巨人の正体

 リチャードの祖父が興味を持っていた伝説だった。リチャード自体はさほどオカルトには関心がないが、一応自分たちの領地のことは知っておこうという気持ちから、この伝説のことを知っていた。


「巨人はどうなったのですか?」

「退治されたらしいですよ。詳しくは知りませんが。まあ、現在、その子孫が生き残ってないので、きっと退治されたんでしょうね」


 リチャードは笑った。本当に、馬鹿げた伝説だと思う。でもこういったことを信じる人もいるのだろうか。


「魔女も巨人もいるはずがない。魔女は単に薬草に詳しい変わり者のばあさんだった。それを古い時代の人間は魔女だと言ったのだ」


 トーマス卿がむっつりと言った。スペンサーは椅子に座ったまま、天井を見つめ、呟いた。


「巨人……なるほど、巨人ですか。それは面白いですね」


 スペンサーは言った。視線を戻してトーマス卿とリチャードを見る。「知っていますか? 昔の人は、恐竜の化石を、巨人の骨などと思っていたのです」


「ああ、そうすると」リチャードが言う。「ではこの村では昔から、恐竜の化石が発見されていたんですね。だから巨人の伝説がある」

「そういうことでしょう」


 スペンサーとリチャードは笑いあったが、トーマス卿は不機嫌なままだった。腕を組み、顔をしかめて言う。


「伝説はどうでもいい。しかし問題は、人員が減るということだ。今朝の一件がさらに拍車をかけてしまった」

「あの足跡ですか?」

「そう。あれを見て動揺して、ここで働くことをやめたくなる人間がでてきてしまったらしい」


 あれは、あの足跡は何だったのだろう、とリチャードは思った。きっと、いたずらだと思う。誰かの悪ふざけなのだろうが……。でも一体だれが、何のためにあのようなことをしたのだろう。


「あれは誰かのいたずらなのでしょうけど」朝見た足跡を思い出しながら、リチャードは言った。「いたずらならば……足跡を作った人間の足跡が残るはずでしょう。そんなものはありましたっけ?」


 言いながら、リチャードも足跡周辺の様子を記憶から掘り起こした。周辺はすでに、多くの人びとの足跡で荒れていた。もし犯人の足跡があったとしても、とっくにわからなくなっていた。


「私たちが着いた頃にはもう地面は大勢の人間に荒らされていたではないか」トーマス卿が言った。「けれども、足跡を最初に発見した人間なら、何か見たかもしれない。そうだ、その人物を探し出して、とっちめてやることにしよう」


 トーマス卿はそう言うと、足音荒くテントを出ていった。リチャードはその第一発見者にわずかながら同情した。と、同時に、あの赤毛の若者のことを思い出した。ミス・ホーンと何かを話していた人物。落石があったときに、斜面の上にいた人物。そして今朝の一件では……そうだ、他の作業員に混じって驚いた顔で足跡を見ていた。


 石を落としたのは彼だったかもしれない、という疑惑が、再びリチャードの胸に蘇った。では足跡を作ったのは? 彼だったのだろうか。しかし、彼については自分は何も知らないのだ。リチャードは、それとなくスペンサーに尋ねてみることにした。


「あの……さっき、トーマス卿の側にいた若者は誰なのですか? 赤っぽい髪をした……」

「ああ、クリフのことですね」

「そういう名前なのですか」

「そうです。何故か化石に詳しい若者ですよ」


 スペンサーがリチャードを見た。


「彼がどうかしましたか?」

「いえ、どう、ということもないのですが……」


 その若者が気になる理由を、何故か話すのは躊躇われた。けれども、スペンサーはそれを不思議には思っていないようだった。


「あの若者は目立ちますからね。ここで働く労働者の中で、一番知識がある。自然と彼がリーダー格になっています。この村の出身の者ではないようですが、何年か前にこちらに越してきたそうで……。そう、普段は大工をやってるそうですよ。父親も大工だったそうです」

「詳しいんですね」


 リチャードが言うと、スペンサーは笑った。


「私は少し、あの青年が気になるんです。どこで化石や岩石の知識を身につけたのだろう、と。貧しい者の中には、珍しい石や化石などを売って生計を立てている者もいます。彼も、彼自身かその家族が、そうだったのかもしれない。そんな中、独学で知識を身につけていったのかもしれませんね」


 リチャードは黙った。化石に詳しい男。ミス・ホーンと何らかの繋がりがありそうな男。そして――ひょっとしたら、こちらに何か、敵意を持っているかもしれない男。


 一度、話しかけてみようか、とリチャードは考えた。このままこちらで、ぐだぐだと取り留めないことを考えるよりも、直接彼と何か話したほうが、得るものがあるかもしれない――。

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