10. シャーロットのお守り

死の理由

 発掘現場で、クリフはシャーロットと二人きりになっていた。たまたまそういう状況が生まれたのだった。少し遠くに働く人々はいるが、近くにはいない。クリフはシャーロットに声をかけた。言いたいことがあったのだった。


 シャーロットは近々トーマス卿のところをやめることになっていた。そこで後任にクリフはどうかという話が出ていたのだ。クリフにとっては悪くはない話ではあった。化石の知識が生かせる職業につくことができる。ただ、紳士の秘書などやったことがないので不安ではあったが。シャーロットがしばらくの間は、クリフをサポートするとのことだった。


 そこで仕事に関する話をしたかったのだ。話は一通り済んだが、しかしクリフは去りがたかった。もう少しシャーロットと話をしていたかった。


 シャーロットは今度は、トンプソンの助手になるという。我儘なトーマス卿に付き合うよりはましだろうと、クリフは思った。クリフはシャーロットを見つめた。言いたいことは様々あったが、上手く口にできなかった。


 リチャードとともに地下に下りて不思議な体験をしてから、数日が経っていた。洞穴から出て発掘現場に戻ってみれば、いつも通りに人々が働いていた。彼らに訊いても何もおかしなことは起こっていないというのだ。呼びかけに気づかなかったのは何故なのか、と言っても、そんなことはない呼びかけなどなかった、もしあれば絶対に気付くはずだというばかりだった。嘘をついているようでもなかったし、クリフはわけがわからなくなった。


 この不思議な体験は誰にも話していなかった。話したところで、信じてもらえるとは思えなかったのだ。シャーロットにも話すつもりはなかった。今、彼女に言いたいのは、もっと別のことだった。


「――スペンサー博士のことですが」


 クリフは迷いつつ、切り出した。すぐにシャーロットの返事があった。


「あれはもう終わったことですよ」


 そう、この話は前にもしたのだ。スペンサーがホーン医師に対して行った、非情な仕打ち。あれをシャーロットに打ち明けた。けれどもシャーロットは「過去のことだ」とそれを流したのだ。


 クリフは、シャーロットが自分と一緒に怒ってくれるだろうと思っていたのだ。そのため、あっさりとした態度を取られて面食らってしまった。シャーロットは一体何を考えているのだろう、と思う。本当に心から「過去のこと」と思っているのだろうか。


 クリフは以前のシャーロットを思い起こした。ホーン医師の屋敷で見たシャーロットだ。自分より幾分年上で、とても美しく、身分の違いもあり、近寄りがたい存在だった。けれども、時折屋敷で見かける少女に、憧れにも似た気持ちを抱いていた。直接話をすることはほとんどなかったが。


 あの時からシャーロットはどこか落ち着いた娘だった。そういえば、はしゃいでいるところを見たことがない。父一人、子一人の家族であったが、父親と親しくしているところも見たことがない。ひょっとすると、シャーロットは父親のことが好きではなかったのだろうか、とクリフは思った。だから、素っ気ない態度を取れるのかもしれない。


 けれどもクリフは違った。彼はホーン医師と親しく、医師のことを尊敬していた。村で簡単な勉強しかしたことのないクリフに、様々な知識を授けてくれた。ホーン医師の没頭する化石と古生物の世界を、クリフも一緒に楽しむことができた。だからスペンサーのことは許せないのであった。


「……ホーン先生は、とても良い方でした」


 クリフは言った。シャーロットに、ホーン医師の素晴らしさを少しでもわかってもらいたかった。


「私の妹を助けてくださったのもホーン先生です」それがきっかけで、クリフはホーン家にしばしば赴くようになったのだ。「――妹だけではあありません。村のみんなが、村人たちみんながホーン先生の恩恵を受けていたのです」


 ホーン医師はとても忙しかった。趣味の化石研究に割く時間がほとんどないほど。村人たちのために、あちこち走り回っていたのだ。


 シャーロットはその言葉に冷静に頷いた。


「そう言ってもらえると、娘である私も嬉しいです」


 しかし、シャーロットの顔からは喜びというものがあまり読み取れなかった。シャーロットはクリフを見た。


「父もまた村人たちを愛していましたし、あなたもそうですわ。父は男の子を欲しがっていました。あなたが自分の息子ならば、と思っていたはずです」

「それはとても光栄なことです」


 ホーン医師から受けたたくさんの親切は忘れられないものだ。クリフは再び、強い気持ちで言った。


「ホーン先生は私を、息子のように可愛がってくださったのです。だから、スペンサー博士のやり方が許せないのです。あの人は先生を死に追いやったのです」

「――そればかりが原因ではないと思いますわ」


 考えながら、シャーロットは言った。「父は忙しすぎたのです。医師の務めと、地質学の研究。死ぬ少し前から身体を悪くしていました。スペンサー博士のことだけが、死の原因ではないと思います」

「ですが――」


 確かにホーン医師は多忙だった。それはクリフも気づいていたことだった。けれどもスペンサー博士の一件が、最後の一押しとはならなかっただろうか。証拠となるものは何もなかったが。

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