6. 地下へ
地下へ
外出の支度をして、マチルダはシャーロットともに、階下へと向かった。今日はトーマス卿とともに発掘現場に行くのだ。玄関ホールには既にトーマス卿とその秘書の姿があった。
急いで二人の元へ向かうが、トーマス卿にいくらか近づいたところでコーデリアは足を止めてしまう。まるで見えない壁でもあるかのようだった。苦手意識のせいで、必要以上に近寄ることができないようだ。
トーマス卿は苛立っていた。二人を見ると、不機嫌な声で言った。
「馬車がまだ来ないのだ」
何のことだろうと黙っていると、トーマス卿は続けた。
「今日はお前たちが来るというから、馬車を用意させることにしたのだ。けれどもまだ来ない」
「あ、あの……私たち、別に馬車がなくても、歩いていくので……」
コーデリアが言った。けれども小さな小さな声だったので、トーマス卿には気付いてもらえなかったようだ。
「私がちょっと見てきますね」
シャーロットがトーマス卿をなだめるように言う。そして玄関の扉から外へ出ていった。ホールに
三人で取り残されてしまった。
沈黙がホールを満たしている。それにしてもやけに静かじゃないかしら、とマチルダは思った。普段もこんなに静かだったろうか。屋敷内には常に使用人たちがいて、何かしらの仕事をしている。使用人というものはそんなに騒々しい存在ではない。けれどもあちこち動き回り、屋敷の隅々まで行きわたって、屋敷を生命力のある存在にしている。けれども今日はそういったものが感じられないのだ。
いつもは血が全身に通っているのに、今はそうではない感じ……ぴたりと止まってしまったような感じ……マチルダはそんな不吉な想像をした。そういったことを考えたせいか、ホールを満たす沈黙が、身体にずしりとのしかかってくるように思えた。少し、息苦しい。コーデリアのほうを見ると、彼女も戸惑った表情をしていた。
「なんだか……静かすぎない?」
マチルダを見て、コーデリアが言う。マチルダは頷いた。
「お嬢様もそうお思いですか? 私も、同じことを思ってたんです。今日は変です。なんだか誰もいないみたいな……」
この屋敷に、ここにいる三人しかいないような。マチルダの言葉に、コーデリアは不安そうな顔になった。
「馬車が来ないのもおかしいわね。何かおかしなことでもあったのかしら」
コーデリアがマチルダに近づき、囁くように言う。マチルダは今度はトーマス卿の方を見た。トーマス卿もこの異常に気付いているのだろうか、と思ったからだ。けれどもトーマス卿は相変わらず不機嫌なままで、何かに気付いている様子はない。
静かなまま、時間だけが流れていく。ついにトーマス卿が口を開いた。
「一体、うちの秘書はどこまで行ったのだ。何故誰も来ないのだ。全く、この家の使用人たちはどうかしている。もう私が見に行くしかない」
トーマス卿は吐き捨てるようにそう言うと、玄関ドアへと向かった。マチルダとコーデリアもついていく。一体何が起こっているのか、ここでじっとしている気分にはなれなかったからだ。
トーマス卿はドアを開けた。明るい夏の日差しが流れ込んでくる。緑豊かな屋敷の前庭が広がる――のであるが、トーマス卿はそこで歩みを止めた。マチルダも止まり、コーデリアも止まった。
庭はいつもの朝の景色と同じだった。庭自体はそうだったのだ。けれどもそこに、尋常ならざる存在が紛れ込んでいた。暗い緑色をした大きな生き物――乾いたうろこと太い尻尾とたくましい四本足の生き物――見上げるような巨体で、そしてマチルダが、今まで一度も目にしたことがないような、奇妙奇天烈な生き物――そんな存在が、悠然と屋敷の庭に立っていたのだった。
――――
リチャードはクリフとともに竪坑の近くにいた。今日はこの中へ、地中の発掘場所へと赴く予定だった。スペンサーが案内役としてついてくる予定だったが、コーデリアたちが来ることとなったので、急遽彼女らの世話をすることとなった。
代わりに呼ばれたのがクリフだった。リチャードは隣に立つ青年を幾分警戒しながら見つめた。日に焼けた肌、赤っぽい髪の毛、青い目は濃い色をしており陽気そうだ。彼に対する様々な疑惑が、リチャードの胸の内にあった。けれどもこうして側で見ていると、ごく普通の、陽気で快活な青年に思えてきた。
地下にはまずリチャードが降りる。籠に乗ってゆっくりと下ろされる。次第に闇が迫ってくる。頭上の光が少しずつ弱くなり、手持ちの灯りだけが頼りとなる。リチャードは圧迫感を覚えた。灯りが払う闇はわずかに過ぎず、その背後には、重たくべったりとした暗闇が広がっていて、リチャードをじんわりと押さえつけている。
やがて底についた。籠が上がり、クリフがやってくるのを待つ。嫌な時間だった。穴の底にぽつねんと一人で取り残され……リチャードは自分が怖がっていることを認めたくなかった。けれども、クリフの灯りが見え、それが次第に大きくなり、側に降り立ったときは、とてもほっとした。
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