調査開始

 ならばもっと、確実なものを目指していただきたい、と思うのだが、パトリックは夢見がちなところがあるのでこちらの言うことをきちんと聞くとは思われない。リチャードはそっとため息をついた。先行きが思いやられる弟だ。先行き、というと――。


 リチャードは今度は弟ではなく、妹の顔を思い浮かべた。妹のコーデリアだ。こちらも将来が不安な娘であった。非常に内気な我が妹。社交界にデビューしたはいいが、そこで、上手く振舞うことができない。


 リチャードは自分も参加した舞踏会のことを思い出した。ダンスホールの壁際の椅子に、コーデリアがしょんぼりとした顔で座っていた。今にも泣きだしそうだ。コーデリアの側に近づいてくる男性は誰もいない。コーデリアの隣には、母が、困った顔つきで寄り添っていた。


 容姿はともかく、性格はさほど悪くない妹だと思うのだが、いかんせん、引っ込み思案すぎるのだ。これでは結婚相手が見つかるか、非常に不安だ。リチャードは、コーデリアがいつまで経っても屋敷にいて、まるで幽霊のようにさまよい歩いている姿を想像した。とても愉快とはいえない想像だったので、リチャードはすぐさまそれを頭の中から追い払った。


 しかし内気なのは考えようによってはいいところでもある。女性が表に出てくることを好まない、従順で大人しく、ただただ男性に黙って従うタイプの娘を好む男もいる。そういう男に巡り合うことができたらコーデリアも結婚できるのではないか――もっともそれがコーデリアにとって幸せなのか、リチャードにはよくわからなかった。ただ、このまま独身でいるよりはましだろう。


 リチャードは、コーデリアのお付きメイドが代わったことも思い出した。新しいメイドはとても地味な娘だった。ついさっきまで農家の台所でジャガイモの皮をむいていた娘、それをそのまま連れてきたかのようだった。あまりお付きメイドらしくない。けれどもこの娘のほうがコーデリアに合っているのだろう、とリチャードは思った。前のメイドのイザベラより。彼女は美しく、華やか過ぎた。


 現在のメイド――何という名前だったか思い出せない――を選んだのは母であろう。母は、コーデリアのよき話し相手になってくれることを、メイドに期待したのだ。実際二人は上手くやっているように思えた。ひょろりとして長身のコーデリアと、小さくて丸っこいメイドは、見た感じも釣りあいがとれているようで面白かった。


 知らぬ間に、少し微笑んでいた。リチャードの思考は、そこでコーデリアとそのメイドから離れて、シャーロットのことへと移っていった。あの美しい秘書……パトリックにはああ言ってみたものの、あの秘書が叔父に惚れているとはとても思えない。遺産を狙っているというほうがよっぽどあり得そうだ。


 本当に、あの秘書は何を考えているのだろう。彼女が叔父の妻となることはあるのだろうか。リチャードとしてはあまりそれは嬉しくなかった。素性のよろしくない人間では困る。そういった人間が身内になるのは歓迎できない。一体彼女は何者なのか――どういう経緯で叔父の秘書となったのか。興味が出てきたので、リチャードはその辺りの事情を探ってみることにした。




――――




 シャーロットの身辺調査の意味もあったが、発掘そのものにも興味はあった。リチャードはその日、発掘現場へと足を向けた。すでに叔父には報告してある。叔父の知り合いである二人の地質学者が来ており、彼らがいろいろ案内してくれるはずだった。


 坂道を登り、切り立った崖の側を歩いていく。人の声が聞こえ始め、次第にそれが大きくなっていった。木々の向こうに人々の動く姿が見えてくる。声はさらに大きくなり、活気が押し寄せてきた。


 広くなった箇所があり、そこで、叔父たちと合流した。叔父は二人の中年男性と一緒だ。これが先に言っていた二人の学者だろう。背が高く、朗らかな顔をした男性と、小太りで眼鏡をかけた男性。叔父はリチャードに二人を紹介した。やはり二人とも学者で、前者はスペンサー、後者はトンプソンという名前だった。スペンサーが明るくリチャードに挨拶し、トンプソンの方は内気なたちなのか、口の中でもごもごと挨拶をした。


「恐竜に興味がおありなのですか?」


 スペンサーがリチャードに尋ねた。今日、リチャードを案内してくるのは、彼になるらしい。トンプソンのほうは、どこかへ行ってしまった。リチャードは質問に答えた。


「ええ。ああ、でもそんなに詳しくはないのですが」

「この人はすごい人なのだぞ」


 横で、トーマスがリチャードに言った。この人、とは、スペンサーのことだ。


「新種の恐竜を発見したことがあるのだ」


 トーマスが言う。自分の手柄でもないのに偉そうであった。リチャードはそんな叔父に心の中でいささか苦笑しながら、スペンサーを驚きの目で見た。


「そうなのですか。それは素晴らしいですね」

「いえ、大したことないのです。たまたま、偶然見つけたまででして」


 スペンサーは照れて笑っている。人の好さそうな笑みだった。リチャードはこの人物に好感を抱いた。

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