第20話 能登の海(母と…。)
「なんだ、せっかく温泉来てるのに。美彩都、スマホばっかり見てないで、ママと風呂にでも入ってこいよ。温まるよ。ほら、ママもテレビ見てるのか、見てないのか、ボーっとしてるし。あとで、年越しそばも食べるんだから。早く行っておいで。」
「ママ、行こっ。」
2人は並んで、湯に浸かり、能登の海を前に自然と会話が始まった。
「きれいね。冬なのに海が凪いでいるなんて珍しいわ。美彩都小さい時、この温泉来たのよ。この能登の海を一緒に見て、なんて言ったと思う?俊くんは?俊くんと一緒に見たいって。美彩都ね、俊くんのお嫁さんになるんだって言ってたのよ。」
「じゃあ、私、ママに旦那さん取られちゃったんだ。」
「そうねえ。この時ね、この子には俊樹が必要なのかなって思ったの。3人でいる事が美彩都には安心できたのかもしれないわね。でも、3人でいても、蒼真みたいに、あなたも失うんじゃないかと、ずっと怖くて不安だった。でも蒼真が生きてた。もし、美彩都が、遠くて違う世界に行ったとしても、あなたをお嫁に出すと思えばいいのかなと。蒼真が生きていたってことは、そう思ってもいいって事でしょ。まぁ、でも、そういう境地には、まだまだ、なれないんだけどね。」
「そうよ、また帰って来れるから。」
「この前、看護学校の同窓会行って来たでしょ。」
「あぁ、石見先生も行ったやつね。」
「そう。でね、18歳だった娘さんを4年前に突然死で亡くした人がいてね。由美ちゃんって言うんだけど、由美ちゃんはね、話をしているうちに、感極まったみたいで、
『娘がどこにもいない絶望を受け入れられるわけない。日常は勝手に過ぎていくけど、時間が忘れさせてくれるとか、心の中に生きているとか、まだまだ無理。地球のどこを探しても存在しない、肉体がない、声が聞けない、体に触れる事が出来ない。ひまわりが咲いたら、月を見たら、スーパーでぶどうを見たら、クリスマス、お正月、生活の日々の中で、毎日必ず思い出す。こんな残酷な日々をずっと背負って生きていかなくてはならないの。地球の裏側でもいい、宇宙のどこかでもいいから生きててほしかった。心配、不安は尽きないかもしれないけど、もっともっと心配したかった。喧嘩もしたかった。』
って、それ聴いた時、由美ちゃんを抱きしめる事しかできなかったわ。でも由美ちゃんはこうも言ったの。
『震災とかで、骨もまだ見つからない遺族の事考えたら、まだマシなのかも。まだ、遺骨として娘そのものの形があるの。この目で見ることができるの。魂は抜けて、生まれる前に戻ったのよ、きっと。』
「自分に言い聞かせながら、生きているのね。」
「なんか、辛い…。」
と、美彩都は流れた涙を隠すように、タオルで覆い、籠った声でつぶやいた。
今日子も頬を伝った涙を手で拭きながら、話題を変えた。
「あ、そう、そう、覚えてる?小さい時、美彩都ここで滑って転んだのよ。頭打ったもんだから、慌てたわよ。なんでも無くて良かったけど。大女将にずいぶんお世話になったのよ。」
「だから、ここの大女将、私の事をニコニコしながら、大きくなったねって。知り合いなんだと思う思ってた。」
「あれから年賀状やりとりしてるくらいだけどね。」
「全然覚えてない。でも、いつか分からないけど、ママと一緒に、遠くのカゲロウと地面の鏡を見ながら海に向かって、汗だくで坂道下って歩いてたの覚えてる。歩いても歩いても、カゲロウと鏡は向こうに見えるの。」
「それは地鏡 逃げ水って言う夏の暑い日に出る現象ね。お盆で金沢のおじいちゃん家に泊まって、近くの海水浴に行った時だと思う。美彩都、いつの頃からか日焼けを気にして、ママが誘っても行かなくなったしね。」
「そうだっけ。覚えてないや。海水浴かぁ、行く途中、合歓の木があった気がする。きれいなサーモンピンクの花で好きだったなぁ。浜茶屋で、地引網とかかき氷とか、ラーメン食べた記憶ならある。あと夕日がきれいだった。だんだん思い出してきた。」
「お盆の里帰りは、よほど楽しいんやね。毎年、東京に帰るの嫌で、駄々をこねてたわよ。」
「それは覚えてない。」
「都合のいい記憶だこと。なんだか、私たち、パパの戦略にはまったみたいね。」
「パパの戦略って?」
「この旅行、パパの計画だったの。」
「なーるほど。さすが、パパだね。」
「のぼせそうだから、そろそろ上がろうか。」
能登の海は二人の表情を穏やかな笑顔に変えていた。
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