2. 理性なきもの

歓迎されぬ客

 その日、使用人たちを集めて、執事のブラウン氏から報告があった。トーマス卿が屋敷に訪れるというのだ。しばらく滞在するらしい。使用人ホールはたちまち不満でいっぱいになった。


 どういうことなのか、新入りのマチルダにはよくわからない。側にいるフローレンスにそっと尋ねてみた。


「あの、トーマス卿というのは……?」

「領主様の弟よ」

「なんでみんなこんなに嫌がっているんでしょう?」

「それは、会えば分かるわよ」


 フローレンスもしかめっ面だった。全くちっとも歓迎されていない(少なくとも使用人たちには)客だということは、はっきりしているようだった。


 コーデリアの元へ行き、さりげなくトーマス卿について尋ねてみる。トーマス卿が来ることを、コーデリアも既に知っていた。「お父様の弟なの」と、コーデリアは簡単に言い、そしてなんとなく浮かない顔で黙った。


「どういう方なんでしょう?」


 マチルダがさらに訊く。コーデリアは迷いつつ、口を開いた。


「あの、悪い方ではない……わよ」


 変な言い方だった。マチルダとしては気になってしまう。マチルダの微妙な表情に気付いたのか、コーデリアは取り繕うように言い足した。


「いつもはロンドンに住んでらっしゃるの。独身で、あの……ユニークな方ね。えっと、個性的、とでもいうのかしら。いろんなものを集めるのが好きなの。ロンドンのおうちには珍しいものがたくさんあるって話だわ。私は行ったことがないのだけど」


 コーデリアは早口で、どうも何かを隠しているような感じがある。しかし追及したところで、それが明らかにされるとは思えない。マチルダは諦めて、話題を別のものに変えた。


 数日後。クロフォードの屋敷に、そのトーマス卿がやってきたのだった。




――――




 思っていたより小柄な人だわ。マチルダはトーマス卿を見て、まずそう思った。けれども身長の割には、妙な迫力がある人だった。


 屋敷の玄関から入ってきて、そこにいた執事や下男たちが彼を迎えた。マチルダは物陰からそっとそれを見ている。トーマス卿は機嫌の悪そうな顔をしていた。一番印象的なのはその目だ。大きくてぎょろぎょろとしている。はっきりとした意志を感じる目で、トーマス卿は使用人たちを眺めまわした。年の頃は50ほど、広い額と丸い顔をしている。目と同じく大き目の口はぎゅっと結ばれていた。


 一通りぐるりと周囲を見た後、トーマス卿はその大きな口を開けた。


「私がここに来るのは初めてではない。何をすべきかわかっているだろう? さっさと仕事に取り掛かるんだ」


 有無を言わせぬ命令口調だった。たちまち執事や下男たちが動き出す。荷物を運び、部屋へと案内する。マチルダは素早く自分の仕事場へと戻って行った。


 会えば分かる、というフローレンスの言葉は思い出す。そして、使用人たちがみな不満な顔をしたのも。どうやら、威張りやで厳しくて、あまり使用人思いの人ではなさそうだ。仕えるには苦労しそうだと、マチルダは思った。




――――




 翌日、使用人ホールで、フローレンスが下男のジョンに捕まっていた。ジョンが何やら彼女に訴えている。マチルダが近づいてみると、どうやら愚痴をこぼしているらしいことが分かった。美しく、さっぱりとした気性のフローレンスは使用人たちから人気があった。


「本当に、ひどいもんですよ、トーマス卿は」


 昨日やってきた客人のことを話しているのだった。ジョンは口を曲げて、不満を露わにする。


「人使いは荒いし、言葉は乱暴だし、それに向こうが言葉にしなくてもこちらは彼の望む通りに動くと思ってるんです」ジョンは言う。「でもそんなことできるわけないでしょ。それなのに、察しが悪いなどと怒鳴りつけ、それでこちらから先に動こうとすると、何故余計なことをすると怒られ……」


 ジョンは助けを求めるようにフローレンスを見た。


「一体どうすればいいっていうんです」

「悪いわね、でもトーマス卿のお世話は交代でやることになってるから……。明日は別の人がやるわ」

「でもまた僕の順番が回ってくるでしょう?」

「そうだけど――申し訳ないけど、でも、トーマス卿はずっとここにいるわけじゃないから」

「そうですよね……あなたを責めても仕方がない」

 ジョンは肩を落とした。「でもせめて、ご自分の従者なりを連れてらっしゃれば……――ああ、また呼び出しだ!」

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