4. 魔女伝説

落石

 そこで、リチャードは休暇中、できるだけ発掘現場に通うことにした。図書室で多少、地質学や古生物の本を読んだりもした。ほんのわずかな時間ではきちんとした知識は手に入らないが。


 図書室はクロフォード家のちょっとした自慢だ。祖父が集めた多くの本がある。また、祖父が集めた化石や標本などのコレクションもある。物を集めるという趣味は祖父の子どもである叔父が継いだらしい。リチャードはある日、図書室でばったりとコーデリアとそのメイドに会った。本棚の前に二人が並んで立っていたのだ。メイドはリチャードに驚いて、コーデリアの後ろに身を隠した。メイドというものはあまり姿を見られてないけないもの、を実践しているらしい。リチャードはその意気を好ましく思った。コーデリアは明るく、兄に声をかけた。


「あら、お兄様。ここで会うのは珍しいわね」


 コーデリアは図書室に引きこもりがちな人間であったが、リチャードはそうでもなかった。コーデリアは最近、快活だ。顔の色もよいし、心なしか少し太ったようにも思う。よいことだ、とリチャードは思った。新しいメイドの影響なのだろうか。


「そうだな。最近、勉強したいことができて」

「お兄様は真面目な方ね。私たちは面白い本を読んでいるの」

「どんな本なんだ?」


 リチャードは近づいて行った。コーデリアが手に持っていた本の一ページを見せてくれる。


「魔女の本なの」


 コーデリアが言う。見るとそこには地獄のような光景が描かれていた。大窯で煮られる人間の手足、ヤギの角を生やした悪魔、あられもない恰好で踊る女たち――。リチャードはいささかひきつった笑みを浮かべた。こういう本を楽しむのも新しいメイドの影響なのだろうか。それは困る。


 いやさすがに違うだろう、とリチャードは思った。この図書室には魔女や魔法に関する本も多い。領地の村には魔女伝説があるのだ。それもあって、祖父はそういった類の本も集めたのだ。それに祖父は、おどろおどろしいものも好きだった。聞いた話によると、ミイラを買おうとして祖母に止められたことがあるそうだ。


 なかなか……楽しそうな本だね、とリチャードは小声で言うと、目当ての本を手にしてそそくさと図書室を出ていった。おどろおどろしいものが好きという祖父の傾向は、我が妹が受け継いだのかな、と思いながら。




――――




 事件はその二日後に起きた。その日も、リチャードは発掘現場に向かっていた。叔父と一緒に赴き、現場の入り口近くで、スペンサーに出会った。そのまま足を止めて、三人で会話をしていたのだった。その時のことだった。


 三人が立っていた場所は、急な斜面のすぐ側だった。そして突然、斜面から石が転がり落ちたのだ。石は誰にも当たることなく、地面に落ちて砕けた。人の頭くらいの大きさの石だった。


 驚き、少しの間、三人とも何も言わなかった。リチャードは素早く斜面の上を見上げた。そこに人影が見えたのだ。身を翻し、去っていく人影だった。一瞬のことだったので、詳細なことはよくわからない。


 ただ、その背格好には見覚えがあった。ごく普通の体形ではあるが。そして、わずかにちらりと見えた赤っぽい髪の色。あれは、以前、ミス・ホーンと話していた男性なのではないか、とリチャードは思った。


「ここは、雨が降ると崩れやすいからな」


 斜面を見上げ、トーマス卿が言った。それにスペンサーも同意する。「そうですね。危険なところです」二人とも、男の姿には気付いていないようだった。


 リチャードも斜面を見た。草と低木が生い茂り、ところどころ大きな石が見えている。確かにもろい斜面だった。けれども雨は降っていないのだ。ここ何日も、雨は降っていない。それなのに、崩れるのだろうか。


 あの男が落としたのだろうか? そんな疑惑がリチャードの胸をよぎった。あの赤毛の男。ミス・ホーンと何か関わりがありそうな男。あの男が石を落とした――ここにいる三人のうち、誰かを狙って。


 誰を狙ったのだろう。一番可能性がありそうなのは、トーマス卿だった。トーマス卿の横柄な態度に腹を立て、少し怖がらせてやるつもりだったのかもしれない。スペンサーはどうだろう。けれども彼はあまり人の恨みを買うようなタイプには見えないし、あの男とどれほどつながりがあるかもわからない。同じ発掘現場で働いているので、もちろん顔見知りではあろうが。


 そして自分は――。リチャードは考えた。自分はあの男の名前さえも知らない。恨まれる覚えなど全くないのだ。ただ、あの男とミス・ホーンが何か話しているのを物陰から見たことがあるだけ。

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