医師の娘
発掘作業のために、村から労働者たちが集められていた。トンプソンが戻ってきて、トーマスに何か声をかける。トーマスはそちらへと向かい、そして二人でどこかに行ってしまった。後にはリチャードとスペンサーが残された。
リチャードは辺りを見回した。シャーロットを探したのだ。彼女も今日ここに来ているはずだ。むさくるしい男たちの中で、彼女の姿はよほど目立つに違いない。ほどなくその姿を発見した。いつものように、黒い地味な服を身につけて、スケッチブックを手に、何人かの作業員たちと話をしている。相変わらず美しいが、不思議と周りに溶け込んでいる光景だった。
「彼女が気になるのですか?」
わずかに笑いを含んだ声がして、リチャードははっとした。スペンサーの声だった。リチャードがじっとシャーロットを見ているのに気が付いたらしい。スペンサーはからかうようにリチャードを見ていた。
「彼女は美しいですからね」
スペンサーの言葉にリチャードは赤くなった。美人に見惚れていると思われたのだ。自分は惚れっ
ぽく能天気な弟パトリックとは違う。そこをわかってほしくて、リチャードは大変真面目な顔を作った。
「美しい……といえば、まあそうでしょうね。いえ、そんなことよりも、彼女がここにいるのが不思議だったのです。彼女はここで役に立つのでしょうか」
「役に立ちますよ。ホーンさんは化石や恐竜について詳しいのです」
「そうなんですか?」
意外なことだった。驚くリチャードに、スペンサーは笑いながら言った。
「そうでなければあなたの叔父さんが彼女を秘書にするわけがないでしょう?」
「いえ、それは……」
能力ではなく、色香に惑わされて、秘書にしたのかと思っていたのだ。けれどもそれを言うわけにはいかなかった。リチャードは口ごもりつつ、言い訳めいたことを口にした。
「その……叔父の近くに女性がいるというのがとても意外で……叔父は大変女性が嫌いですから」
「ええ、それは知ってますよ。トーマス卿の女嫌いは。けれども一方で、能力で人を判断することもできる人です。トーマス卿は全体的に、女性は男性よりも能力が劣っていると思っているようですが――けれども女性の中にはそうでもない人もいるでしょう? 聡明でよく働き、行動力があり、我々男性にとって大いに役に立ってくれる女性というのもいるものなのです」
「ええ、そうですね」
答えながらも、リチャードは少し面食らっていた。「役に立つ」という言い回しのせいかもしれなかった。それは最初に自分が使ったものではあるが、スペンサーの口から聞くと、何故だか、「役に立つ」女性というのは賢い牧羊犬のような、主人のため群れのために嬉々として走り回っているような、そんな存在に思えたのだった。
しかし戸惑いを感じているのはリチャードだけで、スペンサーは相変わらず朗らかで人が良さそうだった。そして、スペンサーはさらりと、リチャードを驚かすことを言った。
「ホーンさんとは、過去に会ったことがあるのです」
リチャードは思わず、スペンサーをまじまじと見た。
「知り合いだったのですか?」
「ホーンさんの父と知り合いだったんですよ。その方は5年ほど前に亡くなりましたが……。医師をしていて、化石や古代の生物たちに興味のある人だったのです。家に化石コレクションがあって、それを見せてもらいに何度かお邪魔したことがあります。その時にちらりとホーンさんも見たのですよ。あの時から美しい娘さんでしたが、さらに美しくなりましたね」
医師の娘だったのか。それならばそれなりの教育も受けているだろうと思われる。また、父が化石好きだったのなら、彼女の知識も父から教えられたものなのかもしれない。
「だから、彼女は化石に詳しいんですね」
リチャードの言葉にスペンサーは頷いた。
「そうでしょう。父親の薫陶を受け、といったところでしょうね。でも私は思うんですよ。ホーン医師はよい人でしたが、化石のコレクションにお金をつぎこみすぎました。家計はかなり苦しかったでしょうし、そのお金をもっと、ホーンさんのために、彼女の女性的な楽しみやたしなみのために使えなかったかと……」
リチャードはシャーロットの姿を探した。いつの間にかいなくなっている。「それでは、案内をしましょう」そう言って、スペンサーが歩き出した。リチャードは慌ててその後をついていった。
リチャードの脳裏に、少女時代のシャーロットが浮かび上がった。美しい娘。化石だらけの家に住む娘。でもどこか寂しそうな顔をしている――。
――――
空き地の中ほどに、丸い囲いがあり、その傍らに大きな滑車があった。囲いの側に立ち、スペンサーはリチャードに言った。
「この穴を降りて行って、地中の化石を掘り出すのです」
「これに乗って、ですか?」
リチャードは滑車につながれた籠状のものを指した。スペンサーが頷く。「そうですよ」
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