叔父様、救出される

 それとも、自分やシャーロットのようにどこか別の場所で目を覚ましているか。それにマチルダは。マチルダはどうなったのだろう。コーデリアはシャーロットに提案した。


「私の部屋に行きましょう。叔父様はまだそこにいるかもしれません」


 それにマチルダも。マチルダは戻ってくると言ったのだ。マチルダも私の部屋にいて、私の不在を不思議に思っているかもしれない。そう思うと、少し心が静まった。


 二人で二階へ上がる。途中でメイドの姿を見た。屋敷に本当に、人が戻っているのだ。では何故人の姿が消えていたのか。コーデリアはわからなかった。それよりもまず、マチルダとトーマス卿のことが気になっていた。


 部屋に近づくと、人の声が聞こえてきた。誰かが大声で喚いている。コーデリアとシャーロットは顔を見合わすと、急いで部屋へと向かった。扉を開けると、声が途端に大きくなった。それはクローゼットからするのだった。クローゼットの扉を、内側から、誰かが激しく叩いている。


 扉を叩く音と一緒に、ありとあらゆる罵詈雑言も聞こえてくる。それは確かにトーマス卿の声だった。コーデリアは恐ろしくなった。シャーロットが扉を開けようとしているが、開かない。鍵をかけた事を思い出して、コーデリアはその鍵をシャーロットに渡した。


 ようやく扉が開いた。そこから転がり出たのは、顔を真っ赤にしたトーマス卿だった。小さなネズミのような生き物ではなく、きちんと人間の姿をしていた。よく知っている、トーマス卿の姿であった。


「誰だ! 私を閉じ込めたのは!」


 トーマス卿が吠える。彼は心の底から怒っていた。コーデリアは震えあがった。ただでさえ、叔父は苦手なのだ。その叔父が、見たこともないくらい怒っている。顔からは湯気が出んばかり、髪は逆立ちせんばかりだ。ぎらぎらと怒りに燃える目で、トーマス卿はコーデリアとシャーロットを睨みつけた。


 コーデリアは気が遠くなるような思いだった。いっそ、このままここでぱったりと倒れることができるとよいのに! と願ったが、しかし、そうはならなかった。コーデリアは立ちすくんだまま、黙ってトーマス卿を見つめた。


 トーマス卿の怒りの目がコーデリアに向けられる。まともに視線がぶつかって、コーデリアは思わず後ずさりをした。トーマス卿が何か言おうと口を開きかける。が、その前に、隣からシャーロットの声が聞こえた。


「今日はとても大変な事が起こったのです。覚えてらっしゃいませんか?」


 きっぱりとして落ち着いた声だった。トーマス卿はわずかに怒りを引っ込めて、記憶を探るように

目を上に向けた。


「――そうだ。確かに次から次へと変なことが起こった。……恐竜を見たんだ! あれはどうなったのだ」


 シャーロットが前に進み出て、トーマス卿に、起こった事を説明した。トーマス卿がネズミのような生き物になってしまったことも。そしてやむを得ず、クローゼットにいれなければならなかったことも。トーマス卿の顔が皮肉な笑みに歪んだ。


「お前は何を言ってるんだ――と、叱るところだったな。いつもなら。でも今日はおかしなことばかり起こって――そう、私が人間でなくなることも、あり得るかもしれない……。いや、どうだろうか。しかし、記憶は急に途切れている……」


 トーマス卿は顔をしかめて呟いた。「私が人間でなくなるなど。あってはならぬことだ。そんな不吉で馬鹿げたことがあるか。しかし……」


 激しい怒りはとりあえず収まったようだ。コーデリアはほっとして、また少し(念のために)叔父から離れた。そして、マチルダのことを思い出した。マチルダ! まだ彼女に会ってないのだ。トーマス卿は無事だった。次はマチルダを探さなければならない。


「あの、叔父様。私は少し用があるので……」


 コーデリアは部屋を出ようとした。マチルダは屋敷内にいるだろうか。ともかく、あちこち見て回ろうと思ったのだ。トーマス卿は手近にあった肘掛け椅子に乱暴に腰を下ろすと、コーデリアを不機嫌そうに見上げた。


「どこへ行くのだ」

「私のメイドを探しに行くのです。一緒にいたでしょう? 恐竜を見たときに。彼女の姿が見えないんです。私、心配で……」

「その辺にいるだろう。すぐ帰ってくる」

「でも……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る