謎の美女

 ベルが鳴ったのだ。それはトーマス卿が滞在している部屋のベルだった。ジョンは憎々し気にベルを見つめた。


「ちょっと行ってきます。さっきも呼ばれたのに……今度は一体何があったというんだろう」


 ジョンが部屋から出ていった。フローレンスはマチルダを見て苦笑いをした。


「ジョンはあなたと一緒で初めてトーマス卿に会うの。だから辛いみたいね。ほんと、使用人たちはみんな辛い目に合わされるの。でも、トーマス卿はけちな方ではないわ。チップははずんでくれるし。人間探せば何かしら良いところはあるものね。けどそうは言っても――やっぱり苦手な人だわ」


 紳士のお世話をするのは主に従者や下男の役目だ。もしこれがレディであったら、マチルダも駆り出されいたかもしれない。そうならなくてよかった、と思い、と同時にジョンに申し訳なく思った。そんなことを考えていると、隣でフローレンスが口を開いた。


「それにしても――今回はいつもの滞在と違うのよ。ただならぬことが起こっているわ」

「ただならぬこと、ですか?」


 フローレンスが大真面目な顔をして重々しく頷く。ただならぬことは一体何が起こっているというのだろう。フローレンスはマチルダに身体を近づけた。


「あなたも見たでしょ? トーマス卿が連れてきた秘書」

「ええ、見ましたけど……」


 それは意外な人物だった。若い女性の秘書だったのだ。何となく、中年の男性の秘書は同じく男性がするものだと思っていた。そうでもないのかもしれないが、まずその点で、マチルダにとって意外だった。さらに目を惹くことに、その秘書はたいそう美しかったのだ。


 20代半ばほど。背の高さは中くらいだが、姿勢がいいのか、すらりとして見える。服装は暗い色で統一され、地味だった。けれども何故か人々を魅了する雰囲気があった。その顔はとても美しい。形の良い鼻に大きな目――その目の色は深い紫だった――唇は少し薄かったが品の良さを感じさせた。


 名前はシャーロット・ホーンというのだった。マチルダは遠目よりその秘書を見て、少しうっとりしてしまった。


「トーマス卿はね、女嫌いなの」


 声を低め、フローレンスは言った。さらに続けて、


「今までずっと独身だったのも、女嫌いだったからというわ。自分の近くに女性を寄せ付けなかったの。それなのに……どういうことだと思う?」

「どういうこと、とは」

「あんな若い美女を秘書にするなんて! どうも怪しいわよね?」

「そうなんですか?」

「そうよ! 私が読んでる本の中ではしばしば起こることよ。年をとった大金持ちにお金目当てですり寄ってくる美女がいるのよ……」


 フローレンスの顔は真剣だった。マチルダは、ハウスキーパーのバケット夫人が、フローレンスはよいメイドだけど、変な本を読みすぎるのが玉に瑕だと言っていたことを思い出した。


 フローレンスは大いに真面目に続けるのだった。


「そういう美女はね、毒などでもって相手を殺し、その遺産をわが物とする……葬儀の時にはうんと泣くのよ。悲劇のヒロインみたいにね。でもその裏ではとても恐ろしいことをやっているの」

「ホーンさんはそんな方なのでしょうか……」

「いえ――知らないけど」フローレンスはいささかばつの悪い表情になった。「……まあこれは私の勝手な妄想だから。確かにこんな風に憶測を巡らせるのは、彼女に悪いわね」


 フローレンスの言うことを、マチルダは信じたわけではなかった。けれども他の使用人たちとも話してみると、彼らもシャーロットに対してうさんくさい思いを抱いていることがわかった。トーマス卿の性格を考えると、女の秘書などあり得ない、と言うのだった。そしてシャーロットが一体どんな手管を使ってトーマス卿に近づいたのか、それを知りたいと言うのであった。


 マチルダとしてはコーデリアの意見も聞いてみたくなった。けれどもこんな話をコーデリアにするわけにはいかない。そこで一緒に部屋にいるときに、もっと穏当なことをコーデリアに尋ねてみた。


「トーマス卿はなんの用事でこちらに来られたのでしょう」


 実はまだ、マチルダはこの滞在の目的を知らなかったのだった。マチルダと一緒に自室の本棚の整理をしていたコーデリアは手を止め、言った。


「化石の発掘に来られたのよ」

「化石ですって!?」


 マチルダは驚いた。「この辺に化石がでるんですか?」

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