コーデリアの好きなもの
「いえ……元気がないというわけでは……」
「姉さんと何かあったの?」
「……」
鋭い。マチルダがコーデリアのお付きメイドなので、そう思うのは当然かもしれないが。マチルダは首を振った。
「いえ、そういうわけでは……。コーデリア様はよい方ですし……」
「じゃあなんで浮かない顔なの?」
「えっと……」
マチルダは思わず視線を落とした。パトリックはのどかな表情で、詰問している様子ではない。ただ、マチルダがしょげている理由が気になっているだけのようだった。
「……あの、コーデリア様のお洋服の好みがよくわからず……」
無邪気なパトリックに負けて、ついぽろっと言ってしまった。パトリックは笑いだした。
「何それ」
「いえ、あの、何でもないんです」
慌てて否定するが、パトリックは面白そうな顔でマチルダを見てくる。
「わかった。姉さんがいつも流行遅れの恰好をしているのが気になるんだね。母さんもそのことについてこぼしているよ。もうちょっと身なりに関心を持ってくれればいいのに、って」
「あの、そういうことでは……」
パトリックが言う、まさにそのことがマチルダを悩ませていたのだが、それを肯定するとなんだかコーデリアの悪口を言うみたいになってしまう。マチルダは首とともに両手も振ったが、パトリックはそれを気に留めなかった。
「僕も、綺麗に変身した姉さんを見たいと思うことはあるよ。でもこればっかりはなかなか難しいよね。でも姉さんもそんなにお洒落に興味がないわじゃないと思うんだ。美しいものは好きだし。知ってる? 姉さんはとても絵が上手いんだよ」
「そうなんですか?」
それは初耳だった。パトリックは頷いて続けた。
「姉さんの絵を見たことない? だったら、今度見せてもらうといいよ! この辺の花だとか鳥やウサギなんかの絵を描いて――すごく綺麗なんだ!」
パトリックがにこにことそう言うので、俄然、興味が出てきた。そして思った。コーデリアはまるで自分は何も取り柄がない人間のように言うけれど、取り柄はあるではないか。絵が上手いという取り柄が。
マチルダが明るい顔になったことに気付いたのか、パトリックは嬉しそうな表情になった。
後日。マチルダは機会を探っていた。コーデリアの身支度を整えながら、いつ絵の話を切り出そうかと。天気の良い日で、マチルダは窓の外を眺めながら、いささか白々しく言った。
「良いお天気ですねえ! こういう日はピクニックにでも行くと楽しいでしょうね。昼食を持って、芝生の上に座って、そう――例えば、写生などをして楽しんで――」
「それはいいわね」
コーデリアが窓の外に視線を移して続けた。
「外でスケッチするの、私、好きなの」
「絵を描かれるんですか?」
今聞いた、とばかりに、マチルダが尋ねる。コーデリアは少し顔を赤らめた。
「多少、ね。でも上手くないけど」
「拝見したいです」
「うん……そうね。でも上手くないのよ」
コーデリアは重ねて言った。「でも……見たいというなら、見せてもいいけど……」
身支度が整い、コーデリアは寝室の隣の、以前は勉強部屋として使い、現在はコーデリアの居間として使っている部屋へ向かった。マチルダも付いていく。コーデリアは引き出しからスケッチブックをいくつか取り出した。
「これがそうなの」
マチルダは驚いた。想像していたよりもずっと上手だったからだ。繊細なタッチで、植物の絵が描かれている。細かいが過剰ではない線、対象を的確に捉える力。淡い黄色の花弁の花が、すっと首を伸ばした姿で、スケッチブックの中央に存在感を放っている。その隣には、さらに細かく、葉やめしべが描かれていた。マチルダはページをめくった。植物が多いが、動物もある。うずくまったウサギ、木の枝にとまってわずかに前身を傾けている小鳥……。マチルダは次から次へと現れる世界に見惚れた。
「とてもお上手じゃないですか!」
お世辞ではなく、心からそう言っていた。コーデリアは顔を赤くしている。
「そんなことない……」
「いえ、そんなことありますよ! もっと自信を持ってください!」
コーデリアはやたらと自分を卑下したがる。けれども堂々と胸を張れるものがここにあったのだ。力のこもったマチルダの言葉に、コーデリアはぎこちなく笑顔になった。
「う、うん……。実はね、私もほんとは……少しは、そんなに下手じゃないかな? って思ってるの。絵の先生にも褒められるし……」
「下手じゃありませんよ!」
マチルダはきっぱりと言う。コーデリアがさらに笑顔になった。
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