闇の中

「それでは行きましょうか」


 クリフが明るく促す。彼はこの空間に慣れているようだった。リチャードはクリフの後をついて行った。怖がっていることを気取られないように、そして、彼は一体何者なのだろうかと思いながら。




――――




 地中をわずかに進んだ先に、問題の化石はあった。まだその多くが岩に土に埋もれている。クリフの説明をリチャードは聞いた。確かに彼は、化石について詳しいようだった。


 そして再び元の場所へと帰る。リチャードは少なからず喜んでいた。どうも長くいる気にはなれない場所だった。クリフが合図をすれば籠が降りてくるはずだった。けれども籠は来ない。


 クリフは何度か頭上に向かって呼びかけたが、返事はなかった。クリフが黙ると辺りは静寂に包まれた。静かすぎる、とリチャードは思った。自分たちは穴の中にいるからそう思うのかもしれない。けれどもそれにしても、音が聞こえなさすぎるのではないか。まるで――まるで、地上に誰もいないかのようだ。


「何かあったんでしょうかね」


 クリフがのんびりと言った。彼の声に焦りは見えない。事態のおかしさに気付いてないのだろうか、とリチャードは思った。そこで思い切って尋ねてみた。


「静かすぎませんか? まるで誰もいないかのような――」


「作業員たちがみな、私たちを置いてどこかへ行ってしまったと?」クリフは苦笑しながら答えた。「それはないでしょう。そんな意地悪をされるような覚えは私にはありませんし。……でも、どうしたんでしょう」


 クリフの声にもわずかに戸惑いがあった。余裕を見せてはいるが、それはこちらを不安がらせないようにという配慮なのかもしれない、とリチャードは思った。クリフはリチャードを見ると、穏やかに言った。


「ここは天然の洞穴へと繋がっているんです。そこから出ましょうか。少し、時間はかかりますが」




――――




 二人は黙って歩いていく。それぞれが手に持っている小さな灯りだけが頼りだ。地下の道はあちこちで枝分かれしていたが、クリフは迷うことがなかった。どれを選べば正しい道なのか、完璧に頭の中に入っているかのようだった。


 リチャードは黙ってその後ろをついていった。息苦しさを感じる。ここはずっと地面の下で、周りは土と岩に囲まれているのかと思うと、閉塞感と圧迫感を覚えるのだ。けれども泣き言を言うのは嫌だった。このクリフという男にそれを聞かれるのは嫌だったのだ。


 それにしても――この男は何者なのだろう、とリチャードは思った。ミス・ホーンの知り合いらしき人物。そして――斜面から石を落としたと思しき人物。


 記憶が蘇り、リチャードの胸に嫌な感情が広がった。そうだ。この男はひょっとしたら、自分たちを害しようとしていた人物かもしれないのだ。それなのに――自分はそんな男と地下の空間で二人きりだ。しかも、彼に導かれるままに、この空間を歩いている。


 ……本当にこの男は出口を知っているのだろうか。一度疑惑が芽生えるとそれが胸の中を素早く広がっていった。本当に自分を出口に案内してくれるのだろうか。途中でどこかに置き去りにしないだろうか。そもそも、何故地上に誰もいなかったのだろう。いや、誰もいなかったのではなく、他の者たちがこの男と示し合わせていたのかもしれない。リチャードを地上に出さないように、このまま上手い具合に地下に葬ってしまうように……。


 いつの間にか足の運びが遅くなっていたようだ。幾分開けた場所に出たところで、クリフが振り返った。気遣うようにリチャードを見ている。


「疲れましたか? 少し休みましょうか」


 リチャードは足を止めた。そして、クリフを見つめた。ランプの光に照らし出された、その顔を。警戒して、リチャードは少し後ずさった。


 クリフは地面に転がる岩の一つに腰を下ろした。そしてリチャードに言った。「半分くらいまで来たところですよ。もう少し頑張れば外に――」

「ミス・ホーンとはどういう関係なのですか?」


 クリフの言葉を遮って、リチャードが尋ねた。クリフは驚いた顔をして視線を上げる。


 リチャードは続けた。


「私は見たんです。あなたと、叔父の秘書が何やら話しているのを。ただの知り合いではないように見えましたが、一体どういう関係なのかと――」

「ああ、昔の知り合いなのです」


 いとも簡単にクリフは答えた。「といっても私がよく知っていたのは、彼女の父親の方です。ホーン医師は私の先生でした。私の化石好きも先生の影響を受けたもので」


 スペンサーが、クリフは不思議と化石に詳しいと話していたことを思い出した。それらの知識は、シャーロットの父親から教わったものだったのだ。リチャードは納得した。クリフがさらに言葉を続ける。


「ミス・ホーンとは、ホーン先生の娘さんとはそれほど親しいわけではありませんでした。あまり話す機会がなくて。何にせよ身分に差があるので馴れ馴れしくしてはいけないと思ったのです。ホーン先生が亡くなった後は、顔を合わせることもありませんでしたが、こんなところで会うとは――」


 これで一つ謎が解けた。が、リチャードの心はすっきりしなかった。シャーロットとクリフの関係は分かった。けれども二人が話していたときの、あの緊張感は何だったのだろう。クリフが今説明したような、あまり話したこともない関係とは思えなかった。それに、落石の一件――。


「それだけではないように思えるのですが」リチャードは思ったことを口にした。そして躊躇い、少し黙った後、意を決して口を開いた。


「……――私たちに石を落としたのは、あなたでしょう?」

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