奇妙な世界
コーデリアは立ち尽くしていた。いつの間にか屋外にいたのだ。それは見たこともない世界だった。強い太陽の日差しが感じられた。けれどもコーデリアがいるのは森の中だった。背の高い、スギのような木がまっすぐに天へと伸びている。その間から、鮮烈な日の光が落ちている。暑い。むしむしとするのだ。しかも何故だか息苦しかった。
眩暈を覚えた。自分でも気づかぬままに、近くの倒木に腰を下ろしていた。寄り添う人の気配があって、コーデリアははっと我に返った。側にいたのはシャーロットだった。
「――……これは……」
一体どういうことなんでしょう? と言いたかったが、声が出なかった。光と影の強いコントラストが森を彩っている。不思議な、コーデリアの知らない森だった。木の根元はシダのような植物で覆われている。ソテツのような木も見える。コーデリアはスケッチが好きなので、屋敷の近くの森にどのような植物があるのか、多少は知っている。けれどもここにあるのは、そのどれとも違うものだった。
「……奇妙な世界に迷いこんだみたいですね」
シャーロットがそっと言った。その声は落ち着いていた。何も怖がっていないようだった。けれども表情は厳しく、緊張しているのが分かった。
羽音がした。虫の羽音、それも大きなものだった。コーデリアが急いで身を引くと、すぐ近くを大きな虫が飛んでいった。近くのシダの葉に止まる。人の顔ほどもありそうな、巨大なトンボだった。もちろんこんなものは今まで見たことがなかった。コーデリアは泣き出したい気持ちになり、隣のシャーロットを見た。シャーロットもまたトンボを見ており、しかしその表情は好奇心に溢れていた。
「……ここは……どこなんでしょう」
力なく、コーデリアは言った。訊いたところで正しい答えなど返ってこないとわかっていながら。惨めで、ひどく心細かった。マチルダのことが思い出された。マチルダはどこにいるのだろう。もしかすると、マチルダもこのへんてこな世界にいるのだろうか。それとも屋敷の探索を終えて、私の部屋に戻ってる?
部屋を出なければよかった、とコーデリアは思った。涙が込み上げてきた。泣き出しそうになり、慌てて堪えた。シャーロットに迷惑をかけたくなかったのだ。
「マチルダが……マチルダがいればよかったのに……」
気持ちが言葉に出てしまった。シャーロットがそっとコーデリアの背中に触れる。
「私がいますよ。代わりにはならないかもしれませんが」
「いえ、そんなことは……」
コーデリアはシャーロットを見た。そして無理に微笑んだ。
「私、一人じゃ何もできないんです。誰かに頼ってばかり。マチルダが来てからは、ずっとマチルダに頼りっぱなし」発掘現場に連れて行ってもらう件もマチルダに頼んだのだった。コーデリアは皮肉な笑顔を浮かべた。「私は……弱くて……」
笑顔が消え、少し俯いてしまう。けれどもまた顔を上げて、シャーロットを見た。
「あなたが羨ましいです。ホーンさん。あなたは何事にも動じないみたい。強い人で、一人で生きていけて――」
「そんなことはありません。私だって、弱いのです」
「でも今この状況も、そんなに参ってないように思えますわ。すごく落ち着いていて」
「いいえ。本当はとても怖いのですよ。怖いから、こうしてあなたに寄り添っているんです」
シャーロットが茶目っ気のある笑みを浮かべた。それにつられて、コーデリアも笑う。シャーロットは紫の瞳をきらめかせ、コーデリアに言った。
「私が、一人で平気なように見えるなら、それは大間違いです。私も、拠り所が必要で――でも私は不器用な人間だから、誰かに頼ることができないのです。これは本当のところ、弱さなのですよ」
そうなのかしら、とコーデリアは思った。弱みを見せられないということが、逆にその人の弱さだということ? でも少なくとも、ホーンさんは私よりは強い。コーデリアはそう思った。
シャーロットが話を続ける。
「だから人じゃなくて、物に頼るんです。つまりお守りですね。そういうものが私にもあって――。でも残念。ここには持ってきてないんです。クロフォードの屋敷には持ってきたのですが、部屋に置いたままで」
「まあ、それはがっかりですね」
シャーロットのお守りとは、どんな物なのだろう、とコーデリアは気になった。この強いシャーロットが頼りにしているという物。見せてもらえないかしら、と思っていると、まるで心を読んだかのように、シャーロットが優しく言った。
「屋敷に戻ったら、そのお守りをあなたにも見せてさしあげますね」
「はい」
コーデリアは喜んで、頷いた。少し気が紛れた。シャーロットは、なんでもないことのように、「屋敷に戻ったら」と言ったのだ。それはさり気なく、軽い言い方で、まるでコーデリアとシャーロットが屋敷近くでピクニックをしていて、簡単に帰ることができるかのようだった。
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