兄と弟

 フローレンスがきらきらとした目で二人の話をするのもむべなるかな、と思った。コーデリアより二つ年上のリチャードと、三つ下のパトリック。二人とも確かに人目を惹く容姿をしていた。


 リチャードは美しい。端正な顔立ちは非のうちどころなく整っている。しかしその分、どこか近寄りがたく感じた。あまり笑わないせいかもしれない。薄い青い目が、ちらりとコーデリアを見て、あまり興味がなさそうに逸らされた。しかし、マチルダに対してあからさまに冷たい仕打ちをするわけでもない。仕えている家の坊ちゃまにあまり関心をもたれても困るので、まあこれはこれでいいかなとマチルダは思うのだった。


 一方、パトリックは美しいというよりかわいらしい顔立ちをしていた。しかも兄よりずっと人懐っこい。笑顔でマチルダに声をかけてきた。はちみつ色の髪に、兄よりも濃い、晴れた空のような目をしている。


「姉さんは少しとっつきにくいところがあるかもしれないけど」パトリックは言った。「でもいい姉さんなんだよ。打ち解ければ上手くやれると思うよ」


 パトリックの優しい言葉に、マチルダも笑顔を返した。素敵なごきょうだいでよかった……と思ったのだが、ふと、コーデリアがやたらと自分を卑下しがちなのは、ひょっとするとこの二人の影響もあるのではないかと思った。


 二人がコーデリアに何か意地悪なことをしている、というわけではない。ただ、二人ともやたら綺麗だしかわいらしい。そんな二人と常日頃接していて、それにひきかえ自分は……とコーデリアが思ってしまったのではないかと、マチルダはそんなことを考えたのだった。




――――




 その日、コーデリアの身づくろいを手伝いながら、流行りのファッションの話になった。マチルダは昨日、奥様の新しいドレスを作りに行ったフローレンスから、様々な話を聞いていたのだ。現在のロンドンでの流行のこと、さらにパリでの傾向。フローレンスはファッションプレートを持っていて、それを一緒に見せてもらった。ため息の出るような華麗な世界がそこに広がっていた。


 マチルダは高揚した気持ちになっていて、コーデリアにもそのことを話したのだった。そして、コーデリアにも新しいドレスを作ることを勧めた。何しろコーデリアのドレスはどれも古いものばかりなのだ。


「結構よ。私はドレスなんていらないわ」マチルダの提案にコーデリアはすぐに否定の言葉を口にした。「すでにいっぱい持っているでしょう? 着るものがないというならともかく……これ以上はいらないの」


「でも……ちょっと古いタイプのものですし」

「着れるでしょう?」

「着られますけど……」


 マチルダとしては歯がゆい。服は着れればいいというものではない。マチルダの家は貧しかったので、着れるだけでも確かに御の字だったが、コーデリアはそうではない。貴族の令嬢なら、それに相応しい恰好をしてもらいたい、と思うのだった。


 いや、それはこちらの勝手な押し付けかもしれないけど……。でもコーデリアは自分は醜くて綺麗なドレスは似合わないと思っている。それがなんだか歯がゆい。


「他のご令嬢は……」


 多分、他とお嬢様たちと比較されるのは、コーデリアは嫌だろうなと思う。けれどもつい口に出してしまった。マチルダはコーデリアの方を気にしつつ、続ける。


「他のご令嬢は、流行のドレスをたくさん持っていらっしゃるでしょうし、それを来て社交界にでかけて、他の紳士方やレディたちと仲良く楽しくやってらっしゃるでしょう。お嬢様ももっとこう、そのように人生を楽しまれたほうが……」

「私はこれでいいのよ」


 低い、悲し気な声がした。鏡に映る自分から目を逸らし、コーデリアは顔をしかめて言った。


「どうしてごちゃごちゃ言うの。私はこれで十分に満足してるの。あなたは私のメイドなのだから、私の言うことを黙って聞いていればいいの」


 マチルダは反論しようとして、けれども口を閉じた。黙って言うことを聞いていろ、と言ったのだ。それがこちらへの命令であるならば、それに従おうとは思う。マチルダの心にいらいらとした怒りの炎があって、そのためそれ以降、ほとんど口を聞かず、自分の仕事に徹した。


 少し大人げなかったかな、とコーデリアの部屋を出て思う。とはいえ、もう少しコーデリアに明るくなって欲しいし、自信を持って欲しい。マチルダはふらふらと屋敷の外に出た。テラスの階段に腰掛け、初夏の空の下に広がる青い芝生を眺める。部屋に戻ってやらなければならない仕事があるけれど、あまりやる気が出ない。こんなところ、ハウスキーパーに見つからなければいいけど、と思う。


 ぼんやりしてると、背後で声がした。びっくりしてマチルダは振り返った。視線の先にいたのは、休暇で家に帰ってきているパトリックだった。マチルダに声をかけたところなのだ。さぼっているところを見られてしまい、マチルダはたちまち赤くなった。


 つい言い訳の言葉を探していると、パトリックの方が先に口を開いた。


「どうしたの。なんだか元気がないようだけど」

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