式神の現代ライフ

石野二番

第1話

 私は式神と呼ばれるものである。名は左近。相棒である右遠とともに主に仕え、主を護り、主のために闘う存在だ。そんな私は今、とある戦場にいる。この戦場に主の求めるものがある。それを奪取するのが、今回の私の仕事だ。その目標というのが、


タイムセールの卵(1パック58円)である。


 セールの時間になるとともに、人の波がスーパーの卵コーナーに殺到する。私はその波をかき分けながら進もうとするが、なかなか前に行けない。やっとコーナーにたどり着いた頃には、卵は売り切れていた。今回もまた、私は失敗した。


 どうして、私はこんなことをしているのだろう……。とぼとぼと帰路につきながら私は自問する。全ては、新たな主に仕えることになってから始まった。私と右遠の封印を解いた主は、私たちがどういう存在なのかをよく理解していなかった。だからだろう。その主は私たちにまずこう問うた。

「あんたたち、家事とか子どもの面倒とか、見れる?」

 私は自分の耳を疑った。式神たる私に、子どもの面倒、だと?何かの間違いだと思った。しかし、主の目は真剣だった。その目に圧され、どう答えるか迷っている間に横にいた右遠が答えた。

「はい、なんなりとお申し付けください」

 目を剥く私を横目にけろっとしている右遠。それから私を置き去りにして話は進んでいった。


 主のマンションに着いた。玄関を開け、中に入る。

「帰ったぞ、右遠」

「おかえりー」

「さこん、おかえりー」

 二人分のおかえりを聞きながら部屋に上がる。そこには小さな子どもをおんぶした右遠の姿があった。

「卵買えた?」

「いや、またダメだった……」

「そっかー、これで五連敗かー」

 右遠は元々細い目をさらに細めながら言った。その背中で子どもが笑った。

「さこん、ダメかー」

「そんな風に言ってはいけませんよ、徹。左近も頑張っているんですから」

 右遠が背中の子ども、徹に諭すように言う。優しさが胸に痛い。

「さぁ、もうすぐ主が戻られます。それまでにおもちゃを片付けておきましょうね」

 言いながら奥に引っ込む右遠と徹。私もそれに続いた。


 私たちの主は甥である徹と二人暮らしだったらしい。徹は主の弟夫婦の一人息子だったが、その両親を交通事故でなくし、紆余曲折あって主が引き取ったのだという。

「元々弟とはあんまり仲が良くなくてねー。徹ともそんなに話したことなかったんだけど、でもやっぱり施設に入れるとかかわいそうだろ?」

 以前、主はそう語った。その言葉に、主の人柄がにじみでていた。

 そんなことを思い出しながら入った部屋は、見事に散らかっていた。

「右遠、お前がいながらにして、何故こうなる」

「えー?このぐらいの子どもは目を離すとすぐこうなっちゃうんだよ」

 左近も手伝ってねー、という右遠の言葉に従い、床に転がるおもちゃをおもちゃ箱に入れる。

「さこん、ちがうよー。そのロボはこっちのはこ!」

 徹の声が飛ぶ。

「どっちに入れても一緒だろうが」

「ちがうの!こっちなの!」

 私の抗議は一蹴されてしまう。しぶしぶ先ほどのおもちゃを徹に指示された箱にしまう。

 私は式神である。主に仕え、主を護り、主のために闘う存在だ。そのはずだ。そのはずなのに……。

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