賢人の偽計

 先を行く秀一が階段を登って行く。校舎は四階建てだ。僕たちのクラスは三階だから四階に用があるのだろうか、と思っていたが秀一はさらにその上へ登ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って。この先って屋上でしょ。屋上は立入禁止なんじゃ」

「知ってるよ、ほら」


 秀一はそういうと指先でぐるぐると鈍く光る金属を回し始めた。動きを止めた瞬間に、それが屋上の鍵だとわかる。

 なぜ屋上の鍵なんて持っているのかと問い質したが、秀一は「ま、何でもいいだろ」と軽く返事するだけで、事も無げに屋上へと続く扉の鍵を開ける。僕はそれ以上詮索することが馬鹿馬鹿しくなって黙って鍵が開かれるのを眺めていた。

 金属質な重い扉が開かれた瞬間、僕の全身に一気に風が駆け巡る。

 扉の向こうには突き抜けるような青い空が広がっていた。一日中屋内にいたからか、青空の下はとても心地が良かった。

 秀一が屋上の外周に設置されているフェンスへともたれかかる。

 僕もそれに倣って外を見渡すと、眼下には正門から校舎への道に沿ってたくさんの屋台のテントが設置されていた。その道を行き交う人の多さに僕は思わず唸り声を上げる。廊下や教室にも多くの人がいたけど、外はその比ではない。歩くのも困難な、まさにお祭り状態だった。

 その光景を見下ろして、壮観だろ、と秀一は笑った。それはいつもの秀一で、さっき声を荒げていた秀一はもう消えてしまっていたようだ。


「さっきはありがとう」

「何のことだ?」

「クラスメイトが僕と詩織の噂してたのを、わざと話題を変えてくれたでしょ」

「ま、これでおあいこってことで」


 何がおあいこか、という問は聞かなかった。そんなことは聞くまでもない。それに僕が秀一に今まで助けてもらった数々のことを考えると、とても釣り合うものではない。

 秀一はその話は終わりと言わんばかりに、裏方での出来事について言及した。


「それよりお前らの噂のことだが」

「そうだ、秀一にそれを聞きたかったんだ。あれはどういうこと?」

「俺も詳しく聞いたわけじゃないが、なんでも昨日の休みに塾に行ってた生徒が偶然街にいたヒロと高島を見かけたんだと。それが今朝からクラス内で広まって、付き合ってるんじゃいかって話になってる」

「文化祭の買い出しに行った帰りに遊んでたのは事実だけど、尾ひれのおまけ付きだね」


 僕はやっと得心がいった。

 それでさっきクラスのみんなが、僕たちのことを好奇の目で見てきたのか。

 秀一は小さく息を吐いて、空を見上げる。


「別にみんなに悪気があるわけじゃないと思うが、高島にとっては注目を浴びるのはきついかもな。こういうのは見る側に悪意がなくても、見られる側は悪意を感じちまうもんだ」

「……そうだね」


 面倒なことになってしまった。

 せっかく昨日の買い出しで詩織との距離を縮められたと思ったのに、いや縮めすぎた故か、僕と詩織の関係がクラスメイトから邪推されることとなってしまった。

 僕はもとの世界でのクラスメイトのことを知っているから、彼らに悪意がないことは分かっている。しかし、詩織のさっきの態度を見るに、詩織はきっとそこに悪意を感じてしまっているのだろう。

 普段目立たない人が、所属するコミュニティで急に注目を集めるというのは、辛いものがある。周囲からの視線そのものが、暴力になることもあるのだ。


「どうすればいいと思う」

「高島がクラスのみんなと話して、あいつらに悪意がないことをわかってもらう、ってところだろうな。ま、言うは易しってやつだが」


 秀一はおおよそ僕と同じ結論を出していた。

 クラスのみんなは好奇心から僕たちに注目しているのだろう。文化祭という非日常的な状況もそれを手伝っているのかもしれない。しかし、そこに僕たちに対する悪意はないと思う。

 だから、それを詩織に信じさせることができれば良いはずなんだけど、現実問題それが難しい。

 打つ手が思い浮かばず、自然とため息が溢れていた。


「そういえば知ってるか。高島と小学校が同じやつから聞いた話だが、あいつ昔は今みたいに静かなキャラじゃなかったらしいぞ」

「え、そうなの?」

「あぁ、小学校の中学年頃までは普通に友達もいたらしいぞ。高学年頃からいつも一人でいるようになったらしいが」


 初耳だった。

 僕たちは中学の頃から四人で同じ時間を過ごしてきた。

 だけど、過去のことはお互いにあまり語りたがらなかった。

 今思えば、それは僕が原因だったかもしれない。僕は小学校の頃は大半を病院で過ごしていて、学校にはほとんど通っていない。だから、みんながそれを気遣って昔の話は避けていたのかもしれない。

 秀一が語る詩織の小学生時代の話を要約するとこうだった。

 小学四年のクラスの学級委員を決めるときに、真面目だからという理由で詩織が推薦されたそうだ。他に立候補もおらず、詩織も当時はクラスのみんなと仲が良かったためそれを快く引き受けた。そのとき、もう一人の学級委員として立候補したのが、男子の中心的な存在の生徒だったのだ。そこから、詩織とその男子生徒は委員会などでよく共に仕事をするようになったそうだ。だが、それを面白く思わない人間がいた。それが、当時詩織と一番仲が良かった女子グループの中心の生徒だ。その子は露骨に詩織を避けるようになって、結果的に他の女子も詩織を避ける、そんな”空気”ができてしまったそうだ。それがきっかけで、詩織は学年が上がっても他の女子から避けられ、また詩織自身も他の生徒を避けるようになったそうだ。

 秀一が話し終えたとき、僕は率直に不快な話だと思った。

 推測するにクラスの中心にいた女の子はその男の子に好意を持っていたのだろう。それを取られると勝手に勘違いした女の子が詩織に対して攻撃を始めた。結果として、詩織は他人に対して臆病になり、それを高校になった現在でも引きずっている。

 小学生のやることだと笑うかもしれない。だけど、小学生の世界のヒエラルキーはきっと大人の世界と同等かそれ以上に明確に分かれている。上のものが白といえば白になり、黒といえば黒になる。さながら魔女裁判のようなものだ。そんな世界で黒と言われた詩織は、きっと相当なショックを受けたのだろう。

 だけど。


「そんなの詩織が」

「悪いわけじゃない。誰だってそう思う。だが、世界なんてそんなもんだ。本人に非があろうがなかろうが、そんなことお構い無しに世界は理不尽を押し付けてくる」


 悟ったような口調で秀一は語り続ける。その横顔は、どこか諦観を感じさせた。

 確かにその通りなのかもしれない。現に、僕の一番大切な人も、その世界の理不尽とやらに巻き込まれたのだから。

 一陣の風が、僕たちの間を吹き抜けた。

 暗い気持ちに沈みそうになる僕に、秀一は努めて明るく言った。


「だが、今の話もそう悲観することばっかりじゃない」

「どういうこと?」

「高島ももとは普通にクラスに馴染める生徒だったんだ。小さなきっかけ一つでそこから落っこちただけで、逆にいえば小さなきっかけがあれば元に戻れるってことさ」


 後ろ向きな感情を吹き飛ばすように秀一はにっと歯を見せる。

 確かに秀一の言う通り、もともとクラスに馴染めていた詩織ならきっかけ一つで今のクラスにも馴染めそうな気がする。現に、もとの世界では詩織はクラスメイトたちと普通に話せていたのだ。小さなすれ違いのきっかけが現状であり、それはまた小さなすれ違いによって解消される。

 理屈ではその通りだ。だが、具体的な対策までは思いつかない。

 そのとき、不意に昼の休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「おっと、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと」

「秀一、午後はシフトじゃないでしょ?」

「シフトはないんだけどな。午前中思ったより人が来てバタバタしてたから、午後もいてほしいって言われたんだ」

「人気者は大変だね」

「嫌味かよ」


 秀一は笑って、屋上を出て行った。

 出て行く直前、閉めて行くようにと屋上の鍵を渡された。自分で返してほしいと思ったものの秀一も忙しいのだろう。しかたなく僕はそれを受け取った。

 話し終えた僕は空腹を思い出し、近くのクラスで売っていた焼きそばを購入して屋上で食べることにした。外で食べる焼きそばは普通に食べるものより倍美味しく感じた。きっと秀一や詩織がいればさらにその倍美味しくなるだろう。

 午後からは詩織と校舎内の見回り係となる。そこで、さっき開いてしまった微妙な距離を詰めることができれば良いが。

 だが、僕と詩織の噂の件に関して、具体的な解決方法はまだ見つかっていない。そちらも並行で考えなければならない。

 気がつけば、見回りが開始する時間がもうすぐとなっていた。

 僕は慌てて、文化祭実行委員の集合場所である教室に入ると、すでに僕以外の実行委員は揃っていた。その中には桃井さんや詩織もいる。僕は一番後ろの席に座って、午後からの段取りを聞いていた。

 自分たちの巡回ルートと時間を確認したところで、僕は詩織に話しかけようとした。だけど、さっきのことがあったせいか、僕が近付いても詩織は少し距離を開けるのだった。事務連絡でようやく話しかけることはできたものの、どこかぎこちない会話が続いていた。

 文化祭実行委員の見回りの目的は、トラブルを発見した際に速やかにそれを解決し、教師に報告することだ。よくあるのは、隣の店同士での客引きの喧嘩であったり、保護者が連れてきた小さい子が迷子になったり、らしい。

 グラウンドや校門へ続く道に並べられた屋台の間を僕たちは二人歩いた。相変わらず何を話していいかわからないせいで、探り探りな会話が続いてしまう。僕は気付かれないようにため息をついた。昨日、詩織との関係を進めることができたと思ったのに、振り出しに戻った気分だ。

 校舎内を巡回するが、特にトラブルと呼べるような出来事には遭遇しなかった。生徒たちはみんな活気付いていて、普段の授業よりも生き生きとしているようだ。

 このまま何事もなければいいけど。

 そう思って、階段を登っているときだった。

 なにやら階段の上の方から騒がしい声が聞こえた。それはお祭りから来る高揚の声ではなく、どこか殺気立ったものだった。

 僕は詩織と一瞬目を合わせてうなずき、騒ぎのもとへと急ぐ。

 階段を駆け上がると、少し先の教室の前に人だかりができていた。どうやらそれは自分たちの教室の前にあるようだ。そのすぐ側には、僕たちが買い出しで購入したブラックボードが乱雑に倒されていた。

 嫌な予感が全身を駆け巡る。

 急いで人だかりをかき分けて、教室の中を覗くと、三年の男子生徒がクラスメイトの女の子に声を荒げているところだった。


「どうしてくれんだよ、最後の文化祭が台無しじゃねぇか」

「ご、ごめんなさい……」


 詰め寄られているのは、確か中野さんという女の子だ。

 中野さんは普段は活発で明るい性格の持ち主で、クラスでもよく楽しそうに話している姿を見る。だけど、今は上級生に凄まれて完全に萎縮してしまっている。手足も小さく震えていて、声もかすれていた。

 僕は入り口付近でその様子を唖然と見ている生徒に近づいた。


「何があったの?」

「あ、八坂くん。それに高島さん。それが、あの三年生が店に入ってきたんだけど、飲み物が来るのが遅いって言い出して。それで中野さんが慌てて飲み物を運んだんだけど、制服の上にこぼしちゃったんだ。それで三年生が文句を言い出して」


 答えてくれた生徒は説明しながら、三年の制服を指差した。

 指された先を見るが、別段制服に変わったところはない。


「濡れてないように見えるけど」

「演劇に出る人だったから同じ替えを持っていたみたい」

「じゃあ熱い飲み物をこぼしたとか?」

「いや、冷たいものだったよ」


 それなら三年の先輩が大怪我を負った、という事態ではないようだ。

 着替えもあったならそれほど怒るようなことではないと思う。

 だが、三年は中野さんに対する罵倒を止めようとはしなかった。


「大体、何もないところでこけるなんておかしいだろ。わざとかけたんじゃないだろうな」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 中野さんはひたすら謝るばかりで、今にも泣き出しそうだった。

 このままではまずい。

 どうするべきかと逡巡し、あたりを見回す。

 教室の中は、この騒動のため他の客は出て行ったようだ。残っているのは午後からシフトに入っていたクラスメイトたちだけだった。だけど、みんな三年の迫力に押されてしまって、呆然と立ち尽くし、ただただ事態を傍観しているだけだ。

 どうすれば、と悩んだとき一人の顔が思い浮かんだ。

 秀一だ。

 秀一は午後からも教室にいると言っていた。秀一なら三年生にも顔が効きそうな気がするし、もしそうでなくても事態を丸く収めてくれそうな気がする。

 だが、あたりを見回しても秀一の姿は見えない。

 いくら午後に教室にいるとは言っていても、休憩なんかでずっといるわけではないのだ。

 それならと思い、もう一人のクラスのまとめ役でもある高木の姿を探す。

 だが、これも秀一と同様見当たらなかった。

 事態を収められそうな二人がいないなんて、何て間の悪い。

 こうなったら先生を呼んで解決してもらう他ない。

 隣に立つ詩織に、先生を呼びに行くことを提案しようとしたときだった。

 さっきまで隣に立っていたはずの詩織がいないのだ。

 慌てて正面へと向き直ると、信じられないことに三年と中野さんの間に詩織が立っていた。

 詩織は中野さんを庇うように三年の視線を遮り、小さな胸を大きく張った。


「ぶ、文化祭実行委員です! 生徒間のトラブルは私たちに話を」


 ありったけの勇気で、詩織は声を振り絞っている。

 だが、怒った様子の三年はそれを意にも介さず、詩織へと鋭い視線を向けた。


「実行委員だと? 俺は被害者なんだぞ」

「で、ですが」

「うるせぇ、邪魔するな」


 三年が詩織を手でどけようとしたときだ。

 気がつけば、僕は詩織と三年の間に割り込んでいた。

 急に現れた僕に三年の手がピタリと止まる。三年は「お前誰だよ」と不快そうに僕のことを見下ろしてきた。

 だけど、僕がそれに怯むことはない。

 なぜならそんな威圧感がちっぽけに思えるほどの自己嫌悪に襲われていたからだ。

 まったく嫌になる。

 僕は、教室内に事態を解決できそうな人がいないと見るや様子を見て先生を呼ぼうとした。それ自体は、確実で安全な解決のため間違っているとは思えない。

 だけど、僕は見落としていたんだ。

 この教室で今誰が一番傷ついているのかを。

 それはさっきから上級生の罵倒を浴び続けている中野さんだ。しかも、他のクラスメイトたちはそれを傍観しているだけだった。僕は、そんな中野さんの気持ちに気付いていなかった。

 だけど、詩織は気付いていたんだ。

 だからこそ、先生を待つまでのわずかな時間も惜しんで、詩織は中野さんを庇った。

 それは本来、僕がやるべきことだったのに。

 本当に自分が嫌になる。

 だからこそ、これ以上自分を嫌いにならないために、僕は死んでもここをどかない。後ろにいる詩織と中野さんをこれ以上傷つけさせてはいけない。

 僕は精一杯の抵抗の眼差しを向ける。

 長身の三年が気に食わなかったのか、僕の首元を掴んできた。 

 一瞬、息が詰まる。

 間近に来たその顔はまるで、僕のことなんて見ていないようだった。

 三年はそのまま、拳を振り上げた。

 殴られる、そう思って目を瞑り、衝撃に備えたときだ。


「待ちなさい!」


 教室の入り口から凛とした声が響き渡る。

 その透き通る声にまるで金縛りにでもあったかのように男の拳が止まった。

 あとわずかでも遅ければ、男の拳は僕の顔面を捉えていただろう。

 教室中の視線がその入り口の人物に突き刺さる。

 誰かがぼそりと呟いた。


「生徒会長……」


 そこに立っていたのは、左腕に生徒会と書かれた腕章を身につける桃井さんだった。桃井さんは、まるで舞台にいるかのように、教室の入り口で凛と立っている。

 三年の胸元を掴む力が弱まり、僕の拘束も緩んだ。


「こらこら。上級生が下級生をいじめちゃダメでしょ」

「桃井さん。いや、これは」

「文化祭なんだから、みんな楽しく、ね?」


 言い訳をさせることもなく、桃井さんは三年を嗜めた。

 すっかり毒気を抜かれたのか、三年は自分の荷物を持つと、すぐに教室から出て行った。去り際に僕たちの方を振り返ったとき、その顔は怒りの表情を浮かべているかと思いきや、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。

 問題の人物がいなくなったことで、教室内を包んでいた緊張の糸が切れる。

 同時に、後ろで衝撃音がした。

 振り返ると、中野さんが膝から地面へと崩れ落ち、それを詩織が全身を使って支えている。

 ようやく、上級生に責め続けられる時間が終わったのだ。無理もない。

 誰もが何を言えばいいのかわからない静寂が流れた後、教室の外から見ていた一人の女子生徒がこちらに駆け寄ってきた。


「生徒会長、ありがとうございます! 私、怖くて……」


  一人が駆け込んできたのを皮切りに、クラスメイトたちがみんな僕たちの周りへと集まってくる。みんなが劇的に登場し、クラスの危機を救ってくれた桃井さんにお礼を言う。

 しかし、当の本人は困ったように苦笑する。


「もう、みんな。私は何もしてないよ。お礼を言うなら八坂くんと、それに一番は高島さんに、ね?」


 桃井さんはそう言って詩織に目を向ける。

 クラスメイトの視線が僕に、そして未だ崩れかけた中野さんを支える詩織に注目する。

 どこからか「高島すごかった! よく中野を助けてくれた!」とか、「高島さん、ありがとう。私なんて全然動けなかったのに」と詩織の行為を褒める声が自然と上がった。

 みんなが詩織と中野さんに駆け寄る。

 詩織は急に囲まれて「え、あの、私は」と困惑しているようだった。

 詩織がみんなに囲まれている姿を見て、僕は少しその輪から距離を取った。なぜそうしたかと問われると、きっと今が一番詩織がみんなと直接触れ合える時間だからだと思う。それを邪魔することは僕にはできなかった。

 そんな僕の隣に一人の生徒が並んで立った。


「ヒーローになり損ねちゃったね? 八坂くん」

「別に。それにヒーローっていうなら、やっぱり最初に飛び出した詩織がヒーローですよ」

「ふふ。そうかもね」


 子供のようにクスクスと笑う桃井さんは、悔しいことにすごく可愛いと感じてしまった。そんな照れを隠すために僕はわざと反抗的な意見を投げた。

 僕と桃井さんは壁にもたれかかりながら詩織がクラスのみんなに囲まれている姿を眺めていた。

 詩織は慣れないことにどういう顔をしたらいいかがわからず、困っている様子だった。だが、クラスのみんなの笑顔につられ、自然と笑顔を浮かべていた。

 その様子を見ていた桃井さんが不意に腕を伸ばして、「さてさて、お邪魔者はそろそろいなくなるとしましょうか」と教室に背を向けた。

 軽い調子でそのまま廊下へと消えていった桃井さんの背中を見て、これまた不覚にもかっこいいと思ってしまった。

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