第18話 ベルガとマコト

「レイ!どうなってるの!男のくせに役に立たないね!」

 

カイ女王の甲高い声が城内に響き渡った。

カイが誰よりも可愛がっている飼い犬、ポメラニアンのリヴがぐったりとして動かなくなったのだ。犬の管理を任せていたソウの行方も分からず、苛立ちが募っていた。


「ソウはまだ分からないのか!いつになったら、ソウと娘を連れてくるんだ!リヴに何かあったら、あんたら許さないよ!」


「お言葉ですが、今、村はペストが発生しており、長居は出来ません。」


「そんなの、向こうの手に決まってるだろ!」


「しかし…。承知しましたまた、すぐ、役人を向かわせます。」

 

 レイは、ハナが王政を乗っ取り、カイ女王と名乗りたときから、側近としてカイを支えてきた。レイのたった一人の妹のマイカを暴行され、その妹は自殺してしまった。死に追いやった前のカイの役人に恨みから、ハナの乗っ取り計画に加担した一人だった。ただ、カイを側で仕えているうちに、カイが信仰している魔王の存在を怪しく思うようになったが、カイの圧倒的な威圧感に成すすべもなく、従うしかない悶々とした日々を過ごしていた。

 一方、護衛室において、城内に設置したカメラで、カイの行動を監視している二人の男がいた。

「おっと、苛立ってるね、怒りで震えてるよ。もっと、もっと吠えろ!興奮するよ。このいやらしい鬼気迫る声は私のエネルギーだ。自分の世界ではこんなこと経験できないだろ。無味乾燥な人生で終わらせたくないんだよ。フゥ~ここは楽しくてしょうがない。」


「やっぱり、ベルガ、あんたは、まともじゃないね。」

「マコト、お前ももっと熱くなろうよ。楽しいぜ~。」


「そんなことより、どうするんだよ。」

「どうしよかなぁ、ルビーを使うと、今までいい感じだったんだが、最近、娘の夢に辿りつけなくてね。誰か邪魔が入っているようなんだ。良いとこまで行くんだけどな。直に拉致してこようかなって。」

「そんな事ができるのか?」

「リスクはあるが、出来ないことも無い。まぁ、あっさり連れてきても面白くないから、ゆっくりと楽しむよ。そうだ、マコト、いつもの魔王サタータをバージョンアップさせてくれ。敵が攻めてきて、カイが死にそうな病気になるとでも暗示かければ、もっとあせって、狂気じみてくるよ。」

「お前には感心するよ。了解。でもこのカメラ機器とか、バッテリーは大丈夫か?」

「シャイルの技術だぞ、1年以上は大丈夫だ。」

「まぁ、次の礼拝には間に合わせるよ。犬はどうする?」

「犬はただの脱水だろ。犬係なんて、ほとんど世話してるフリしてしてないし。ソウがいないせいだと言えば、それで、カイは納得するんだよ。良いい考えがある。さて、ご機嫌取りに行ってくるか。」

 

 ベルガは、カイの苛立つ感情を利用し、強く不安感を煽った上で、安心させる言葉で信用させるという絶妙な心理バランスで、絶対の信頼を得ていた。


「カイ様、リヴにこれを飲ませてみてはどうでしょうか?マコトが、魔法の水を出してくれました。今も作っているところです。」

 ベルガは、水と栄養を含ませた布をイヴの口元まで持っていった。イヴは横たわりながらも布を舐め始めた。


「まだ、その水はあるのか。頼んだわ。この子に何かあったら承知しないからね。」

 と言い放ったカイの興奮は少し落ち着きを取り戻した。


「カイ様、娘の事でございますが、視認出来ない強敵がおります。娘の夢の中に介入できません。直接、拉致を試みようかと思っております。ただ、強敵につき、計画を練っているところでございます。」とベルガはカイの思いを先回りした。


「早くならないのか。」


「神速にご指示を遂行する事に尽くしておりますが、失敗は許されません。ですから、ここは慎重でないと。カイ様、永遠の命ですよ、焦っては、得るものも得られなくなります。」

 

 カイは、苛立ちを隠せず、足音を雑に立てながら、宝石を手に礼拝堂へ行った。

 ダイヤモンドやアクアマリンなど、この国では、資源が豊富であり、宝石や貴金属専門に発掘業務と、加工する部署が設けられていた。農作が不良のため、宝石を物納する者もいた。この宝石を供える事で、カイはサタータからの言葉を乞う事ができた。中でも、サタータはベールアクア色のアクアマリンを好み、カイも数多く供えた。


「スタータ様、私は、早く娘の魂で、永遠の命を得たい。どうか、私に教えを。」


『あなたの命を脅かす鬼が、臓を蝕む姿が見える。一刻も早く、娘の魂を身に取り込むのだ。完遂したその時は、永遠の命を宿し、天の機嫌も自分の意のままに、天変地異をも操ることができるのだ。』


「あぁ、スタータ様、有り難きお言葉。必ず、その業を成し遂げます。」

 

 カイはベルガを呼びつけ、再度、娘の居場所の追及を言いつけた。


「なんか、娘の事、面倒になったな。似たような年ごろの娘を引っ張ってくるか。」

「記しはどうするんだよ。」

「火傷させて、消えたとでも何とでもいえるよ。」

「気が進まないな。カイは割と鋭いぞ。バレたら、カイの一声で、護衛兵が、何十人と集まる。」

「信頼はされているから大丈夫。大丈夫だ。上手くやる。」

「楽観的過ぎやしないか。そうだ、自分が見せた映像以外に何かが見えるようだ。幻覚かもしれん。そろそろ、厳しくなってきたと思うけどな。」

「やっぱり、早々に誰か娘かっぱらってくるよ。」

 

 あの娘が良さそうだな。

 娘を物色していたベルガは浮いて移動できるシューズで、音を立てずに、一人で畑仕事をしている娘の背後から襲った。

 娘は鎮静剤を含んだ布で口を塞がれ、声を出せずにいた。手足をばたつかせ必死に抵抗したが、徐々に身体は弛緩し、ベルガの腕から垂れるように意識を失った。

 

 娘を抱えたベルガは、スーッと草むらの中を移動し、川面を滑るように渡った。そして、裏の地下通路から城内に入った。女王にも知られないように密かに造った抜け道だ。


「ベルガ、ほんとに連れてきたのか。死んでるのか?」

「気を失ってるだけだ。生きてないと意味ないだろ。」

「記し、どうするんだ。」

「記しって紋章だったよな。書いて火傷で消すのでは、新鮮な創で偽装工作にしか見えない。良いものがある。傷に貼るスキンシートだ。これに紋章を書いて貼れば拭いた程度じゃ消せないからな。」

「そんなんで、ほんとに大丈夫か?」

「任せろ。」

 

 シャイルで手配中のベルガの識別ナンバーが、サライのセンサーに反応した。強く反応した場所へ駆けつけると、そこには、男が誰かを抱えてスーッと去ってく姿が見えた。城の方か。アントアイを飛ばし行方を確認した。

 村では、娘がいなくなったと父親が騒ぎ、ベルデが駆けつけていた。

「ベルデ、娘を連れ去った者が誰かはわかっている。アントアイを飛ばして、追跡しているから、行先も分かる。おそらく、城だ。」

 

 後方で話を聞いていたタカが、馬に乗り、走って行った。

「タカ、行くな!」ベルデが大声で呼び止めながら馬で追いかけ、タカの行く手を阻んだ。


「妹なんだ、行かせてくれ!」


「待て、ただ行っても、アミちゃんは救えない。サライ、映像見せてくれ。それと、誰か、ソウとサラも呼んできてくれ。」

「城の裏手に入ったな。この部屋はなんだ。もう一人男がいる。何か話している。」

「サライ、この男たちは何者なんだ。一人は、シャイルで手配中のベルガという男だ。もう一人は、ステラ界の男だ。」

「アミちゃんを生贄するって言ってるぞ。何故だ。あ、何か額に書いている。紋章か。」

「なんてことを。もしかして真の女王の身代わりなのか。」

 タカが立ち上がった。

「タカ、ソウらを待て。」

「待ってられない。」

 

 ソウとセラが駆けつけ、アントアイの映像を見てもらった。


「私が一緒に行く。カイが知らない隠し部屋だ。経路を知っているから、私が一緒に行く。セラは来るな。タカと2人で行く。」

「でも、姉を止めないと。」

「いや、いくら妹でも、今のカイは何するか分からない。」

 

 ソウとタカは、城の近くまで、馬を走らせた。目立たないように、走り、川を泳ぎ渡った。裏にも門番がいたが、ソウの顔を見て通してくれた。


「あの門番、大丈夫なのか。」

「あぁ、元々村人でカイに母親を殺されている。違う名前を名乗り、自分たちに情報を提供しながら、カイを倒す時機を狙っている。そういうやつが、何人か潜んでいるんだ。」

「よし、この部屋だ。何か聞こえる。」


「アミの声だ。」

 

 ドア越しに聞こえる争うような物音を聞き、とっさに、2人は身体ごと何度もぶつけ、ドアを壊した。

 

 中で見た光景に息をのんだ。


「なんだこれは。ここはミドワルとは思えないな。カメラや、映像の機器か。なんでこんなものがあるんだ。それに、この宝石の量は。」

 

 アミは、長机の上で、ベルガに押さえつけられていた。抵抗したのか、体中に傷や痣が見えた。


「ソウ、なんだ、娘を救いに来たのか。あんたらには関係ないね。さっさとカイの元に行ったらどうだ。」

「カイの元へは行かない。娘を返せ。」

「マコトあれをだせ。」

 

 マコトは震える手で、ピストルをベルガに渡した。

 ベルガは銃口をソウに向けて言った。


「ソウ。大事な大事な、女王様が、会いたがってますよ。そっちからやって来てくれて、捜す手間が省けてあり難いことです。撃たれたくなかったら、諦めるんだな。」


「ふざけるな、妹を返せ!」

「お兄ちゃん!」

「この娘は、大事なカイ様のお供え物です。返すわけにはいかないですね。」

「タカ、手を出すな。仕方ない。使いたくなかったんだが。」

 

 ソウはサライから、限界と判断した時に、使用していいと渡されたものがあった。麻酔光線銃だ。相手の眼に照準を中て、目をくらませると同時に、眠らせるものだ。その銃は、所持と使用する資格を持った者が、起動させてから3時間だけ効力があるものだ。サライはソウが作動できるように設定をしていた。ベルガも持っている可能性もあったが、おそらく資格を与えていなかったのだろう。たとえ窃盗で所持したとしても、資格がないと作動させることは出来ない。ベルガ持っていたものは、ステラ界のピストルだった。

 

 ソウは麻酔光線銃を取り出したと同時に、ベルガの眼を撃った。


「なんで、お前がそれを持ってるんだ。」

 

 ベルガは、ウっと唸り、持っていたピストルを放り投げ、手で、両眼を覆った。もがきながら、徐々に力を失っていった。ソウは機材の影に隠れていたマコトに言った。


「お前は撃たない。だから、教えてくれ。何故この娘を連れ去った。」

 

 マコトは、恐る恐る出てきた。

「カイは永遠の命を得るために、真の王の魂を欲しいと言った。ベルガが捜していたが、夢の中に入り込めなくなって、捜すのが大変で、億劫になってきて、だから身代わりとして、誰でも良かった。」


「カイをお前らが裏で操ってるのか。」


「…。」


「まあ、いい。こんな事、もう長くは続かないからな。」

「タカ、行くぞ。」

 3人は裏の川を、門番が用意してくれた小船で渡り、馬を走らせた。

 

「サライ、銃を使ってしまったよ。」

「ソウさん、カッコよかった。ね、お兄ちゃん。」

「良く命中したな。」

「あれは、焦点が広くなってるから、だいたい、目のあたり狙ったら、両目に当るんだよ。」

「じゃ、俺でもできたかな。」

「お兄ちゃんは無理よ。震えてたじゃない。」

 

 アミは、サライとセラから、傷の手当を受けながら、屈託のない笑顔で、良くしゃべり、元気さを見せた。


 「でも、良かった。ベルデ、また狙って来るかもしれないから、娘のいる家は、一人にしないように、皆に伝えてくれ。」

「もう、周知に回ってもらっている。」

「さすがだな。ベルデは頼りになる。それでだ、城の全容が見えてきた。カイを裏で、操る奴らがいて、その操られたカイに操られている兵や役人たちがいる。裏を崩しても、司令塔を失った危機的な状況ほど、狂気めいた奴ってのは、燃え上がるんだよ。そこも踏まえてないと失敗する。真の王の即位に向けて、本格的に攻略計画を立てる。カイがどう出てくるか、常識で考える奴ではないから、気は抜けないな。ステラの状況確認してくる。」

 

 

「サライ、ミドワルの状況どうだ。」オーキの声で会議が始まった。


「はい、村の娘が、男に連れ去られたんですが、その時、ベルガを示すセンサーが反応したため、アントアイで追跡したところ、ベルガが娘を連れ去ったことが判明、アントアイの軌跡を追って、城内に侵入し、娘を救う事ができました。それで、すみません、1度だけ麻酔銃使いました。」


「正統な理由だ。それはいい。でれで、連れ去られた目的はなんだ。」


「身代わりです。真の女王となる者の魂を食べると、永遠の命が宿ると、その男たちに完全にコントロールされています。他の娘で、済まそうとしたみたいです。」


「ひどいな。それで、もう一人の男はわかったか?」


「はい、ベルガと一緒にいて、マコトと呼ばれてました。シンからの情報で、シンと同じ学校の教師の兄のようです。特徴も合致してます。」


「その男は何故、ミドワルにいるんだ。シンはわかるか。」


「はい、ミドワルは、宝石の宝庫で、手に入れては、ステラで換金していたようです。そのマコトという男ですが、私の同僚の石見るり子という教師の兄です。石見に聞いた話では、自分の先祖が城で宝石を盗み、エカルラートの妻子と一緒に、宝石を持ってステラへ逃げてきたとの話です。それで、ミドワルの存在を知り、何等かの拍子にミドワルとステラのクロスエリアを知ったのでしょう。金になる宝石で儲けを考えついたということです。」


「なるほど、ベルガは大罪だな。シャイルへ戻さなければならないが、今、いなくなると、カイが混乱し、返って危険か。マコトという男はどうするか。一度、村人と、ステラ界の関係者と、サライ、コハクとで、同じ場で話ができればいいが。ここで、話合っても、効率が悪いだけだ。ただ、界間を簡単に移動は出来ない。」


「そうですね。白石をミドワルへ行かせるのは危険すぎる。ステラ界で、集まるのはどう


「いや、シン、それでは、やはり効率が悪い。即位する日の直前にミドワルに結集させよう。現場での気候にも慣れないといけない。」


「しかし、危険では。」


「一番重要なのは現地の村人の協力だ。シャイルでまだ開発中だが、周りには見えない空間を作る。周囲の景色と同化し、物や人物を透過させるというものだ。急がせることにする。」

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