食うものと食われるもの
リチャードは幾分恐々と、穴を見下ろした。とても深そうだ。中は真っ暗で明り一つ見えない。リチャードは何か落ち着かない、胸が騒ぐような気持ちになった。自分はこの暗闇を怖がっているのだろうか。馬鹿馬鹿しいことだ、とリチャードは思った。けれどもリチャードは想像せずにはいられなかった。この穴の奥深くに、太古の生き物が埋まっているのだ。死後、その身体に土や砂が堆積し、押しつぶされ圧縮し、長い長い年月をかけて鉱物へと変わっていった……そんなものがじっと身を横たえて沈黙しているのかと思うと、どうも愉快な気持ちではいられなかった。
「どんな恐竜が見つかったのですか?」
リチャードの問いに、スペンサーはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「肉食恐竜ですよ。それも巨大な」
スペンサーは驚いているリチャードを見てさらに言った。
「全長は10メートルほどにもなるでしょうか……まだはっきりとしたことはわかりませんが。巨大な顎が見つかっています。立派な牙もついてますよ。そうですね、その牙で私たちくらいの大きさの生物なら――」
スペンサーはリチャードを驚かすように、手を動かした。「ぱくりとやってしまいますよ」
リチャードは強張ったように笑った。どうやら我々が追い求めているものは、相当の大物らしい。同じ時代にそんな化け物と一緒に生きていなくてよかったと思う。しかし叔父は喜んでいるだろう。叔父は分かりやすく、大きいもの、強いものが好きなのだ。
リチャードとスペンサーは並んで歩き始めた。途中、大きな岩の一部を、作業員たちが梱包しようとしていた。スペンサーはそれを制止し、リチャードに言った。
「これがその化石ですよ」
化石はまだ岩にくっついていた。白っぽい骨らしきものが見える。いくつかが重なりあい、また、乱雑に散らかっている。足の骨らしく、スペンサーは興奮気味に、それらについて説明を始めた。けれども専門用語が多く、リチャードにはいまいちよくわからなかった。ただ、その、並外れた巨大さだけは理解できた。
近くにはテントがあった。二人が中へ入っていくと、そこにはトーマス卿とトンプソンがいた。椅子に座っており、その間にはテーブルがあった。テーブルの上には小さな黒い石がいくつか転がっており、二人はそれを見て何かを話していた。
スペンサーが二人に挨拶し、発掘の進捗についての話が始まった。リチャードは机に散らばる黒い小石を見た。深い色をした、美しいものだった。興味を惹かれてじっと見ていると、トーマス卿の声がした。
「欲しいのなら、一つくらい持っていってもいいぞ」
リチャードは少し驚いてトーマス卿を見た。
「この石を、ですか?」
「そう。欲しそうな顔をしていた」
そんな顔をしていたのだろうか。リチャードは少し恥ずかしくなった。けれどもその言葉に甘えて、石を一つつまんだ。その黒は本当にどこまでも深く、どこか得体の知れない世界にリチャードを誘うかのようだった。リチャードは、先程覗いた、発掘のために掘られた穴を思い出した。そこにあった暗闇に似ている……どこまでも続いて、その先に何がわからず、不気味なものたちが潜んでいるように見えて、にも関わらず、こちらを捉えて離さない――。
「――これは一体なんなのですか?」
リチャードはトーマス卿に訊いた。何かの化石なのだろうか。けれども返ってきた答えは予想外のものだった。
「それがよくわからないのだ」トーマス卿はトンプソンを見た。「今も、この正体について話し合っていたのだが、一向に結論が出ない」
「では、珍しいものではないんですか? そんなものをもらってもよいのでしょうか」
「かまわん。数はあるのだ。けれども何か価値があるものだとわかったら――」トーマス卿はリチャードを見た。「その時は返したもらうぞ」
リチャードは苦笑した。掌で石を転がす。あまり価値のあるものでなければいいが、と思った。どうせなら手放したくない。一度もらったものであるし……それに、どこか心惹かれる部分があるのだ。
――――
リチャードはテントを出た。今度は一人で、気ままにあちこちを巡ってこようと思ったのだ。ハンマーの音が聞こえる。人々の声も聞こえる。村から集められた男たちがあちこちで働いていた。リチャードはシャーロットのことを思い出した。今はどこにいるのだろう。そもそも、自分がここに来たのは彼女について調べるという目的があったのだ。
彼女を探し歩いていると、いつしか人気のない場所に出た。こんなところにはいるまいと思いつつ木々の間を行くと、前方から声が聞こえて、リチャードははっとした。思わず足音をひそめて、そっと近づいて行く。林の向こうに、シャーロットがいた。驚いて見ていると、もう一人、シャーロットの側にいた。まだ若い男だ。リチャードと同年代くらいだろうか。焼けた肌に、赤みがかった茶色の髪をした、どこにでもいる労働者の男だった。たぶん、発掘作業に雇われたうちの一人だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます