短い会話

 叔父は彼女に恋愛感情を抱いていないようだ、とリチャードは判断した。では彼女の方はどうだろう。叔父に恋をする――ことはまずなさそうだが、叔父の財産は魅力的だろう。上手く言いくるめて、それを少しでも自分のものにしようとしているのだろうか。


 リチャードは坂を下りながら考えた。そして、自分がまだ一度も彼女と会話していないことに気付いた。一度何か話してみるべきかもしれない。気が進まないことではあるが。




――――




 リチャードが屋敷でシャーロットと会ったのは、その日の夕方になってからだった。屋敷の外を歩いていると、ばったりとシャーロットと出くわしたのだった。リチャードは狼狽えた。彼女と何か話をしたいとは思ったものの、こう急では一体何を話してよいかわからない。


 二人の目が合い、シャーロットがわずかに、ふんわりとした柔らかい笑みを浮かべた。リチャードはますます狼狽えた。シャーロットは美しく、普段から美しいのだが、笑うとまた格別の魅力があった。リチャードは恥ずかしながら、自分の頬が熱くなるのを感じた。


 シャーロットはさっぱりと乱れのない装いをしており、午前中発掘現場に、土と埃と喧噪の中にいたとは思われない雰囲気があった。リチャードはぎこちなくも笑みを返し、そして彼女に近づいた。


「あの……ホーンさん。今日は……発掘現場でお会いしましたね」


 言いながら、自分でも何を言ってるんだ? と思う。けれども彼女に何の話をすればいいのか、よくわからないのだ。シャーロットは美しい笑みをさらに深くし、慎み深い声で答えた。


「はい。ちらりとお姿を拝見しましたわ。スペンサーさんは説明の上手な方でしょう?」

「あ、ああ、そうですね。私は化石や恐竜には詳しくないのですが、わかりやすく説明してもらいました」


 スペンサーに案内してもらっているところを、シャーロットは見たようだ。シャーロットは言った。「それはよかったですわね」


「叔父のところで秘書をするのは……大変でしょう?」


 リチャードは思わず訊いてしまった。叔父は何といってもわがままで横暴な人物なのだ。この女性はよく耐えているな、と思ったのだ。


 リチャードの言葉に、シャーロットは意外そうに目を丸くした。


「いえ、よくしてもらってますわ。うるさいことも言われません。無理な要求もなさいませんわ。それなのに、とてもよいお給料で雇っていただいて」

「そうなのですか」


 本当だろうか、とリチャードは思った。しかし、雇い主の甥に、雇い主の悪口を言うことはあるまい。それに叔父はけちではない。叔父のところの使用人たちはそれなりによい給料で雇われているはずだ。でないと、使用人がいつかないからでもあるが。


「お父さんのことも聞きました。化石が好きだった方だそうで、それであなたも化石に詳しいんですね――あっ」


 途中で、リチャードはこの話題は適切ではなかったかもしれないということに気付いた。死んだ父親のことを出されるのは、辛いかもしれない。死後それなりの年月が経っているとはいえ。リチャードはそっとシャーロットを見た。シャーロットの顔からは笑みが消えていた。リチャードは慌てて言った。


「申し訳ありません。あんまり愉快な話ではなかったですね」


「いえ、そんなことないですわ」我に返ったように、シャーロットはまた笑みを浮かべた。「そう、化石のことは父から――いえ、父が直接私に教えることはあまりありませんでしたが、書斎の本を読んでよいことになっていて、そこから私が学びましたの。といってもわずかな知識に過ぎませんが」

「よいお父さんだったんですね」


「そうでも――」シャーロットが言いかけた。その声は予想外に冷ややかだった。けれどもすぐにその冷ややかさを消して、言い直した。「――いえ、よい父でしたわ」


 リチャードはスペンサーの言葉を思い出した。ホーン医師がもっと娘に気をかけてやればよかったということを。そのお金を化石だけでなく、娘の女性的な楽しみやたしなみのために使うべきだったと。ミス・ホーンは父親を恨んでいるのだろうか。そう思って、リチャードは彼女を見たが、その顔にはまた柔らかな笑みが蘇っていて、彼女が何を考えているのか、察することはできなかった。


 ふいに、今日の午前に見た光景が頭に浮かんだ。赤毛の若い男がミス・ホーンに何かを語っていたのだ。それに対してミス・ホーンはつれない態度だった。結局あれは何だったのだろう。そして「過去のこと」とは? あの男は一体何者なのか、目の前の女性に訊いてみたかった。しかしそれは何故かできなかった。


 その後、二つ三つ他愛もない話をして、リチャードはシャーロットと別れた。苛立たしい気持ちが募ってくる。結局彼女のことは何もわからない。むしろ謎が増えたくらいだ。しかも微笑みかけられて動揺してしまった。自分がずいぶん情けない人間に思えてくる。これでは彼女の美しさにすっかりうつつを抜かしている、あの呑気な弟と同レベルではないか!? 腹を立てながら、リチャードは思った。


 ――また、発掘現場に行ってみよう。リチャードは屋敷に入りながら思った。恐竜のことに興味が出てきたし、それに彼女にも会え――いや、彼女はどうでもいい。いろいろと気になることがないわけではないが、今のところ叔父を骨抜きにしているようには見えないし――しかしあの謎の男との会話は――。リチャードの脳内で様々な思いが駆け巡った。けれどもリチャードはそれをばっさり捨てた。学問的なことに集中しよう。我が領地で行われている一大発掘事業に意識を集中させよう。そう考えて、リチャードは姿勢を正して、自分の部屋に戻ったのだった。

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