3. 調査開始

麗しの君

「本当に綺麗な人だよね! ホーンさんという人は!」


 クロフォード家の長男リチャードは、夏期の長期休暇で自分の屋敷へと帰省していた。自室で寛いでいると、同じく帰省中の弟のパトリックがやってきた。しばらくは学校のことなどを話していたが、話題はやがて屋敷に滞在中のトーマス叔父のことになり、そしてパトリックはため息をつくように、そう言ったのだった。


 リチャードは苦笑した。叔父の美しい秘書なら彼も既に見ている。シャーロット・ホーンという女性だった。パトリックが絶賛するのも無理はない。彼女は非常に整った顔立ちの美女で……それだけでなく、どこか謎めいた魅力があった。そして、パトリックは、美しい女性にはとても弱いのだ。


 それにしてもあの叔父が若い美女だなんて! 女性嫌いで、今まで彼の側に女性がいた光景を、リチャードは知らない。女性について話すと言えばたいてい悪口なのだ。一体、これはどういうことなのだろう。あの秘書は、よほど上手いことを言って叔父に取り入り、叔父もその魅力に抗えなかったのか……。


「意外なことだったな。女性秘書とは」


 リチャードは思わず口にしていた。パトリックは真剣な顔をして兄を見た。


「兄さんもそう思ってるんだ」

「そりゃそうだろう。あの叔父から女性への高評価を聞いたことがあるか?」

「ないけど。……というか、なんだか使用人たちの間で噂になっててね」


 リチャードは少し眉をひそめた。パトリックはクロフォード家の使用人たちと仲が良い。悪いことではないが、いささか仲が良すぎる。子どもの頃は、身分の違いなど関係なく彼らと親しくしても許されるが、しかしもう子どもではない、少なくとも幼い子どもではないのだ。そろそろ分別をつけて、彼らに対する態度を変えるべきだとリチャードは思っていた。彼らと自分たちは違う人間で――それぞれに決められた身の振る舞いを、交流をするべきだった。


 けれども今はそんなことをくどくど言う気にはなれない。リチャードはパトリックのいう「噂」とやら気になった。


「なんなんだ? 噂とは」

「ホーンさんが、あまり良い人ではないって噂だよ。お金目当てで叔父に近づいた、って。そして叔父と結婚して、その遺産をもらうのだとか……」


 リチャードは再び苦笑した。自分が考えていたようなことを、使用人たちも考えていたのだ。それはそれほど意外なことでもなかった。あの叔父が女性を連れているとなれば何かあると思ってしまうし、それに相手は絶世の美人なのだ。


「でも、ホーンさんはそんな人じゃないと思うよ!」


 リチャードの苦笑に対して、パトリックはきっぱりと否定した。「不埒な理由で叔父さんに近づいたなんてことはないと思う」


「何故、そう思うんだ?」


 リチャードは念のため尋ねてみた。パトリックは顔を曇らせて、視線を逸らした。


「それは……特に理由はないけど、でも、そう思うというか……」


 リチャードにとっては予想通りの答えだった。パトリックはシャーロットの美貌にすっかり参っていて、冷静な判断ができないのだ。いや、普段からあまり冷静さのない弟ではあるが。リチャードは弟に、少しからかいの気持ちも手伝って、次のようなことを言った。


「ひょっとしたら、本当に叔父に惚れているのかもしれない。叔父のほうもそうで――二人は相思相愛なのかも」

「それはないよ!」


 たちまちパトリックが否定した。が、勢いは長くは続かなかった。「それはない……とは、思うけれど……」言葉を濁して、何やら考えこんでしまう。


「もしも、二人が惹かれあってるのならば……」パトリックは考えつつ、言った。「僕はそれを応援したい……うん、相思相愛の二人の仲に割って入ってはいけないんだ……」


「殊勝だな」

「殊勝というか、僕がそうしたいだけなんだよ。好きな人の幸せを喜ぶことができなくてはいけないよ。そして僕はそっと二人を見守ろう。森の中に凛と咲く一輪の花のように清々しくも美しい、ホーンさんのゆくてが光に溢れるなら僕はそれで――」

「どうしたんだ、急に」


 突然弟が酔ったようなことを言いだしたので、リチャードは驚いて聞いた。パトリックは大真面目な顔をして兄に言った。


「実は僕、詩を書いてるんだ。だからうっかり詩的な表現が出てしまったんだな。僕、将来は詩人になろうと思うんだ」

「そうか……」


 リチャードは思った。爵位に領地に屋敷にと様々なものを受け継ぐ自分と違って、パトリックは貴族の次男坊だ。ならばそれに相応しい職業についてほしい、と思うが、詩人というのはどうなのだろう。まあ、悪くはない――のか? 上流階級出の詩人がいないわけではない。けれども問題なのはその才能のほうだ。果たして、パトリックには詩の才能があるのだろうか。難しい顔をして、ぶつぶつと詩をひねり出してる弟を見て、リチャードは思った。どうやらなさそうである。

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