二人で一緒に

「父が私にたたくべき石を教えてくれました。そうしたら中にこのアンモナイトがいたんです。私は嬉しくなって、父は、私がそのアンモナイトを見つけたのだと言ってくれました。でも本当に見つけたのは父。私は叩いただけ。でも――」


 そこでシャーロットは少し言葉を切った。そして、迷いを秘めつつも、けれども何かを確かめるかのように、静かな声で言った。


「――でも、これは私が――父と私が、二人で見つけたものなんです」

「よいお父様だったんですね」


 コーデリアは言った。小さい頃のシャーロットを想像したのだ。その頃からとても可愛い少女だっただろう。あどけない紫の瞳。お父様はどんな方だったのかしら。たぶん、シャーロットに似て、綺麗な顔をして、そしてとても優しくて――。


「――はい」そう答えたシャーロットの目に、一瞬、様々な感情が表れ、揺れた。けれどもアンモナイトを見ていたコーデリアはそれに気づくことがなかった。シャーロットは笑顔になった。それは晴れ晴れとした笑顔だった。コーデリアの耳に、温かいシャーロットの声が聞こえた。


「はい。よい父でしたわ」




――――




 トーマス卿が帰っていく。その知らせは使用人ホールに喜びをもたらした。マチルダも共に喜んだ。まあ、トーマス卿はそれほど――たぶん、それほど――悪い人ではないのだろうけど、いきなりこちらの頬をつねるような人物だし、あまり長いことを仕えていたいとは思わない。


 けれどもトーマス卿とは一緒に奇妙な体験をしたのだ。あれはなんだったのか、結局よくわからないままであった。後からコーデリアに訊いたところ、マチルダが行方不明になっていた間、図書室が怪物の住まう世界に通じていたのだという。コーデリアはそこにシャーロットともに入ってしまい、恐るべき爪の持ち主に追いかけられたのだそうだ。本当にまったく、信じられない経験である。


 それからすぐ後、マチルダは、コーデリアからもらった謎の石が消えていることに気付いた。なくしたのかと思ったが、引き出しに大事にしまって身につけることもなかったのだ。盗られたと考えるのもなんだか他の使用人を疑っているようで、居心地が悪い。ただ、マチルダはなくなったことだけを、コーデリアに報告した。コーデリアからもらったものなので、所在がわからなくなってしまったことを、とりあえず、コーデリアには知らせておくべきかと思ったのだった。


「私たちが、怪物だか恐竜だかに追いかけられたその直後になくなっている――」コーデリアは考えこみながら言った。「そしてあの石は、発掘現場近くで拾ったもの。発掘現場では恐竜が絶賛発掘中で、その恐竜が現代に蘇ったとすれば……」


 コーデリアはマチルダを見て、きっぱりと言った。


「ひょっとすると、全ての原因はあの石なのかもね!? あの石が、時空を歪め、古代の生物が生き返ったの……」


 それはどうだろうか。マチルダはとりあえず、苦笑いを浮かべていた。


 マチルダは今、コーデリアとともに部屋にいた。コーデリアはシャーロットの部屋から帰ってきたところだった。コーデリアはシャーロットの話をしている。美しいシャーロットはすっかりコーデリアの心を掴んでしまったようだ。


 私がいない間に、二人が絆を強めるようなことが、何かあったのだ、とマチルダは思った。そう、不思議な世界で、シャーロットが自分を励ましてくれたと、コーデリアは言っていた。それは本来は私の役割なのに、とマチルダは思った。私は私で、これまたへんてこな世界に行っていたために、お嬢様の側にはいられなかった……。ずきんとマチルダの心が痛んだ。何これは? これは嫉妬なの? お嬢様の心を奪ってしまったシャーロットに対する嫉妬?


 シャーロットは結局どういう人だったのだろう。マチルダにはわからなかった。トーマス卿の遺産を狙っていたのだろうか。でも秘書はやめるようではあるが。それとも魔女――。マチルダはシャーロットの宝石のような瞳を思い浮かべた。いい人なのか、悪い人なのか、いまいち捉えどころがない。


 しかし、コーデリアの話を聞いて一つ、分かったことがあった。シャーロットがお金が好きだと言っていた理由だ。旅のための資金が欲しかったのだ。それなら納得できる。コーデリアは一通り喋り終えると、まじまじとマチルダを見た。


「でね……。私もね、旅に出ることができたらなあって思った。そう、私は今まであまりどこにも行かなかったから……。でもね、いろんなものが見てみたい、って気持ちはわかるの」

「はい」


 マチルダもその気持ちは理解できた。シャーロットはまだ、マチルダを見ている。けれどもそこに照れの表情が浮かんだ。


「それで、あのね。マチルダにお願いがあるの。もし、私が旅に出ることがあれば、マチルダも一緒に来てくれないかしら……って」

「お嬢様!」


 マチルダは笑いだした。それは嬉しい提案だった。心が浮き立つような、楽しい話だ。もし一緒に二人でどこかへ行けたら。遠い国、知らない生き物、聞いたことのない言葉で喋る人々、目を見張る建造物、広大な自然と空間――。それらを二人で、見ることができたら。


「お嬢様。私はお嬢様のお付きメイドなのです。どこへでもお供しますわ。お嬢様の行くところなら、どこへでも」


 そして私が力になりたい。今度はシャーロットじゃなくて、私が助けるのだ、とマチルダは思う。私が助けられることも多々あるだろうけど。


「ほんと? マチルダ!」


 コーデリアも笑いだす。二人の若い女性は、明るい未来に胸をときめかせて、楽し気に笑いあった。

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かみなり竜とお茶会を 原ねずみ @nezumihara

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