黒い石
コーデリアがふと、思い出したように言った。
「そういえば私、採石場の近くで謎の石を拾ったことがあるのよ。ちょうど今回の発見があった、その前後の頃」
「まあ。化石でしょうか?」
「違うと思うけど……。道端にぽつんと落ちてたから。ただの石だと思うわ。でも綺麗なの。周りの石を削ってもらってさらに見栄えよくなったわ。見たい?」
「ええ」
コーデリアが箪笥へと向かいその小さな引き出しから、ちっぽけなものを取り出してきた。
「これなの」
コーデリアの掌に、そのくぼみの真ん中に、その石は収まっていた。小さな、親指の爪ほどの大きさの黒い石だった。その黒は深く、どこまでも暗く、マチルダの心を惹きつけた。マチルダは何故かその石から目が離せなくなっていた。どこか言いようもない魅力が、一種のオーラというものが、その石から放たれているかのようだった。
「あげましょうか?」
突然、コーデリアは言った。マチルダはびっくりしてコーデリアを見つめた。コーデリア自身も自分の発言に驚いているようだった。
コーデリアは戸惑うように続けた。
「あの、わりと綺麗な石だし、あなたが熱心に見ているから、欲しいならどうぞ、と……」
「でも、珍しいものかもしれませんし」
「そんなことはないわ。ただの石だもの――って、そんなものをあげるのは逆に失礼よね。あ、えっと、その、例えば加工して、ブローチなどにしてあげましょう」
「いえ、いいんです! そんなことをなさらなくても!」
マチルダは慌てて否定した。コーデリアに無駄な出費をさせたくない。否定した後、マチルダは言い足した。
「このまま頂きます」
「でも……やっぱりただの石だし……」
「そんなことありませんわ。綺麗な石ですし、このまま持っておきたいんです」
「そうなの?」
コーデリアは戸惑い気味の顔ながらも、その石をマチルダに渡した。コーデリアの掌にあったからなのか、その石は不思議な温かみがあった。
コーデリアはいささか顔を赤くして、早口に言った。
「私、あなたに何かお礼がしたかったの。あなたは私によくしてくれるから……。でもそんな石ころなんてやっぱり失礼よね。今度は服かアクセサリーをあげるわ」
「いえいえ、本当にいいんです」
マチルダはぎゅっと石を握りしめた。コーデリアにつられてか、マチルダも幾分赤くなっていた。コーデリアが自分の働きに感謝してくれていたということが嬉しい。それだけで、その気持ちだけで、十分に報われるというものだ。
――――
その晩、マチルダは夢を見た。またシダとソテツの森の中にいたのだ。けれども今回は人間の姿のままだった。メイドらしくエプロンをつけて、周りの光景に圧倒されながら立っていたのだ。
そこに足音がした。マチルダは針葉樹の影からそっと音の方を見た。何か大きな生き物がいたのだ。あれは恐竜だわ。驚きながら、マチルダは思った。コーデリアの部屋で、彼女のスケッチブックの中に見た生き物だった。がっしりとした四肢に支えられた鱗のある身体。鈍重そうに、ゆっくりと動いている。その生き物の顔を見て、マチルダはさらに非常に驚いた。そこには、トーマス卿の顔があったのだ。
トーマス卿の顔をした、巨大な古代の生き物は、マチルダの方に視線を向けた。そしてその顔が少しずつ笑みの形となった。口角が上がっていく。友好的な微笑みではない。悪意と嘲りを感じる笑みだった。マチルダは動くことができず、その笑みを見つめていた。
どこからかトーマス卿の美しい秘書、シャーロットがやってきた。やってきた、というよりも、突然姿を現したのだ。トーマス卿のすぐ近くに。シャーロットは、そっとトーマス卿の首に腕を回した。
シャーロットもマチルダの方を見る。そしてこちらも笑みを、といってもトーマス卿のものとは違う、艶やかで、完璧というほどに美しい、しかし何を意味しているのか全くわからない、そんな謎めいた笑みを浮かべたのだった――。
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