監視の気配

 学校を出て十分ほど歩き、住宅街が並ぶ通りへとやって来た。ニュースのテレビ越しに見たままのその場所は、何もなければ至って普通の住宅街だ。遠くからは公園で遊んでいるのであろう子供達の声が聞こえてくる。

 そんな日常の風景の中に、一点だけ異質な雰囲気を放つ場所があった。家々の間のとある箇所に設置された白いテーブルの上に色とりどりの花が添えられているのだ。


「献花台、か」


 そこには事件から数週間経った今なお、千鶴のために多くの花が捧げられていた。

 近くに寄ってみると、綺麗に切りそろえられた花たちが彼女の冥福を祈るように横たえられている。また、その側にはいくつもの小さなカードが置かれている。勝手に見てしまうのは悪いと思いつつも、少しだけ目をやると、そこには千鶴のファンであろう人たちからのメッセージが多く寄せられていた。千鶴を支えるその一つ一つの声に僕は胸が痛んだ。

 その横で、秀一は献花台から数十メートル先を見つめている。そこには空き地と一本の電柱があるだけだが、その光景には見覚えがあった。

 以前、僕たちが千鶴の家で見つけた現場写真。

 そこに写っていたのが、まさにその場所だ。あそこで、千鶴は殺されたのだ。

 献花台を離れ、三人で歩みを揃えてその場所に踏み入る。

 間違いない、写真の中の光景そのものだった。ただし、血痕は既に洗い流され、そこには一見普通の道路があるだけだった。誰もここを見ただけで、この場所で殺人があっただなんて思うまい。

 詩織が口に手を当てて声を漏らした。


「それにしても、ここ」

「うん。何か、ここにいるとしんどくなるね」


 さっきから妙に体が重たい。

 きっと、あの凄惨な現場写真を思い出してしまっているからであろう。三週間前には、千鶴がこの場所を生きて歩いていたと思うと、どうにも気分が重くならざるを得なかった。

 早く現場検証を済ませて、帰った方が良さそうだ。

 とは言っても、あたりにはごく一般的な住宅街があるだけで、とりわけ目立つものもない。

 事件現場にしても事件から三週間経っているため、当然ながらその証拠品や痕跡などはすべて消えてしまっている。既に警察が回収しているのであろう。

 一通り現場付近を回ったところで、僕たちは最初の献花台の元へと戻って来た。

 やはり最初の印象通り、特に事件の手がかりになりそうなものはなさそうだ。

 どうしようか、と僕と秀一が顔を見合わせたときだった。


「きゃっ」


 短く悲鳴をあげた詩織がちょうど僕と秀一の間に倒れかかってきた。僕たちはそれを支えようと手を広げたが、詩織の勢いが思った以上に強く、僕も秀一も地面へと倒れ込んでしまう。

 地面へと手を突いた衝撃に「いてて」と声が漏れる。

 倒れ込んできた詩織の顔は髪に隠れて見えない。詩織は何かに躓いたのだろうか。心配して声をかけようとしたそのとき、甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。

 詩織がちょうど僕と秀一の間へと自身の顔を埋めたのだ。

 何をしているのかと問いかける前に、詩織は小さく周囲に聞こえないように呟いた。


「ヒロ、秀一。私たち、誰かに監視されてる」


 その言葉に僕の心臓はどきりと跳ね、体は硬直したように固まってしまう。横目で秀一を見ると、「マジかよ」と目を丸くしていた。

 詩織はうずくまったまま声が漏れないように続けた。


「探そうとしないでね。ヒロと秀一の後ろ側のカーブミラーに人影が見えたの。気のせいかもと思ってたんだけど、私たちが現場を見ている間、ずっとそこから動いていないみたいなの」


 いつまでもうずくまったままの状態も不自然なので、詩織はそこで顔を上げた。

 僕たちも不自然に見えないように立ち上がって、埃を手で払う。その動作の中、僕は脳を全力で回転させる。

 僕たちが監視されている?

 何のために?

 一体誰が?

 考えがうまくまとまらない。

 二人も同じなのだろう。動作の中に普段なら気付かないほどの小さなぎこちなさが見えた。

 立ち上がった僕たちは周囲に聞こえないように顔を近づけた。


「さて、これからどうするかだが。ヒロ、詩織、どうするべきだと思う?」

「僕は、監視している人間を捕まえるべきだと思う。何らかの目的で僕たちを監視しているんだとしたら、事件とは無関係とは思えない。この機会を逃すことはできない、と思う」

「私も、ヒロに同じ」


 僕たちの意見に秀一も頷く。


「だな、俺もそう思う。ただし、俺たちを監視している人間が犯人ってことも十分あり得る。いくら数で勝っているとはいえ、武器なんかを持ってたらかなり危険だ」

「それじゃあ、詩織の後ろにある路地に入り込むふりをしよう。あそこならカーブミラーでも様子が見えないから、きっと監視している人間も路地に入ってくるはずだ。詩織は路地に入ってから真っ直ぐ足音を立てて進む。路地に入ってきたところを、僕と秀一で一気に囲むのでどう?」

「私は大丈夫だけど、二人とも大丈夫?」

「ま、大丈夫だろ。俺はこんなこともあろうかと鍛えてるから心配すんな」


 こんな状況にも関わらず冗談を言う秀一に「なにそれ」と僕たちは笑った。それが僕たちの緊張を和らげるためと相手から不自然に見えないようにするための言葉だとすぐに悟った。

 秀一がわざとらしく伸びをして、「よし帰るか」とあたりに聞かせるように呟いた。

 それを合図に僕たちは三人並んで、近くにある路地へと入り込む。

 作戦通り、詩織はそのまま真っ直ぐ路地を進んで行く。僕と秀一は相手に影が悟られないように角の家の外壁の影へと姿を隠し、息を殺した。

 すぐにさっきまで僕たちがいた方から、一つの足音がこちらに向かってくるのが聞こえる。

 その足音が近づくたび、心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。

 僕たちを監視しているのは一体誰なのか。

 もしかしたら、現場に戻って来た犯人という可能性もある。犯人だとすれば、突然襲いかかってくるということもあり得る。

 深呼吸して、呼吸を整える。

 いつでも、どんな風にも動けるようにしておかなければならない。

 そうして、一歩、また一歩と足音が近付いてくる。遂にその影が僕たちの眼の前の道路に伸びる。

 そのまま僕たちのいる路地へ入り込もうとしたとき、「動くな!」とその人物に向かって叫んだ。

 叫び声に驚いたのか、目の前にあらわれた人物は慌てたように踵を返そうとした。

 だが、その行く手には既に秀一が立っている。


「おっと、逃がさないぜ」


 さっきまで僕の隣にいた秀一は一瞬の間に軽やかな身のこなしで、あとをつけて来た人物を挟み撃ちにした。

 僕と秀一の間に挟まれたその人物は忙しく僕たちの顔を交互に見ると、慌てたように手を振った。


「ま、ま、待ってくれ! 僕は怪しい者じゃない!」


 少なくともこちらに襲いかかってくるような素振りはなさそうだ。

 改めて、その人物の風貌を見る。

 年齢はおそらく二十代半ば。男性。格好は黒のスーツに黒の革靴。顔は頼りなさそうな若い新入社員のようだ。手荷物のようなものは特に見受けられない。

 その人物に僕は心当たりがない。反対側にいる秀一にも目を配るが、首を横に振るだけだった。どうやら、秀一にも心当たりはないようだ。


「どうして僕たちを尾けてきたんですか」

「な、何だい急に。僕はたまたま通りかかっただけで……」


 スーツ姿の男性は慌てたようにシラを切り始める。だが、それを見逃す秀一ではなかった。


「偶然、なわけないよな。さっきあんたは『僕は怪しい者じゃない』って言った。本当にあんたが通りかかっただけなら、そんな弁明はおかしいだろ」


 言葉を詰まらせる男性。だが、それでも何も語ろうとしない。

 しかたない、と秀一は肩を竦めた。


「ヒロ、警察に連絡を……」

「ま、待ってくれ! わかった、話すから待つんだ」


 そう言いながら男性は胸のポケットへと手を伸ばした。

 瞬間、弛緩しかけていた空気が張り詰める。

 僕と秀一は身構えたが、そこから取り出されたのは予想外のものだった。

 「それは、警察手帳……?」僕と秀一の声が重なる。

 男性がポケットから取り出したのは、黒色の艶やかな革の手帳だった。そこにはテレビなんかで見たことのある警視庁の記章が記されている。


「まさか、刑事?」

「そうさ。僕の名前は佐々木守。この地区の犯罪捜査を担当する警官だ。そっちに隠れてる女の子も心配しないでほしい」


 佐々木と名乗った男が路地の先へと呼びかけると、そこで待機していた詩織がこちらに向かって歩いて来た。僕たち三人は未だ油断なく、その人物を取り囲む。

 だが、男はふぅと息を吐き出し、力を抜いたようだ。


「それにしても僕の尾行を見破るなんてね。君たちすごいじゃないか」

「カーブミラーにばっちり写ってましたけど……」

「ほ、ほう。なるほどね」


 詩織の言葉に強がってみせるが、その額からは汗が流れ出ていた。

 何だこの刑事、と少し拍子抜けしてしまう。


「佐々木、刑事でいいですか。どうして僕たちを尾行してたのか、教えてくれませんか」


 佐々木刑事は僕たちの顔を順に見る。そのまま腕を組み、少しの逡巡の後、深くため息をついた。


「いいだろう。ただし、ここでのことは他言無用で頼むよ。僕はとある事件の犯罪捜査チームの一員でね。君たちも知っているだろう。少し前に桜木千鶴というアイドルが事件に遭ったことを。僕は怪しい人物が現場にやってこないかを監視する役割で、事件現場を見張っていたんだ。そうしたら、君たちがやって来て、何やら事件現場をうろつき回っている様子だったからね。僕の刑事の勘がピンと来て君たちのことを影から見ていたというわけさ」

「そういえば、テレビで事件の調査のために数十人規模の捜査チームが組まれた、って言ってたな」

「よく知ってるね。まさに、その一員が僕なのさ」


 佐々木刑事の話すことは筋が通っており、偽りはなさそうに感じる。秀一も同じ感想を抱いたのだろう、警戒するような視線を少しだけ解いた。

 事情を説明し終えた佐々木刑事は、「で、君たちはどうして現場をうろついていたんだい?」と僕たちに尋ねてくる。

 事件を調査していることを話して、危険だからと止められるのは面倒だ。だけど、千鶴の事件の捜査チームの一員ということは、僕たちが知らない情報を持っているかもしれない。

 悩んだ末、僕は正直に答えた。


「僕たちは千鶴の友達で、事件の手がかりを探してをこのあたりを見ていました」

「なるほど。君たちは被害者の友人なのか。ちなみに名前は?」

「僕は八坂ひろ、こっちが高島詩織で、そっちが月見秀一です」

「そうか、君たちが……、いや、失礼」


 順番に名前を名乗ったところで、佐々木刑事は驚いたように目を見開いた。

 問いただそうと思ったが、答える気はなさそうだ。

 代わりに、正面にいた秀一が別の質問を投げかける。


「佐々木刑事、って言いましたっけ。俺たちはさっきヒロが言ったようにこの事件を調査しています。もし、警察の方で報道されていない事実を持っているなら、教えてもらえませんか」

「当然、ダメに決まっているだろう。捜査状況を無関係の人間に漏らすことなんて、できるわけ」

「これでも、無関係だといえますか」


 佐々木刑事の言葉を遮るように秀一は一枚の写真を取り出した。

 その写真を見た佐々木刑事は、驚きのあまり目を見張った。


「どうして、君がその写真を持っている」


 秀一が取り出したのは千鶴の家で見つけた現場写真だ。


「どうして、でしょうね。……取引しませんか。俺たちは桜木の友人の中では長い付き合いです。特にヒロなんて、小学校からの付き合いだ。俺たちが持っている情報を全て伝える代わりに、俺たちに捜査状況を教えてほしい」


 佐々木刑事は真剣な表情で頭を抱えると、やがて観念したように深く息をついた。


「まあ、君たちならいいだろう。君たちのことは捜査の聞き込みの中である程度名前を聞いた。被害者の家族からも随分信頼されているようだったからね」

「それでさっき名前を聞いたときに反応したんですね」

「そうさ。ただし、言うまでもないが僕がここでいうことは絶対に外部に漏らさないこと、いいね」


 僕たちは三人揃って頷いた。


「よし、じゃあ捜査の話をする前にだが、先に一つだけ聞かせてくれ。その写真は警察外部には出回ってないはずだ、どこでそれを?」

「桜木の自室からですよ。俺たちは事件の翌日、桜木の両親の様子を見るために家に行ったんです。そのとき、母親に部屋へと通されました」

「確かに警察は現場検証の後に捜査のために彼女の自室にも踏み入った。そのとき、誰かが落としたのか。くそ、とんでもない失態だ。このことは誰かに?」

「いえ、知っているのは俺たちだけです」

「そうか。とにかくそれは警察外部には公開していないものだ、返してくれるかな」


 秀一は言葉通り、写真を佐々木刑事へと手渡した。


「さて、じゃあ教えてもらえますか。俺たちが知りたいのは、警察の事件に対する捜査状況です。特に、報道されていない部分で情報があるなら詳しく教えてほしい」

「約束してしまった以上、しかたないね。だけど、彼女の事件に関する捜査は難航していると言わざるを得ない状況だ。この事件の一番の謎は、犯人が事件当日の彼女の行動をどうやって知ったか、という部分にある。事件当日の彼女の行動を調べてみたところ、パソコンやスマートフォンでのあらゆる電子的通信手段の記録からは、一人しか連絡していないんだ。……そこにいる高島さんだね」

「詩織に来たメールがそれか……。事件の前の日なんかの記録はどうなんですか?」

「もちろん調べたさ。事件の当日から一年前に渡ってね。だけど、事件当日の彼女の行動を示唆するような内容は一切なかった。後は、聞き込みから彼女と仲の良かった水野亜紀という子も事件当日の被害者の行動を知っていたみたいだ。つまり、事件当日に被害者の行動をあらかじめ知っていたのは二人、高島さんと水野さんだ。だけど、両名には当日のアリバイから事件の犯人とは考えづらい。それに二人は女性だ」

「犯人が男性というのは報道にはなかったと思いますが、そうなんですか?」

「100%とは言い難いが、99%男性だという線で捜査は進んでいるよ。根拠は二つ。一つは事件発生直後に目撃されたという不審者は男性のような格好をしていたこと。もう一つは、被害者の体の傷跡だね。被害者は、刃渡り15cm程のナイフで急所を一突きされた後、倒れたところに体の各部を刺されたとみられている。刃の短いナイフにしては、その裂傷が深いところまで届いていることから、犯人は男性だと考えられている」


 事件の様子を警官の口から語られることで、改めてその凄惨さが伝わり、寒気が走った。隣では詩織が目に涙を浮かべていた。


「ひどい……。どうしてちーちゃんが……」

「すまない。配慮が足りなかったね。こういう言い方はなんだが、被害者は長く苦しむことはなかったと思う。被害者は最初の一突きで胸骨の間から心臓を刺されている。即死、とまではいかなかったかもしれないが、それほど長く意識は保っていなかっただろう」


 不幸中の幸い、とも呼びたくないが。

 それでも、少しでも千鶴の苦しみが少なかったことを佐々木刑事は伝えようとしていた。

 一方、秀一は沈痛な面持ちを浮かべながらも、顎に手を当てていた。


「最初の一突きが急所だった、ってどうしてわかるんですか。俺たちがみた写真には少なくとも十カ所以上の刺し傷があった」

「簡単な話さ。水平に刺したときのナイフと垂直に刺したときのナイフには加わる力が変わるから、その裂傷の跡も変わるのさ。最初の一突きは被害者が立った状態、すなわち水平方向に、それ以降のものは被害者が横たわった状態、すなわち垂直方向に刺されたはずだ。その傷跡から、被害者は最初の一突きで急所を貫かれていることがわかった」


 なるほど、と秀一は再び考え込むように頷いた。

 隣では、詩織が苦しそうにえずいている。これ以上、この話題を続けるのは詩織にとってきついかもしれない。


「他に、何か気になることはありませんでしたか?」

「そうだね。後は被害者が握りしてめいたこれぐらいか」


 そう言いながら佐々木刑事は一枚の写真を僕たちに見せた。

 写真には真っ赤に染まった小さな物体が写っている。よく見ると、それは羽の形のようだった。

 それを見たとき、僕は思わず息を飲んだ。

 その正体はすぐに分かった。なぜなら。


「これ、僕が前に千鶴にあげたアクセサリーだ」


 そう。これは僕が以前、千鶴にプレゼントしたものだった。

 僕が入院していた頃、千鶴が僕のために千羽鶴を折ってくれたことがあった。そのとき、千鶴に何かお礼をしようと考えた末に渡したのがこの純白の羽を模したアクセサリーだ。千鶴に「なんで羽なの?」って聞かれたときに、「鶴のお礼だから」と言って笑われたことは記憶に残っている。ここ数年、千鶴がそれを身につけているところをみたことがないから、てっきり捨ててしまったのだと思っていた。

 だが、その写真に写っているのは紛れもない、僕がプレゼントしたアクセサリーだった。

 佐々木刑事は興奮したように僕の肩を掴む。


「これは君が渡したものなのかい!?」


 その力の強さに思わず顔をしかめると、佐々木刑事も我を取り戻したようにその手を離した。


「おっと、すまない。これは被害者が死後、力強く握りしめていたものだったんだ。何か手がかりになるとと思ってついね。……不躾だが、君は桜木さんと交際していたのかい?」

「いえ、僕と彼女はそんな関係では。ただ昔からの仲間みたいなもので」

「……そうか。なるほど。彼女にとって君は大切な存在だったんだね。死の間際に君からもらったプレゼントを握りしめていたのだから。きっと君のことを想っていたのだろう」


 その言葉に僕の胸はちくりと痛んだ。

 千鶴が最後に握りしめていたもの、それが僕からのプレゼントだった。とっくの昔に捨ててしまったと思っていたそれを、千鶴は肌身離さずにずっと持っていて、死の瞬間にもそれを握っていた。その意味がわからないほど、僕も鈍くはない。

 隣で佐々木刑事が時計を見て、「おっと、もうこんな時間か」とつぶやいた。慌てたように写真を胸ポケットにしまうと、路地の向こう側へと歩き出し、角を曲がる直前に僕たちの方を振り返った。


「そうだ、僕は君たちのことを信頼して事件のことを話した。だが、決して危険なマネはしないこと、いいね」


 それだけ言い残すと、佐々木刑事は角の向こうへと消えていった。

 残された僕たちは少しの無言の後に、顔を見合わせた。

 得られた情報は確かにあった。

 事件当日の千鶴の行動は、やはり詩織と水野以外は知らなかったこと。

 千鶴が急所を一突きされていたこと。

 僕がプレゼントしたアクセサリーを握りしていたこと。

 だがどれも犯人につながる情報かと聞かれると、頷くことはできない。

 かなり長い間話し込んでいたせいか、周囲はすでに日が落ち始めていた。真っ白な献花台がオレンジ色の光を反射し、添えられた花の水滴が眩しいぐらいに輝いている。

 僕たちは相談の末、明日に向けて帰路に着くことにした。

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