レディは悲観的

「リチャード様はそれは素敵な人よ! とてもハンサムなの。綺麗すぎて近寄りがたい感じよ。それにとても真面目な方でもあるわね。今は家を離れて大学に通ってらっしゃるの。パトリック様はまだ15歳で可愛らしい方ね。奥様に似てらして笑顔が愛らしくて、それにとても人懐っこい方でもあるの。みんな、パトリック様が好きになるわ」


 フローレンスの笑顔を見て、マチルダも二人に興味が出てきた。


 不安はあったものの、しかし悪くはない務め先のようだ。マチルダは安心し、そしてやる気も出てきて、明るい気持ちで部屋の片づけに取り組んだのだった。


 けれどもしかし。マチルダの高揚感もそんなに長くは続かなかった。確かに、このお屋敷は、クロフォード家の人びと(およびその使用人たち)は、悪い人ではない……のだけれど。


 フローレンスの言う「コーデリアお嬢様はそれは内気な人」はまさにその通りだった。内気すぎる。さらにいうと、悲観的過ぎる。


 お付きメイドの仕事はレディの身の回りの世話をすること。それには身づくろいを整えるという仕事も含まれる。マチルダは、自分が令嬢を美しく着飾らせる姿を想像した。自分はそんなにセンスがいい方とは思わないけれど、でもお仕えるする方を、上品で可憐で、人の目を引く麗しき存在にしてさしあげることもできるかも、しれない。そんなことを想像していたのだ。


 けれども実際は違った。コーデリアはお洒落には興味はない。むしろそれを嫌っているかのようだった。コーデリアは言うのだった。


「私は何を着てもダメなのよ」沈鬱な様子はコーデリアは言うのだった。「私は不細工だから何を着ても似合わないの。着飾っても無駄なの。ううん、着飾れば着飾るほど滑稽になるの」


 確かにコーデリアは絶世の美女ではない……が、どうしてそこまで悲観するのか、マチルダにはわからない。タイプは違うといえど、マチルダとコーデリアでは美醜の程度は同じくらいだ。マチルダも鏡を見ながら、もう少し目がぱっちりしていたらなあ、とか、もうちょっと鼻が高ければなあ、とか思うけれど、お洒落は好きだし、美人ではないとしても自分の容姿はそれなりに気に入っている。


 そんなわけで、コーデリアは装飾を拒否し、流行を拒否し、地味で決まり切った格好ばかりしている。マチルダとしてはつい、フローレンスにこぼしてしまうのだった。


「お洒落が嫌いなのはまあ別によいんですけど」マチルダはフローレンスにため息交じりに言った。「そういう方もいらっしゃるでしょう。でも、コーデリア様はなんていうか、あまりにもいろんなことを諦めてらっしゃって……」


 そう、コーデリアが綺麗な恰好を嫌うのは、自分が醜く、そんな恰好似合わないと頑なに信じているからだった。それはなんだか悲しいではないかとマチルダは思うのだった。コーデリアは他にもいろんなことを諦めている。


 例えば人との付き合いだ。コーデリアは社交界にデビューしたばかりだが、そこでの楽しみを既にすっかり諦めている。私は人付き合いが上手くないから、とコーデリアは言うのだった。


「私は人と上手く喋れないし、魅力もないし、容姿はこんなだし、取り柄が何もないの。そんな女性と親しくしたいと思う人がどこにいるの? いいのよ私は一生このままで。一生このまま、誰にも顧みられることなく、世界の片隅でひっそりと……いえ、むしろ多くの人の邪慳に扱われ嘲笑されながら、ただただ無意味な日々を送るの……」


 まだ18歳だというのに、コーデリアの中で彼女の人生はすっかり固定されてしまっているようだった。暗い、惨めで何も喜びもない、そういう人生を送るのだと、コーデリアはがんとして信じ込んでいるのだった。


 これではイザベラも嫌になってしまうわけだわ、とマチルダは思った。自分自身も華やかなタイプではないから、コーデリアお嬢様と上手くやれるかもしれない――そう思っていたが、コーデリアはなんだか自信がなくなってきた。


「そうなのよ。コーデリアお嬢様の困るところはそこよね」


 マチルダの愚痴に、フローレンスが同意する。


「お優しい方ではいらっしゃる……のだけど、周りを鬱々とさせるあの力は一体何なのかしらね。――そうよ、あなたが変えればいいのだわ」

「変える、ですか」


 唐突に何を言うのだろうと、マチルダはフローレンスを見た。


「そうよ。あなたがお嬢様をもっと明るい、素敵なレディに変えてしまうの」


 それは荷が重いなあ……とマチルダは思った。そんなことができるとは思えない。フローレンスは軽く言ってくれるけど。マチルダは困り、またそっとため息をついた。


 コーデリアはそんな具合だったが、他のクロフォード家の人びとに関しては特に文句はなかった。奥様はお優しいし、旦那様もうるさいことは何もおっしゃらない。そしてフローレンスが素敵だと言っていた、他のきょうだいにも会ったのだ。

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