魔女伝説

 リチャードはふとシャーロットのことを思い出してその姿を探した。離れたところで、トンプソンと何やら熱心に話している姿が見つかった。こちらの出来事には全く気付いていないようだった。シャーロットの姿を見ていると、何故だか、リチャードは、自分がさっきからずいぶんと物事を考えすぎているように思えてきた。


 やはり、ただの自然な落石なのかもしれない。考えすぎなのだ。リチャードはそう結論付けて、この一件を忘れることにした。けれども、忘れられなかった。すぐに次の事件があったのだ。




――――




 二、三日ほど雨が続いたその翌日のことだった。雨は上がり、空は綺麗に青く晴れていたが、道はまだぬかるんでいた。リチャードはその日も、トーマス卿と一緒に発掘現場に向かっていた。現場は騒がしかった。人々が興奮して話し合う声が聞こえた。どうやら、何かただならぬことが起こっているようだった。


 人々が群れている姿が見える。地面を指して何かを言っている。


「何かあったのか」


 近づいて、トーマス卿が言った。群れはトーマス卿のために空間を開けた。そこから、多くの視線が集まっていた地面を見て、トーマス卿は驚きの声をあげた。リチャードも一緒にそれを見て、同じように驚いた。


「なんなのだね、これは」


 トーマス卿が尋ねる。けれども答えるものはいなかった。リチャードはじっとそれを見つめた。それは足跡であった。ぬかるんだ地面に足跡が残されている。三つの指のある足跡。普通でないのはそれがとてつもなく大きいということだった。60センチ以上はある。そのような足跡が、そこから西へと、二つ、三つと続いていた。


 大股で歩いていったようだった。足跡の先には爪の跡も見える。爪を持つ、三本指の足跡……リチャードはとっさに鳥を思い浮かべた。


「わからないのです」


 少し沈黙が続いたあと、作業員の一人がトーマス卿の質問に答えた。スペンサーもやってきた。そして、同じように足跡を見て驚く。


「鳥の足跡のように見えますね」


 そう言ったのはリチャードだった。けれどもその考えは、たちまちトーマス卿によって否定された。


「馬鹿! こんな途方もない大きさの鳥がいてたまるか!」


 そう、確かに大きかった。この足跡の持ち主は一体どれくらいの全長になるのだろう……。リチャードは足跡がどこまで続いているのか調べてみることにした。二つ、三つ、四つ、五つと歩きながら数えていく。けれどもそれは突然途切れていた。まるでいきなり姿を消したかのように、足跡はなくなっていた。


 リチャードはぞっとし、急いで、トーマス卿たちの元へ戻った。


 結局、足跡の主はわからなかった。この辺りに生息し、かつこのような足跡を残す生き物の名前を、誰もあげることができなかったのだ。いつまでも足跡を見つめていても仕方がないので、各々仕事に戻ることになった。


 しばらくして、リチャードとスペンサーがテントで休んでいると、そこにトーマス卿が荒々しい勢いで入ってきた。怒っている。一緒についてきた人物に、きつく言い放った。


「そんなくだらない話は私はもう聞きたくない! いいか、全てはたわごと、そして迷信なのだ!」


 リチャードの場所からは、トーマス卿が話をしている相手がよく見えなかった。ただ、以前ミス・ホーンと一緒にいた、赤毛の若者ではないかと思った。若者はテントに入らず、トーマス卿に穏やかに何か言い、去っていった。


「どうかしたのですか?」


 スペンサーが声をかける。トーマス卿は苛立ちを隠さぬまま、その質問に答えた。


「何人かの作業員が辞めたがっているというのだ……くだらん噂のせいでな」

「噂というのは?」

「ここ何日かの間で村に広まったらしい。――怪物が出るというのだ」

「怪物、ですか」


 スペンサーが目を丸くし、そしてすぐに楽しそうな笑顔になった。「それはどんな怪物なんでしょうね」


「よくは知らん。悪魔の羽を生やした毛のないサルだとか、極彩色で牙のあるアヒルだとか……荒唐無稽なものだ」

「それがどうして、やめたいという話につながるのですか?」


 今度はリチャードが尋ねた。トーマス卿はリチャードの方を面倒くさそうに見ると、眉間に皺を寄せて言った。


「そのような怪物が出回るのは我々の発掘のせいだというのだ。我々が掘り返そうとしているものは、過去にこの村の魔女が甦らせようとしていたもので、それを刺激することによって、悪魔の眷属であるこれら怪物たちが闊歩し始めたのだと……」

「魔女? 面白そうな話ですね」


 スペンサーはこの話を愉快に思っているようだった。「なんなんですか、その魔女とは」


「この村には魔女の伝説があるんです」


 トーマス卿の代わりに、リチャードが答えた。トーマス卿は口をへの字に結んで、あまりこの話をしたくないようだった。


「300年くらい昔に、この村に一人の魔女が住んでいたそうです。薬草などの知識に長け、村人たちの役に立っていたそうです。でも魔女狩りの火の手がこの村にまで及んで、その魔女は処刑されることになりました。魔女は人々を恨み、地下に眠るという巨人を呼び起こしたのです……」

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