理性なきもの
「そうよ。何か月か前――あなたがこっちに来る少し前だったと思うけど、領地にある採石場から化石が見つかったの。大昔の、巨大な生き物の骨らしいけど」
「まあ――。発掘に訪れるということはトーマス卿は学者さんか何かなのですか?」
「学者さんというか……というよりも、えーっと、物を集めるのが好きな方なの」
コーデリアは前にも同じことを言っていた。マチルダは言った。
「化石をコレクションなさってるんですね」
「そうなの。化石の他にもいろいろ。珍しい動物の剥製とか、外国の部族の仮面とか、古い武器とか、昆虫や植物の標本も」
トーマス卿のコレクションがどんなものなのか気になってきた。コーデリアはトーマス卿の家に行ったことがないと言っていたが、これから行く機会はあるのだろうか。その時は自分もお供できるだろうか。
「そういえば、図書室にもコレクションがありますね」
クロフォード邸の図書室に、葉を広げるシダの鉢植えの側に、陳列棚がありそこにいくつかの化石や鉱物や標本が飾られているのだ。マチルダはアンモナイトの化石があったことを思い出した。手のひらの程の大きさで、くすんだベージュ色をしてくるくると渦を巻いていた。その不思議で美しい姿を眺めながらマチルダが、「一体、どんな生き物だったのでしょう?」と尋ねると、コーデリアは考え考え言った。
「たぶん……えっと、何か大きな……かたつむりみたいなものだったんじゃないかと思うけど……」
アンモナイトについてはコーデリアも詳しくは知らないということがわかった。
コーデリアが言うにはこのコレクションは亡き祖父のものであるらしい。物を集めることが好き、という部分を、トーマス卿は父親から引き継いだそうだ。
マチルダの思考はアンモナイトの化石から現在、領地で掘り返されているであろう化石の事へと移っていった。マチルダはコーデリアに尋ねてみた。
「どんな恐竜の化石が見つかったんでしょう?」
「さあ、私はよくは知らないけど……」
コーデリアは首をひねっている。マチルダも正直に言った。
「私、恐竜には詳しくないんです」
大昔に住んでいた、何か大きなトカゲのようなもの、ということは知っている。けれどもそれ以上の知識はない。マチルダを見て、コーデリアは少し得意そうに言った。
「私は見たことあるわ。恐竜」
「えっ!」
マチルダが驚きの声を上げる。コーデリアは一体何を言っているのか。恐竜は大昔に姿を消した生き物ではなかったか。唖然としているマチルダに、コーデリアは慌てて言った。
「もちろん、本物ではないわ。シデナムの水晶宮に行ったときに、そこに実物大の模型があったの。それを見たのよ」
「ああ、模型ですか」
それなら納得である。マチルダはコーデリアに尋ねた。
「どんな姿をしていたのですか? ずいぶん、大きなものだと聞きますけど……」
「そうね。とても大きかったわ。私のスケッチがあるけど、見てみる?」
「はい」
その声に応えて、コーデリアが戸棚へと向かった。引き出しを開けてスケッチブックを取り出す。ページをめくり、それをマチルダの前へ差し出した。
「これよ」
「――なんだか……奇妙な生き物ですね」
がっしりとした逞しい身体つきの生き物が、そこには描かれていた。太い四つの脚がにょっきりと生え、その身をまっすぐに支えている。硬そうな鱗が全身を覆い、背中にはたてがみのようにとげが並んでいる。鼻の頭にはちょこんと小さな角。わずかに開いた口には尖った歯が並び、恐ろしそうではあるが、それと同時に鈍そうな生き物であった。
「こうして絵で見ると、なんだか間抜けそうにも見えるんだけど。でも大きくて迫力があったわ。制作途中にこの中で晩餐会を開いたんですって。ちょっと面白いわね。でも……不思議ね。こういうものが大昔はこの辺を歩いていたのよね――。なんだか信じられない……。そう、恐竜の絵は他にもあるのよ」
コーデリアは本棚から一冊の本を取り出した。ページをめくってそこに描かれた絵を見せてくれる。モノクロの絵だった。暗い空に死んだように弱々しい太陽がかかっている。荒れた大地、ごつごつとした岩。そこに二匹の恐竜がいる。彼らは絡み合い、噛みつきあって、戦っている。その側には悪魔のような羽を生やした生き物が座っている。さほど大きくないが、その顔からして恐らく恐竜の仲間なのだろうということがわかる。笑うように口を開け、小さく並んだ牙を見せ、何かを誇るように羽を広げている。恐竜たちは戦いに夢中だ。その目には理性というものがなく、どこか捉えどころのない光を放っている――。
「……恐ろしい光景ですね」
マチルダは言った。コーデリアのスケッチにはまだのどかな雰囲気があったが、こちらは怖い。何か地獄の光景のような、常識の埒外にあるような、あまり触れてはいけないような、ともかくそういった禍々しいものがあった。コーデリアも真面目な顔をしていた。
「そうね。でも恐竜はもういないの。こんな生き物はもうこの世にいないから、安心していいのよ」
現在発掘中の恐竜が、こんな怖いものでなければいいが、とマチルダは思った。
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