告白

 クリフは目を丸くした。何も言わず、リチャードを見ている。その目が、この質問を肯定しているのか否定しているのか、リチャードには判断できなかった。沈黙が二人の周りを取り巻いた。リチャードは居心地が悪くなり、そっと足を動かした。


「……あなたは気付いていたんですね。あなただけかな?」


 クリフはわずかに笑い、リチャードに言った。苦笑のような自嘲のような笑みだった。リチャードが戸惑い、黙っていると、クリフはさらに言った。


「本当は別の人に気付いてほしかったのですが」

「別の人とは」


 リチャードが尋ねる。クリフは視線を逸らして、あっさりと答えた。


「スペンサー博士ですよ」

「何故、彼に?」


 リチャードは話が分からなかった。クリフはまた少し笑ったようだった。


「私は……あの人に、恨みがあるのです」

「恨みとは……」


 クリフはシャーロットだけでなく、スペンサーとも関係があったようだ。けれどもスペンサーは彼のことは知らないようだった。どういうことなのだろう。


「彼は、スペンサー博士は泥棒なのです。ある人が受けるべきだった栄誉を横から攫いました。そしてそれによって学会での自分の地位を盤石なものにしたのです。私は、それが許せなかった――……」


 クリフは地面を見つめていた。灯りの届く範囲は狭く、クリフが見ている先には濃い闇が溜まっていた。リチャードはスペンサーの人の好さそうな顔を思い浮かべた。泥棒とは。どうしてそういうことがあるだろう。


 クリフの声は低く小さく、周りの土に吸われていくかのようだった。


「新種の恐竜を発見したと言っていたでしょう? あれは本当はホーン先生の功績なのです。ホーン先生は竜脚類の骨の一部を見つけていた。新種の可能性が高く、発掘を続けたかった。けれども資金がなく、その計画は中断していた。そんな時にスペンサー博士に会ったのです。そして全てを話し、途中になっている研究の詳細を語った」


 クリフは口以外は動かさず、座ったままだった。話はさらに続いた。


「それからすぐにスペンサー博士によって、発掘が行われました。彼はそこで得た成果で論文を発表しました。ホーン先生のアイディアからの剽窃もありました。ホーン先生は気落ちし、そして間もなく亡くなってしまったのです」


 そんなことがあったのか。このことはシャーロットも知っているのだろうか。知っているのだとしたら……どういう感情をスペンサーに抱いているのだろう。


 クリフは言葉を続ける。


「私は博士を恨んでいました。ここで出会った時には本当に驚いた。けれども博士はこちらに全く気付いていなかったのです。忘れられている――と思いましたが、すぐにそうではないことに思い至りました。ホーン先生は私の師匠で、私はしょっちゅうホーン家に出入りしていましたが、スペンサー博士に正式に紹介されたことはありません。私は博士にとっては、ホーン家の下働きの少年で……その少年のことを覚えていないのは、当然のことでしょう?」

「……だから石を落としたんですね」


 気付いてもらうために? リチャードはそう尋ねたかった。クリフは立ち上がり、リチャードへと近づいた。その顔は妙に穏やかだった。リチャードは少しだけ、後ずさりをした。


「――危害を加えるつもりはなかったんです。ただ――ちょっとしたいたずら心というか……。申し訳ありません。ひょっとしたらあなたに当たっていたかもしれなかった」

「いえ、私は――」


 実際に石が当たることはなかった。けれども何を言えばよいのだろう。リチャードは言葉を探した。ふと、もう一つの事件が頭に浮かんだ。


「……足跡の件は。不思議な足跡が発掘現場に現れましたよね。あれもあなたのやったことなのですか?」

「違います。あれは私じゃない」


 クリフは断言した。すぐに、きっぱりとした口調で言ったのだ。「あれは――なんのなのか私もわからない――……」その目には怯えの色が現れた。


 次の瞬間、クリフがリチャードの背後に何かを見たようだった。じっと、一点を凝視している。その目が次第に見開かれていく。驚愕が、クリフの表情を変えていく。震える声でクリフは言った。


「――あれは……あれは、一体……」


 リチャードは振り返った。クリフは何を見たのだろう。そして、クリフが見たものを、リチャードも見た。そこにいたのは一匹の謎の生き物だった。


 長い尾のある、二足歩行の生き物だった。頭の高さは人間の腰程度。身体の多くは茶色の毛に覆われており、頭頂部は少し逆立って赤みがかっていた。手にはかぎづめがあり、顔には毛がなかった。鳥に似ている、とリチャードは思ったが、鳥ではなかった。羽がなかったし、くちばしもなかった。ともかく、これまで一度も見たことがない生き物だった。


 それが、ゆっくりと目の前を歩いているのだった。

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