お付きメイド

 その後ろに、長身の、痩せた娘が立っていた。この人がこれから私が仕えることになるクロフォード家のお嬢様なのだろう、とマチルダは思った。果たしてそうだった。夫人に促されて、娘が前に出てくる。


 おどおどと怯えた表情をした若い娘だった。痩せすぎというほどに痩せているので、ひょろひょろ

として見える。どこか落ち着かない態度で、なんだかずいぶんと頼りなくも見えた。コーデリア・クロフォード。クロフォード家の三きょうだいの真ん中で、唯一の女の子だ。18歳になるという話だった。


 マチルダはコーデリアを見た。自分より二つ年上の女性。お嬢様が意地悪で鼻もちならない人だったらどうしよう、と思っていたのだ。けれどもコーデリアは意地悪そうには見えない。それはよかった。ただどういうわけか非常に自信なさげで……すごく内気な人なんだろう、とマチルダは思った。


「どうかこれから、うちの娘をよろしくお願いしますわね」


 クロフォード夫人に上品に頼まれてしまった。お付きメイドはみな雇い主にこのように言われるのだろうか、と思ったが、メイドとして働くのがこれが初めてであるマチルダには判断できなかった。コーデリアが続けて、小さな声で言った。


「ど、どうぞ……よろしくね」


 少し低い、けれどもしっとりした良い声だと思った。どうせならそんなにぼそぼそと喋らなければよいのだけれど。自信を持って堂々と話せばもっと魅力的に聞こえるだろうに。マチルダは思ったが、もちろん、そんなことは口には出さない。


 こうしてマチルダのメイド生活が始まったのだった。




――――




「コーデリアお嬢様はね、それは内気な方だから」


 屋敷のあれこれをマチルダに説明するために、フローレンスというメイドの娘がやってきた。クロフォード夫人のお付きメイドであるらしい。年は20代半ばほどで、すらりとして美しい娘だった。


 マチルダにあてがわれたのは屋根裏の小さな部屋。いささかうらびれたちょっぴり暗い部屋ではあるけれど……マチルダは自分一人の部屋を持てたのが嬉しかった。荷物の片づけをフローレンスが手伝ってくれる。


 それと同時にこれからの仕事のことやクロフォード家のことも話してくれる。まず、マチルダが深く関わることになる、コーデリアの話になった。「内気な方」とフローレンスは言ったが、それにマチルダは納得する。さっき初めて会ったけれど、確かに表情にも態度にもそれが出ていた。


「社交界に出てもあんな感じで、クロフォード夫人は苦労されているみたい……あら、悪口みたいになっちゃったかしら」


 フローレンスが少し顔をしかめた。フローレンスは威勢がよく、きっぱりとものを言うタイプらしい。


「ともかく」自分の発言を長く気に留める様子はなく、フローレンスは続けた。「まあ終始おどおどされている方なの。その辺、よくわかって、気をつけてさしあげてね」


「はい」


 マチルダは頷く。しかし、「気をつける」といっても、何をどうすればいいのだろう。考えていると、フローレンスの声が聞こえた。


「前のメイドは……イザベラは、あまり上手くいかなかったから」

「どういうことですか?」


 前のメイド、ということは、コーデリアの以前のお付きメイドだろう。フローレンスは少し戸惑っているようだ。どう話すべきか、迷っているのだろう。その内、心が定まったのか、口を開いた。


「イザベラは明るく華やかな子だったの。だからそれと全く性格の違うお嬢様とは上手くいかなかったのね。しょっちゅう、お嬢様の悲観的な煮え切らない性格を愚痴っていたわ。それで、二人の仲がぎくしゃくして、イザベラは辞めてしまって……」

「まあ、そんなことが」

「そう。でも、それだけじゃなくて……――」


 フローレンスが言いよどんだ。前よりも強く、何かを迷っている。マチルダは待った。何を言おうとしているのだろう。しかし、フローレンスはその先を語らなかった。


「――まあ、つまりはそういうわけでね。イザベラは屋敷を離れたのね」


 強引に話がまとめられてしまった。マチルダとしては大いに気になる。フローレンスが何を言おうとしていたのか。けれどもフローレンスはこの話を続ける気はないらしい。「それはさておき」と、フローレンスは言った。「でもともかく、コーデリアお嬢様は心優しい方よ。そんなに気負わなくても大丈夫」


「はい」


 確かに、コーデリアとは先程少し会っただけではあるが、性格は悪くなさそうではあった。ただちょっぴり内向的すぎる――のが珠に傷であるらしいが、マチルダ自身もそんなに華やかなタイプではない。ならばそれはそれで気が合うのではないかしら、と思った。少し自信が湧いてきた。


「それでね、クロフォード家はお嬢様と奥様と旦那様。それから、コーデリア様の兄であるリチャード様と、弟であるパトリック様がいらっしゃるの」


 フローレンスの話は続く。クロフォード家の他のきょうだいの話になると、フローレンスの顔が明るくなった。

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