第3話
私の名は左近。相棒の右遠とともに主に仕える式神である。今日も今日とて仕事に出かけた主の代わりに掃除洗濯家事育児に精を出している。今は夕刻、私が洗濯物をたたんでいると、玄関のチャイムが鳴った。
「今日もか……」
私は半ばうんざりしながら玄関のドアを開けた。そこには、二人の異人が立っていた。
「こんにちは、サコン。今日こそ君のYESの返事をもらいに来たよ!」
目の前の金髪碧眼の少年が言う。隣の背の高い女性が何も言わずこちらに一礼した。
「何度来ても同じだジョルジオ。私は主を変えるつもりはない」
「まぁまぁ、そう言わず。今日はこんなものを持ってきたよ。メガロ!」
ジョルジオ少年にメガロと呼ばれた女性が手に持っていた紙袋をこちらに差し出した。
「おぉ、これはどうも……」
紙袋を受け取り、中を確認する。
「こ、これは……!」
そこには日本刀の手入れに使う道具が一式入っていた。一目見ただけでそのどれもが一級品だと分かる。少年が得意げに胸を張って言った。
「どうだいサコン?僕の元に来ればいつだって君の好きな時にそれと同等の道具で手入れしてあげるよ?」
こいつ……ッ。異人のくせにまさかこんな代物を寄こすとは。だが、
「こんなものをいくら持ってきても無駄だ。私の気持ちは変わらない」
「そんなこと言ってー、本当は気持ちが揺れてるんじゃないのかい?ほら、考えてもみてごらんよ。今の主より僕の方が君を上手く使えると思わないかい?僕だったら、君の望む使い方ができると思うんだけどなー」
それに、とジョルジオは続ける。
「このメガロと君、サコンがいてくれれば、僕はきっと次のアルミラ家の当主になれる。お互いにメリットのある話じゃないか」
「断る」
私はそう短く言ってドアを閉めようとした。しかしメガロがドアを掴んでそれを阻んだ。
「サコン、マスターのお話は終わりましたが、私からも一つ」
「メガロ、僕の話はまだ終わってないんだけどね?」
ジョルジオの抗議を素知らぬ顔で無視し、メガロが言う。
「サコン、この家にみりんは、ある?」
「台所にあったはずだが?」
「本日のディナーに使いたいので、貸してほしい」
「メガロ!?まさか、また買い忘れたのか!?あれほど買い物に行く時は何を買うかリストを作れと言っているのに!」
驚いた顔をしてジョルジオが叱責するが、メガロは意に介していない様子で、
「みりんを、貸してほしい」
と繰り返した。
「分かった。今持ってくるからちょっと待ってろ」
私がそう言うと、やっとメガロが玄関のドアから手を離した。大きな音を立てながらドアが閉まる。
「あ!サコン!私の元に来ないのならその紙袋を返せ!」
ドアの向こうからジョルジオの声が聞こえたが、無視して台所に向かう。そしてみりんを手に玄関に戻った。
「これでいいか」
「ありがとう、サコン。これでマスターは今晩は飢えずにすむ」
「え、何?みりんってそんなに重要なファクターだったの?」
「当然でしょう、マスター。みりんなくして日本料理は成り立ちません」
そこまでではないと思うが、口に出すのも面倒なので放っておく。
「サコン、先ほどの手入れ道具はみりんのお礼なので、遠慮なくもらってほしい」
「違うぞメガロ。これはサコンを僕の元に……」
「ではごきげんよう」
ジョルジオの言葉を遮り、メガロは玄関のドアを閉めた。二人の声が遠ざかっていく。やっと帰ってくれた。それにしても、手入れ道具とは良いものをもらった。今の時代、我が刀身の手入れも疎かになっていたのでちょうどよかった。
「さこん、ただいまー」
「戻ったよ、左近」
ちょうど徹と右遠が帰ってきた。
「さっきお隣さんとすれ違ったけど、また来てたの?」
右遠が私に問う。
「そうだ。みりんを借りに来た。あとこれをくれた」
右遠に紙袋の中を見せる。
「へぇ、日本刀の手入れ道具か。ちょどよかったじゃないか。あとでこれ使って君の手入れしてあげるよ」
「あぁ、たのむ」
「でも、その前に晩ごはんの支度するよ」
「うえん、今日のごはんなにー?」
「今日は焼き魚ですよ、徹」
そんな風にやりとりする徹と右遠を見ながら、私はまだたたみ終わってない洗濯物のことを思い出して二人に続いた。
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