第2話

 私の名前は左近。いわゆる式神である。相棒の右遠とともに主に仕えている。そんな私は今、式神としての責務を果たすために、


幼稚園へ向かっていた。


 本来ならばこういう仕事は右遠の担当なのだが、主から急用を頼まれたとかで今日は私が主の甥、徹を迎えに行くことになった。


 幼稚園は主のマンションから徒歩で20分程度の場所にある。門を通り、敷地内に入って徹の姿を探す。どうやら屋内にいるようだ。私は園庭を突っ切って建物の方に向かおうとしたのだが、そこで一人の女性に呼び止められた。水色のエプロンを着けている。この園の関係者か。

「すいません、保護者の方ですか?」

「はい、そうです。桐原徹を迎えに来ました」

「何か身分を証明できるものは持ってますか?」

 妙なことを聞かれる。そもそも私たち式神に身分などない。

「いや。持っていませんが」

 私の返答にその女性は困ったような表情をしてから、

「失礼ですが、本当に徹くんの保護者ですか?」

 とまたもや確認してきた。

 私はなんだか雲行きが怪しくなってきたのを感じながら、そこで気付いた。この女性だけでなく、周囲の視線がこちらに集まっている。特に大人たちは明らかに警戒している。

「徹くんのお迎えは、いつも違う方が来てるんですが……」

 そこで合点がいった。私は今疑われているのだ、と。徹の送り迎えは普段右遠の担当だ。それを彼女たちは当然知っている。だから、突然現れた面識のない私に疑いの目を向けているというわけだろう。

「お名前を伺ってもいいですか?あと、徹くんのおうちに連絡して確認したいんですが、よろしいですか?」

「はい、問題ありません。私の名は左近です」

「では、しばらくお待ちください」

 そう言って、エプロンの女性はその場を離れた。

 さて、どうしたものか。思案しつつ周囲を見渡す。園児も保護者も、遠巻きに私を見ていた。ひそひそと何か話している者たちもいる。なんとも居心地が悪い。

 と、そこに一人の女の子が近付いてきた。

「おじさんだぁれ?」

 周りの大人が息をのむのが分かった。

「私は左近だ。徹を迎えに来た」

「とおるくんのお父さん?」

「いや、父親ではないが……」

 何と説明したらいいのか。こんな時、右遠なら上手く言って切り抜けるのだろうが、あいにく私はあまり話すのが得意な方ではない。

「ふーん。とおるくん、呼んでこよっか?」

「おぉ!頼めるか!」

「うん。待っててねおじさん」

 女の子はそう言い残して駆けていった。これは、渡りに船というやつではなかろうか。

 程なくして、徹が姿を見せた。後ろには先ほどのエプロンの女性と女の子もいる。

「さこん!うえんはどうしたの?」

 私を見つけるなり徹はこちらに走り寄ってきた。

「右遠は用事があるので、今日は私が迎えに来た」

 私たちが話している様子をみたことで、疑いも晴れたらしい。エプロンの女性が頭を下げながら、

「すいません。今徹くんの伯父さんに確認が取れました。右遠さんと同じ同居人の方だったんですね」

 と詫びた。私がほっと胸をなでおろしていると、徹の隣に来ていた女の子が、

「おじさんとうえんおじさんはどういう関係なの?」

 と尋ねてきた。

「右遠は私の相棒だ」

「あいぼう?」

 首をかしげる女の子に徹が、

「あいぼうっていうのは、パートナーのことだよ、えりかちゃん」

 とフォローしてくれた。その言葉を聞いた周囲の女性の目が一瞬輝いたように見えた。目の前のエプロンの女性も、口元が笑いをこらえているようだ。いったいどうしたというのか。まぁ、いいか。

「さぁ、帰るぞ徹」

「うん!今日のごはん当番は?」

「今日は右遠だ。あいつも今頃頑張ってるはずだ」

 話をしながら、私と徹は幼稚園を後にした。


 これは完全な余談だが、この日以降その幼稚園において、徹が同性カップルと同居しているという噂がまことしやかに囁かれるようになったそうで……。

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