閉ざされた道

 クリフは言葉を探しながら言った。


「過労も先生の寿命を縮めたのかもしれません。それはあるかと思います。けれども問題は、スペンサー博士が先生から盗み取ったもので今の評判を得ているということです。これはしかるべきことで……栄誉は正当な者の手に返すべきだと思います」

「……。父が見つけたものは新種の恐竜ではなかったのです」


 少しの沈黙の後、シャーロットが言った。クリフは驚いて訊き返した。


「なんですって?」

「恐竜は恐竜でしたけど、新種ではありまん。あれから調査と研究が続いて、その事が明らかになったのです。今度の学会でトンプソン博士が発表するでしょう」

「でも――」


 クリフは混乱した。ホーン医師が大事に温めていたものが、これによって、学会から認められると思っていた発見が、大したものではなかったのだろうか。クリフは考えがまとめられぬままに、言葉だけを口にしていた。


「ですが……本当にそれが正しいのかは……」

「そうですね。また新たな何かが見つかって、やっぱり新種だっということになるかもしれませんわね」


 穏やかに、シャーロットは言った。クリフは黙った。しばらくの間、二人とも黙っていた。


 クリフはホーン医師のことを考えた。優しくて働き者だった医師のことを。医師は地質学の研究に十分な時間が割けないことを時折嘆いていた。医師は地質学者として認められることを望んでいたが、しかし、実際は田舎の医師のままに生涯を終えたのだ。


 学問は、金と時間のある者たちの領分だと、クリフはずっと思っていた。トーマス卿のように、スペンサー博士やトンプソン博士のように。または、リチャードのように。そういった紳士方には金と時間があって、高い教育を受けることも、研究の道に進むこともできる。けれども自分はどうであろう。貧しい大工の息子で、生きるに必要最低限の知識を身につけたら、あとはただ働くばかりだ。


 もし、ホーン医師の息子だったら、と考えたことがある。本当の家族に不満があるわけではない。けれども時に考えたくなってしまうのだった。医師の息子だったら、もっとよい教育が受けられただろう。さらに上の学校へ進むこともできただろう。最上級の紳士たちの仲間入りはできなくても、今よりはずっと近づくことも可能だったに違いない。


 クリフはそこでふと、シャーロットのことを考えた。シャーロットがもし男だったらどうだろう。女である場合とは全く違う教育を受けることになる。ホーン医師も、自分の興味関心のある分野、地質学や古生物を、シャーロットと分かち合ったかもしれない。


 シャーロットが、何を考え、どの道を進みたかったのか、クリフにはわからなかった。けれどもただ、自分もシャーロットも同じように、道を閉ざされることがあることだけは、薄々とわかっていた。




――――




 同じ発掘現場に、リチャードとトンプソンもいた。リチャードはトーマス卿から、シャーロットが辞めることを聞いていた。トーマス卿は怒っていた。「だから、女の秘書は嫌だったのだ」けれどもすぐに表情を変えて、「でもこれで女の秘書とは手を切ることができるし、奴らにはやはり近づかないほうがいいという教訓も得たし――まあよしとしよう」


 シャーロットは今後、トンプソンの助手になるというのだ。リチャードには驚きだった。おっとりとして、気弱なトンプソンの顔を、リチャードは見つめた。あまり有能といった雰囲気ではないが……けれども善良そうではある。叔父の下で働くよりはずっとましだろう。


 話がシャーロットのことになった。トンプソンはシャーロットを大いに褒めた。


「彼女はとても優秀ですよ」真剣に、トンプソンは言った。「地質学に詳しくて。ホーン医師の元で学んだんでしょうね」


 トンプソンはさらに言った。


「今度、学会で発表があるんです。その研究も、ホーンさんが大いに関わっているんです。彼女はとてもよい助言を与えてくれて、よい導き手となって――」


 トンプソンは少し言葉を切って、続けた。


「ほとんどホーンさんの手柄のようなものです。彼女が、彼女の名前で発表すべきかと思います。けれども、それはできないんです。学会は女性の入会を認めていないので」


 ミス・ホーンには残念なことだが、とリチャードは思った。しかしそれがルールなのだ。現在のところは。トンプソンも残念そうだった。


「もし、彼女が男性だったら、と考えることがあります。そうしたら学会に入ることができますし、そこで大いに活躍することもできでしょう。とても優れた学者になっていたと思いますよ。私などよりね」


 リチャードの思考は、シャーロットから、クリフへと移っていった。新たに叔父の秘書となるのが、このクリフだった。地下で、奇妙な体験を共有した男だ。


 全く不思議なことに、地上に出てから周りの人びとに尋ねたところ、異常は何も起こっていないという。結局あれは一体何だったのだろう。リチャードはクリフと、あの体験について深く話すことはしていない。なんとなくそれについて触れることが躊躇われたのだった。


 気になることは他にもあった。この現場で見つかり、リチャードももらった謎の石が、どういうわけかなくなってしまったのだ。まず、叔父たちのところに取っておいたものが消えたことを知り、リチャードは自分の分も確かめてみた。やはりそれはなくなっていた。探したが、どこにも見当たらなかったのだ。


 しかも、村での怪物目撃情報も、あの日以来絶えているらしい。石と一緒に怪物たちも姿を消してしまったのだろうか。


 これらの事が、地下の一件と関わりがあるとは、リチャードには思えなかった。ただ、不思議なことが重なったというのが、どこか心に残った。

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