2.調査手法
本研究のインタビュイー(6)は、50歳男性・高知県在住のIT関連企業に務める会社員である荒木啓(あらきけい:仮名)さんである。パートナーが1名、長男が1人と次女が1人ずつの4人家族だったが、現在では離婚しており、親権はいずれも元パートナーにある。すでに祖父祖母とは死別しているため、高知県高知市内のアパートで一人暮らしを続けている。
左村が経営する心療内科において紹介されたのがきっかけである。迅田が他の患者の調査中に偶然知り合った間柄であり、いわゆる雪だるま式(7)によって選定されたインタビュイーである。
HDS患者とのラポール(8)形成においては、通常とは異なるプロセスが求められる。というのも、i3Dをよしとしない患者が多く、i3Dを用いないコミュニケーションが求められるからである。それゆえ、i3Dに慣れ親しんだ世代にとって、ラポール形成以前に、そもそも意志疎通すら困難を伴うことがほとんどである。本研究課題に関連して質的データが遅々として集まらないのも、そういった理由による。
本研究では、インタビュー実施のために、まずは荒木さんとラポールを形成する必要があった。そこでインタビュー調査実施前に、荒木さんのアパート近隣にある居酒屋で飲み会を設けている。参加者は荒木さん、左村、そして迅田の3人である。仕事や家族について、荒木さんの境遇がいかに大変であるのかを酒の肴にして、飲み会は疲れながらも楽しく終わったという印象があった。
ここで「印象」という曖昧な語を用いなければならないのは、上述の理由により、荒木さんがi3Dによる言語・表情変換機能によるモニターを望まなかったからである。i3Dによるラポール形成が容易・即時的ではあるが、荒木さんと左村がi3Dのないコミュニケーションを常時行ってきたことに配慮してのことである。迅田は思考・感情等の読解に手間取り、ひどく疲れたことを吐露しておく。
インタビューは、2038年7月3日、13:00から16:00までの約3時間程度、迅田の所属するロス大学の研究室にて行われた。荒木さんの自宅や左村心療内科も選択肢として挙げられたが、むしろ知らない場所のほうが話しやすいという荒木さんの意見を踏まえての選択である。迅田の研究室は防音対策も整っており、入口も施錠可能である。会話文字変換機による逐語録も容易であることもあって、研究室をインタビューの場所とした。
インタビューは半構造化の手法を用いており、①いつ頃、人間不全症候群を自覚したか、②どのような困難を経験したか、③現在どのような治療を受けているか、④将来的にはどうなりたいか、についてこの順番で質問を行った。①から④までの質問項目はインタビュー調査前に荒木さんに連絡ずみであり、それら以外の話については、自由に話してほしい旨伝えてある。
荒木さんの病状に鑑み、インタビューでのi3D使用は認められないため、意思疎通に多くの困難を伴った。以下の記録を確認してもらえば分かるように、迅田による聞き返しや反応の遅れが散見されている。
なお、本インタビューで得られた質的データの扱いについては、当事者の意志が最大限尊重されることを、調査結果の公表については事前確認を再度行い、いつでも掲載中止を求める権利があることを確認している。これもまたi3Dによる荒木さんの真意を確認する手立てがないためである。
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