マチルダの帰還

 トーマス卿はわずらわしそうに手を振った。「メイドのことなどどうでもよいではないか。それよりも私の心配をしろ。私は大変な目にあって、しかも閉じ込められていたのだぞ。心底疲れているのだ。私に、何をしてほしいか聞くのが、まず最初にやるべきことではないのかね」


「トーマス卿、それならば私が側におりますわ」


 シャーロットが言った。コーデリアに助けを出すように。トーマス卿はますます不機嫌な表情になった。


「メイドだと……。何をそんなに心配する必要があるんだ。奴らはいくらでも代わりがいるのだ。あのメイドがいなくなったら、また別のメイドを雇えばよい。それに引き換え、私は代わりなどおらず……」

「マチルダだって、代わりはいませんわ!」


 コーデリアは自分でも気づかぬうちに叫んでいた。叔父の言葉に怒りが走って、自制も聞かぬまま、大声を出していたのだ。


「マチルダだって……叔父様と同じくらい大事な人間なのです。私、探しに行ってきます!」


 身体が、頭も熱くなっていた。コーデリアは身を翻すと、大股で部屋を出ようとした。が、足が止まってしまった。


 戸口のところに突然、マチルダの姿が現れたのだ。服は何故か汚れ、頭には木の葉っぱがついている。コーデリアはマチルダの側に駆け寄った。


「お嬢様……」


 マチルダが口を開く。コーデリアはそのまま、勢いのままに、マチルダを抱きしめた。「お、お嬢様!?」腕の中で慌てたマチルダの声が聞こえる。


「よかった……無事だったのね!」


 コーデリアは安堵し、マチルダを抱きしめる腕にさらに力を込めた。




――――




 気付いたとき、マチルダは木の上にいたのだった。大きな枝の一つにひっかかっている。自分の置かれた状況を把握して、マチルダはぞっとした。ずいぶん不安定だ。ちょっと間違えば、地面に真っ逆さまだ。


 周りを見ると、見慣れた光景が広がっていた。クロフォード家の屋敷の庭だ。知っているところでよかったと思いながらも、自分が何故木の上にいるのか非常に不思議だった。一体いつ、何のためにここに上ってきたのだろう。


 ともかく、ここにずっといるのは危険だ。マチルダはそう思い、ゆっくりと木を下りていった。子どもの頃の木登り遊びがこんなところで役立つなんて、と思いながら。そこで自分が実家に戻っていたことを思い出した。あれは――現実ではなかった。たぶん、夢の中。


 そこから次々に今日の出来事を思い出していった。変なことばかりがあった――屋敷の人たちがいなくなって、恐竜に出会って、そう、首が長くて異様に大きな不思議な生き物にも――あれはなんだったのだろう。


 そして弾けるように、一つの感情がマチルダの中で沸き起こった。お嬢様! そうだ、お嬢様はどうしてらっしゃるのだろう。私はお嬢様を置いて屋敷の探索に出ていって、お嬢様はたぶん、今も自分の部屋にいらっしゃるに違いない。すぐに戻らなくては――そう思って、マチルダは急いで木を下りた。


 屋敷まで駆けていく。その途中に、庭師の姿を見た。人が戻ってきている! マチルダは嬉しくなった。いや、元々庭にはいたのかしら。じゃあ、屋敷の中は――裏口から入ると、人の声が聞こえた。誰かと誰かが、恐らくメイドたちが話している声。マチルダは明るい気持ちになって、上の階を目指した。まずはお嬢様だ。お嬢様の無事を確認しなくては!


 コーデリアの部屋の前に立つと、中から声が聞こえた。珍しいことにコーデリアが大きな声で何かを言っている。怒っているようだ。気にはなったが、ともかくも、コーデリアの声が聞けたということが嬉しかった。マチルダは部屋の扉を開けた。コーデリアの声がはっきりと聞こえた。「私、探しに行ってきます!」


 そして、扉に向かって歩いてくるコーデリアとぶつからんばかりにして、再会したのだ。コーデリアが抱きしめてくる。「よかった……無事だったのね!」その腕の力が強くなる。


 マチルダがもがくと、コーデリアははっとして、照れたように身体を離した。


「お嬢様も、ご無事で」


 マチルダは言った。コーデリアが嬉しそうに笑っている。


 マチルダはコーデリアの背後に二人の人物を見た。シャーロットとトーマス卿だ。シャーロットは微笑み、トーマス卿は苦虫を噛みつぶしたような顔でこちらを見ていた。

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