第四章 第十七話

「これはこれは、シルフの皆さん。今回はどうしました?」

 前回も対応してくれた気前のいいおじさんが出てきた。

「前回の交渉は快く承諾していただき、ありがとうございました。さすが一流財閥!持ってるものが違いますねぇ~」

「そんなそんなぁ~恐縮です」

 さらにおじさんの機嫌をよくする。そして、上がったタイミングで話を切り出す。

「今日は少しいいお話があって参りました。しかし、正式決定するまでは口外厳禁なので、直接シリウス・ベリトさんに会って、最終交渉をしたいと思い参りました」

 ニコニコしていたおじさんの表情が一変する。

「社長ではなく、坊ちゃまに、ですか?」

 そう。ベリト財閥の現在の社長はソマルド・ベリトであって、ターゲットのシリウス・ベリトではない。普通に考えたら、社長と交渉すべきだろう。

「そうですね~このプロジェクトは開始までかなり時間を要するので、次期社長のシリウスさんにお話ししておいた方が宜しいかと思いまして……」

 一がナイスなフォローを入れてくれる。助かった。

「分かりました。では、そこのエレベーターで62階へお上がりください。坊ちゃまには、こちらから伝えておきます」

「ありがとうございます。助かります」

 何とか切り抜けれた。これで作戦の第一段階突破だ。


ポーン62階です。

 三人は言われた通り62階へと昇った。扉が開くと、そこにはターゲットがいた。

「やぁ。シルフのみなさん。今日は交渉があるだとか……こっちだ、付いてきてくれ」

 気前のいい好青年が案内してくれた。そして、この好青年こそがターゲットのシリウス・ベリト本人である。

 でも、どうして、俺の周りは好青年ばっかりなのだろ……あ、間違えた、“何もしなければ”好青年ばかりなのだろ……

 シリウスに案内されるまま付いていくと、大きな会議室へと着いた。扉の前には屈強な男性が二人。セキュリティもばっちりだ。

 置いてあった椅子に座り、三人とシリウスが向かい合うような形になった。

「さてと、それで交渉とは何かな?」

 さすが一流財閥のお坊ちゃま、こういった対応には慣れているようだ。これは舐められると後々、めんどくさくなる可能性もある。ここはごまかしっこなしで、いざ尋常に一発勝負!

「そうだな。まず名乗っておこうか。非政府特定機動本部シルフの神谷だ」

「同じく四条です」「同じく~乾ですぅ~」

 シリウスはわけわからん組織の名前を言われても平然としていた。

「私は、シリウス・ベリト。ベリト財閥次期社長という役職になっているよ。それで、非政府特定機動本部の方が僕になんのようかな?普通の政治的・経済的交渉とはおもえないけど」

 さすが、一流財閥の次期社長なだけはある。察しがいい。

「ご名答。普通の交渉になんてこないさ。単刀直入に言おう。君は厨二病患者なのは、様々な調査で分かっている。そして、君の検査数値はあまりに高く、厨二病患者の中でも危険級に値する。だから、君にはシルフの保護下に入ってもらう必要がある」

 厨二病と聞いた瞬間、シリウスの額から汗が滲み出てきたのが分かった。

「ち、厨二病だって?なんで僕が?って、検査?そんなもの僕はしていないぞ!」

 あ、早口になった。

「うちの特務科の者が、あなたが毎晩『闇に魂を売りし我が精よ!姿をあらわし、我に力を!』などと叫んでいるのを確認済みです。そして、それを受け、ベリト財閥の某役人の方に貴方が就寝中に、血液採取をしてもらいました。そして、ターニニビという、自身が妄想などで、現実空間から切り離されたいと考えたときに、脳下垂体前葉から分泌される、成長ホルモンによく似た成分が、赤血球に付着しあなたの体内を駆け巡っているのです。まだこの決定的証拠を前にしてとぼけるつもりですか?」

 乾ってもしかして理系?!なんかすげぇ専門的な事話してない?しかもしゃべり方普通だし……

「ぐぬぅ。もう、分かったよ。今まで誰にもばれないようにしてきたのに、こうも簡単にバレてたとはね……まぁ、バレたものは仕方ない。確かに私には厨二病の要素がある。でも、それが何か問題でも?」

「問題大有りなんですよ。実はここにいる四条がこの世界の空間を歪めてしまった。それで、世界に散らばりし、厨二病患者たちの一部に本当に能力が与えられてしまった。私に、乾もその一人です。でも、ですね。それを使われてしまうと、世界は大混乱になってしまう。更に歪んでいた世界は元に戻れなくなり、ついには崩壊を始める。つまりは……そういうことです」

 この一見ふざけた説明をシリウスは真剣に聞き。しばらく考え込み、立ち上がった。そして、日が差し込む窓へと向かい、口を開いた。

「私はねぇ。この世界が好きなんですよ。流れる雲、揺れる木々、自由に舞う鳥たち、汗水流し何かをする人間。それを見てるとこの世界もまだまだ捨てたもんじゃないなって思うんです。私はこの年でもう働いています。学校なんて行かずにね。かれこれ、初等部の二年から行ってません。だから、その分腐るほど社会を見てきました。でも、自分の利益のためには手段を選ばないそんな大人達ばかりでねぇ。だからこそ、自然に、一生懸命正々堂々と何かをするものに惹かれているのかもしれませんね。だから、私は貴方達の保護下に入ります。この世界を守ることができるのなら。喜んで、この身はシルフへと捧げましょう」

 シリウスの言葉が心に刺さった。好きだから守りたい。当たり前のことかもしれないけど、そのためになら身を投じるというのは並大抵の人間ではできることではない。

「協力してくれてありがとうね。じゃあ、早速だけど、今から出られるかな?本部でみんなが待ってるんだ」

「ああ。準備するから5分だけ下で待っててくれ。あ、そうだ、今度からはちゃんと社員所持って来いよ」

 そう。今日も俺は社員証を持たずにここにきて守衛さんに止められてのだ。

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