7. 恐竜を捕まえろ
恐竜を捕まえろ
マチルダとコーデリアとトーマス卿は黙って、玄関の扉の側に立っていた。少しの間、誰も何も言わなかった。けれどもようやく事態に気付いたかのように、コーデリアが悲鳴を上げ、室内へ引っ込んだ。マチルダは、呆然と、庭を見ていた。
緑色をした大きな生き物は――それは本当に大きかった! その頭は二階部分に達するくらいの高さにあったのだ――四つの足を地面につけていたが、前足は後ろ足よりも小さかった。その前足を地面から離すと、生き物は、器用にバランスを取って二本足で立ち上がった。頭がさらに高くなって、マチルダは眩暈がする思いだった。
そしてまた姿勢を低くすると、傍らにあった木から葉っぱをむしゃむしゃと食べた。マチルダは生き物の前足に、大きな三角の爪があることに気付いた。以前、コーデリアの部屋で見た恐竜の鼻先についていた角に似ている、と思った。
同じ姿の奇怪な生き物はもう一匹いた。ゆっくり近づいていた。そして並んで仲良く葉っぱを食べ始める。それは牧歌的な光景ともいえた。
トーマス卿が動いた。玄関の扉を閉めたのだ。何も言わずに。そしてそのまま、黙ったまま、次の行動へと移った。マチルダの頬をつねったのだ。
――――
一瞬何が起こったのか、マチルダにはわからなかった。けれども頬に痛みが走り、その原因はトーマス卿であるということが、すぐに理解できた。自分はどういうわけか彼に危害を加えられているのであり、そしてそれはいわれのない理不尽なものである、ということもわかった。マチルダは理不尽に屈するつもりはなかった。身をひねると、思いっきりトーマス卿の頬を叩いたのだった。
小気味のいい音が響き、またもやコーデリアの悲鳴があがった。今度は「マチルダ!」とその名前を呼んだのだ。マチルダははっとして我に返った。そして、自分がずいぶん失礼なことをやってしまったのに気付いた。
でも最初に手を出したのは向こうの方だし、とマチルダは思った。私はそんなに悪いことをやってないんじゃないかしら。でもやっぱりひっぱたくのはよろしくないかも……。トーマス卿はマチルダの頬から手を放し――叩かれると同時に放したのだった――意外にも、申し訳なさそうな顔をした。
「すまない。これは夢ではないかと思ったのだ。夢かどうか確かめるために、頬をつねってみようと思ったのだ。けれども自分の頬をつねるのは気が進まず……横を見ればつねりやすそうな、丸いほっぺたがあるではないか。そこで思わず、ぎゅっとやってしまったのだ」
「……。ご自分の頬をつねらなければ意味がないのでは」
「本当にそうだ。いやまったく、すまなかった」
トーマス卿は意外に素直だった。実はよいところもある人なのかも? とマチルダは思った。けれども真によい人ならばそもそも他人の頬をつねらないのではなかろうか……マチルダの心は揺れたが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。庭に、見たこともない奇妙奇天烈な生き物がいたのだ。
「あの……あの、庭にいた生き物は」
マチルダが疑問を口にする。それに対して、トーマス卿は大声ではっきりと言った。
「恐竜だ!」
あれが、恐竜なの! マチルダはびっくりした。コーデリアの部屋で見た絵とは違う。でも恐竜に詳しそうなトーマス卿が言うのだから、そうなのだろう。コーデリアは黙ったまま、震えているかのようだったので、マチルダは心配になって、近くに寄った。
「あれは――……あれは恐竜だ。生きた恐竜。どうしてそんなものがここに、何故……」
トーマス卿は独り言のように呟いている。マチルダはそっと、コーデリアの腕に手をかけた。コーデリアはほっとしたかのように、身を寄せてきた。
「……何故……そもそも他の者はどこに、どうしてこんな事態に……でもあれは恐竜なのであり……」
トーマス卿の呟きは続いている。そして、力強く、きっぱりと言い放った。
「あれを捕まえよう!」
「あの生き物をですか?」
コーデリアは訊いた。トーマス卿の瞳がらんらんと輝いている。
「そうだ! あの生き物を捉えるのだ! そして私のコレクションに……。いや、珍しい生き物ならば死なせてしまうのは惜しい。生け捕りにするのだ! そして、我が家の庭に展示しよう!」
トーマス卿は笑った。いささかヒステリックな笑い方で、マチルダはなんだか不安になった。
トーマス卿はマチルダとコーデリアを見つめ、熱っぽく言った。
「この屋敷には武器があったはずだ!」
「ええ、狩猟に使う銃と、お父様のコレクションと……」
コーデリアが真面目に、律儀に応じた。トーマス卿はそれを聞いて頷き、二人に向かって大声を出した。
「それを持ってこい! そしてあの生き物を捕まえに行こう!」
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