

遠くで風花ちゃんが慌てているのが見える。

僕の視界はテレビの電源を切るように徐々に暗くなって、見えなくなってしまった。


❅                 ❅                  ❅

「雪綺くん」

うっすらと目を開けるとあの子がいる。

「里見……?」

「うん。」

里見の後ろには、凍って倒れたたくさんの村人。里見の顔も、一部が凍っていた。

「……良かった。」

里見がふっ、と笑って倒れた。

慌てて抱き起そうとして、もう手がないことに気が付いた。

(そうか、もう……)

―――――僕は間に合わなかったようだ。

❅                 ❅                  ❅


「風花ちゃん、」

僕は起き上がった。

(あれは、過去の記憶。)

「……大丈夫?」

風花ちゃんが心配そうに僕を見た。

(里見は、僕のせいで死んだ。)

「うん。それより、話があるんだ。」

なるべく自然になるように言葉を紡ぐ。

(二度と、繰り返してはいけない。)

「なに?」

風花ちゃんは手に持っていたメモ帳を横に置いて僕の方を見た。彼女の瞳はまっすぐと僕を見つめて、それはあまりに綺麗で、僕は思わず視線をそらし、布団を見つめた。

「もう、ここには来ないでほしい。」

「え……なんで?」

風花ちゃんが悲しんでいるのが、見なくても分かった。胸の裏がチクリと痛む。

「風花ちゃんも分かっていると思うけど僕の力は日に日に強くなってしまっているし、制御が効かなくなってるんだ。いつか僕は風花ちゃんを凍らせてしまうかもしれない」

(いや、かもじゃない。ほぼ間違いなく、凍らせてしまう。)

「だからそうなる前に、」

「いやだ。」

「なんでっ!」

「だって、私は、私は、ここに来ることが楽しくて、」


(知っている。)


「僕だって、風花ちゃんと話すのは楽しいよ、楽しいけど、」

僕はもうすでに凍っている布団を強く握った。握った指の隙間から氷のとげが生える。

「だとしても!私は雪稀くんに会いたい!」

顔を上げると、彼女は泣いていた。瞳から、涙がとめどなくあふれて来ている。

「でも、僕は、風花ちゃんを死なせたくない。」

再び手を握り締める。彼女がさっき床に落とした涙が固まって氷になる。

(効果範囲が広くなっている!)

「風花ちゃん!危ない!」

僕は彼女を見た。

風が僕から彼女に向かって吹き、彼女はその風にあおられて向こうの壁まで飛ばされた。

ガタンッ バタン バタ

「風花ちゃん!大丈夫?」

僕は彼女に近寄れないまま、むしろ遠ざかってから呼びかけた。

凍った村人の姿が、頭をちらつく。

「う、うう。」

彼女は額にしわを寄せている。でも目立った怪我はなさそうだ。

(よかった……。無事みたいだ。でも、これ以上この力が強くなったら風花ちゃんは……)

風花ちゃんの口から白い息が漏れている。

儚くて小さな命の灯火が、大きな風の前で揺らいでいる。

僕は自分の手を見つめた。

かつて一人の友人の命を奪った手。

今度だって……

いや、二度と繰り返してはいけない。

「風花ちゃん、今までいろいろごめんね。」

僕はそうつぶやいたけれど、彼女は意識を失っているらしく、何も反応しなかった。

僕は一人、ふらつきながら神社から出た。

力を使ったせいでさっきよりもずっと体は熱く、重くなっていた。

日が暮れた夜の森には雪が降っていた。

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