第17話  銀青と瑆生

「美彩都~こっち、こっち。」

 いつも、しとやかな智花が大きな声で、美彩都を呼んだ。


「智花って、そんな大きな声出るんだ。」

「そう?こんなもんよ。ほら、次、銀青の番。黄色いヘッドバンドしてるの見える?」

「あ、あそこね。すごいわね、こんな沢山の観客の中でするんだ。でも天気で良かったね。10月にしては暑いくらい。」

「そう、さっきまで、なんか怪しかったけど、晴れてきたのよ。観ているだけでも暑いわ。そうだ、美彩都よ、晴れ女だもん。修学旅行の時も、雨予報が晴れたじゃん。ここ数年、パルクール人口も増えて、若い子も多くて、その熱気もすごいから、余計暑いわ。」

 

智花は、流れる汗を首にかけたピンクのタオルで、拭きながら、弟の勇姿を眼で追った。

「そんなの、たまたまよ。あ、スタートしたわ。銀青君って小柄ね。わぁ、でもすごい、飛んだり、跳ねたり、どんだけくるくる回ってるの。ほんと忍者みたい。こっちが目が回りそう。」

「そう忍者みたいだけど、日本のレベルはまだまだなのよ。」

「銀青君頑張ってほしいわね。」


「あ、黄色の坊主、終わって、こっち来たわよ。」


「姉ちゃん、喉渇いたよ。」

 黄色坊主の銀青は、智花が手渡したスポーツドリンクを一気に飲み干し、ようやく、美彩都に気が付いた。

「あ、銀青です。」

「美彩都です。爽やかでいいね。夢の中で私を見たんだって?間違いなく私だった?」

「間違いないです。こんな美人間違えないって。」

「ありがとう。智花と違って、元気ね。で、私、何か言ってた?」

「言った、と言うより、力を下さいって、伝えてきたよ。」


「そう、そう、球、私からもらったでしょ。」

「もらったよ。美彩都さんの手の中で、大きい光った球がぐるぐるって回って、何個かの小さい球に変わって、青い球が自分の手に入ったんだ。自分の他にも何人かいて、違う色もらってた気がする。あと、美彩都さんの後ろになんか馬鹿デカい誰かいた。ぼやけてて良く分からなかったけど。」

「後ろ?それは気が付かなかった。あとは、全部、私が見た夢の通りだわ。銀青君の顔も。実物の方が良いけどね。」

「やった~サンキュー。でも同じ夢を見るって、なんだか怖いな。他の人たちも、同じ夢見てるのかな。」

「知ってる顔もあったし、聞いてみるわ。」

「でも、僕の何の力を貸せばいいの?。」

「さあ、私にも分からないわね。何か分かったら、連絡するね。」

「やだ、銀青ったら、ニヤついて。ほら、向こうで呼んでるよ。あとで美彩都の連絡先教えるから、さ、行った行った。」


「智花はいいなあ、弟がいて、私ひとりっ子だから、羨ましい。」

「何言ってるの、うるさくて、毎日喧嘩してるよ。それより、夢、どうなってんの?私もなんか怖いわ。学校の件もあるし。」

「そうだね。自分もよくわかんないのよ。」

 

 真田は黒川から連絡を受け、珈欄に来ていた。


「真田さん、家坂先生から、面白い情報が入ったわ。」

「何?城が分かったとか?」

「違うの。ほら、エカルラートって双子だったって言ってたでしょ。その片割れの子孫を調べてたみたい。」

「なんで、また。歴史学者だからなのか。あの話から、そんな風に興味がわく?」

「違うわよ。赤毛の子がいることを言ったら、たまたま仕事関係で知り合ったフランス人から、知ってる子にいるよって。あの日記の話を思い出して、エカルラートの血縁の可能性あるかもって、色々と聞いたらしいのよ。そしたら、フランス王族の子孫だっていうじゃない。すごいでしょ。さすが、先生。」

「でも、赤毛のフランス王族の子孫というだけじゃ、エカルラートが先祖である根拠にはならないだろ。当時は赤毛の子は産まれてない事になってたから、記録もないだろうし。」

「そう、だから、もっと調べたみたいなの。家系図にはもちろん載ってなくて、赤毛も他の人種が入ってるかもしれないしね。それで、その人の祖母にも話を聞いたらしいの。そしたらピンポーン!100年以上も前に、赤毛の子が生まれてすぐ亡くなったって、双子だったって話もあったような気がするなんて言うじゃない。曖昧な記憶なんだけど、当時から、この話は他言無用というルールが暗黙の了解として伝わっている。ってことでしょうね。そうダメって言われると人って話たくなるもんよね。だから、記録に残ってないけど、言い伝えとして残っている。」

 

 意気揚々として話す黒川とは反対に「なるほどね。でも子孫が分かったところで、なんかある?」と冷めた口調で真田が言った。

「もう、やだ、それ言っちゃうとダメよ。この歴史ロマンが分からないの?というか、まだ続きがあるの。赤毛の子、その知り合った人の友達の息子さんなんだけど、なんと、なんと、東華大学にいるのよ。」

「ほう、それは、すごいね。その息子さんとは会ったの?」

「まだよ。映像の研究しているみたい。今度、捜してみようと思う。息子さんに美彩都ちゃんの話してみても良い?」

「美彩都ちゃんに了解得てからでないと。おっと、中新先生から、メール来てる。また、ここで、明日の土曜、20時に話するって。この時に聞いてみらいいと思う。」

「ナイス、タイミングね。了解。」

 

 

 中新は、各々、勝手に話合っている声々を収めた。


「では会議始めます。今日は、蒼真さんのお兄さん、洋一郎さんを呼んであります。少し遅れるそうなので、先に始めましょう。このところ、白石の体調は落ち着いてるかなと思うが、どうだ?」

「先生、大丈夫だよ。元気、元気。」

「それは、良かった。どうしようかな。真田さんはなんか、新たな情報はないか?」


「黒川さん、家坂先生からの情報、言ったら?」


「うん、そうね。実はね、この前、家坂先生から連絡があって、仕事関係で赤毛の人と知り合って、気になって色々と聞き訪ねた結果、双子で生まれたエカルラートの片割れの方の子孫が、なんと、私が今在籍している、東華大学にいることが分かったの。その子も赤毛で男性なの。」

「すごいとこ、掘り下げたね。で、その人と会ったの?」俊樹は感心したように興味を示した。

「まだなのよ、美彩都ちゃんと遠い親戚になるかもしれないでしょ。美彩都ちゃんのこの話をしてもいいかどうか聞いてからにしたくて。」


「私はいいわよ。すっごい興味あるし。」


「なるほどね、自分も興味はあるけど、あまり多くを巻き込みたくないな。それとなく接触してみてからでもいいかな。どんな印象か、また教えてほしい。承知のことと思うが、関係者以外はこの話は信じる信じない問わず、他言しないようお願いする。それでいいか、白石。」

 

中新は、慎重さを皆に求めた。

「わかった。そうね、迷惑はかけたくないもんね。」美彩都は、珍しく素直に応じた。


「それでは、私から。ミドワルでの様子がだいぶ見えてきた。神田蒼真と接触できたという報告を受けている。」

 

 蒼真との接触情報に、皆がざわついていると、遅れていた洋一郎が入ってきた。その風格ある容姿は、場の空気感を一変させるには十分であった。


「みなさん、ご無沙汰しております。蒼真のためにご尽力していただいてありがとうございます。真田からは、ちょくちょく、情報は入れてもらってます。常識では理解できない事ばかりですが、これが真実なのでしょう。」洋一郎の落ち着いた重厚感ある声が静かに低く流れた。


 改めまして、神田蒼真の状況から…。」

 中新は、ミドワルでの、神田蒼真と接触した経緯、神田が話した内容、セラとの関係、カイ女王の非情な行動、ペストの感染が確認されている事、を説明した。


「お父さん、そんなひどいところにいるんだ。」

「それで、手品師はこの世界の者なのか。」真田が聞いた。

「おそらく。蒼真さんが、同じ匂いを感じたと言ってたらしい。あと、頬の大きめのホクロと、どっちか分からないが、手の甲に傷のあとがあるらしい。手品を趣味としてやってるというより、かなり上級者ではないかと。」


「ちょっと待って。その人の歳は分かりますか?」石見はゆっくり手を挙げた。


「確か、いつも顔を隠すような衣をまとっていたるので、ハッキリとは分からないが、隙間から見える皮膚感から、蒼真さんより、少し上かもと言ってたな。」


「中新先生、もしかして、いや、違うかもしれないけど、私の兄かもしれない。」

 石見の思いもよらぬ言葉に、皆、顔を見合わせた。


「どうして、そう思う。」


「兄とはここ4.5年会ってないの。連絡なかなか取れなくて。1年くらいはよくある事なんだけど、こんなに長いのは今までなかったから、失踪届出そうか迷ってたところに、2年前だったかな、一度だけ、連絡がきて、ちょっと遠いところにいるが、心配しないでと。お金も送ってきたのよ。手品はよく施設とか、イベントとかで披露してた。プロのマジシャン目指してることもあったくらい。右頬のホクロあるし、小さい時、一緒に遊んでたら木が倒れてきて、自分の手で頭をかばった時、左手の甲に、折れた枝が刺さった事があったわ。傷の痕は大人になっても消えてない。」


「名は何と言う。他の何か特徴はあるか。」


「石見まことと言います。声は低くて、響く感じ。あとは、細身で身長は175cmくらい。それと、的外れな情報かもしれないけど、映像関係の仕事をしてる。あと宝石が好きというか、お金になるとかで、海外行って、手に入れたとかで、換金してた。宝石…そう、宝石。」と急に石見が立ち上がった。


「あぁぁ、思い出した!私も同じ写真持ってたって言ってたでしょ。私の曾祖母が写っていたんだけど、仕えてた王族の宝石を盗んで、エカルラートの妻子と一緒にこの世界に逃げてきたって。それで、それを知った兄が、その宝石が残ってないか、家中探してた事がある。だからミドワル界に行ったのは宝石をたくさん手に入れるためよ。きっと。」


「可能性はあるな。ミドワルでは、ステラでは貴重な宝石が豊富に採れている事は確かだ。お兄さんのその特徴確認してみるよ。」


「ちょっと、良いかな。すごい話になってるが、蒼真から頼まれてた物がある。この一連の宇宙的革命の枢要な意味を持つのではないかと。」

 

洋一郎は美彩都に小さな箱を渡した。


「何?」

「開けてみて。」


「えっ、うそ、私のと同じ石が入ってるよ。これってお父さんが持ってたんじゃないの?」


「蒼真が、私に託した物だ。美彩都が18歳になる頃に渡してくれと。その後すぐ行方分からなくなって、こうなる事を分かっていたんだな。ちょっと早い気がしたけど、夢を見たんだよ。夢の中で、美彩都から力をくれって言われた。変な話だが、今渡す時が来たのかと思ってね。」

「そうだったんだ。洋一郎おじさん、ありがとう。あの、その夢、私も見たの。同じ夢。実は、智花の弟さんも。この前の日曜日、その弟さんに会って、本人の口からきいたわ。」


「えっ」

 

 中新と石見も同じ夢を見たと。その背後に、エカルラートの姿があったと。

「何人も、同じ夢を見るなんて、やっぱり、この夢、意味があるのよ。なんか、私ね、体調悪かったじゃない?この夢見てから、身体が熱いというか、力が出ると言うか、なんか違うのよ。気持ちがムキムキマンになった感じ。例えが下手だけど、そんな感じ。」

 

 美彩都は、そう言いながら、洋一郎から渡された石と、持っていた石をテーブルの上に並べていた。

「大きさ違うのね。形も微妙に違うし。あ、ねえ、みんな、この石赤くなってきたよ。」

「やっぱり、美彩都が持つと変化する、ってことは、真の王伝説が真実だったことを裏付けたことになるのか。」

 俊樹の言葉に否定する者は誰もいなかった。

 

 美彩都は、ふたつの石を手に取り「いよいよ、なのかな。その時が近づいてるんだね。」と、つぶやいた。

 

 今日子は、取り乱すこともなかったが、じっと下を向き、一言も発せず、俊樹の側で耐えているようだった。

 

 よし、あとは、シャイル界の者が特定出来たら、本格的に計画を立てる。

「美彩都ちゃん、その夢は、何人出てきたんだ。」

「全部で七人よ。夢の中で数えてた。」

「あと、三人か…。」

 

「あの~ここに、相川瑆生るいさんっていますか?」


「瑆生なら、食堂だよ。」

「ありがとうございます。」

「あ、いたぁ、赤毛はやっぱり目立つね。一人で食べてるわ。こんにちは。失礼ですが、相川瑆生さんですか?」

「そうだけど、あんた誰?」

「私は、黒川景湖、人文学部、西洋史専攻しています。あの、あなたのお母さんから聞いてませんか?フランスの歴史学者の家坂先生から、あなたの事聞いてきたんですが。」

「あぁ、そういえば、なんか言ってたな。で、なんか用か?」

「私の友達も赤毛なの。遺伝的なことなのか、興味があって。」

「ふーん、遺伝って言っても、何代も前に赤毛がいたって聞いただけだけど。」

「学部は?」

「芸術学部の映像デザイン学科。」

「映画とか?」

「映画もそうだけど、プロジェクションマッピングとか。映像に関するプロを目指してる。」

「見た目、ロッカーだけど。でも赤毛に緑のシャツって、黄色あったら、信号ね。」

「信号で悪かったね。」

「わっ、黄色い熊のストラップ…。」

「マジですか。それはそうと、相川さんはハーフ、だよね。」

「そう、知ってんじゃなかったの?母親がフランス、父が日本人。」

「ありがと。一応聞いた。自分で確かめないと気が済まない性格なんで。じゃっ、また、類さんを探すと思うから、よろしくね。」

「なんだ、急にきて、聞くだけ聞いて、勝手な奴だな。」


「ありがとうございます。では、また。」と言ったあと、大きな溜め息とともに、黒川は、今にも飛び出しそうな『美沙都』を押し込めた。

 

 数日後、今度は相川が黒川を探していた。


「黒川さん、学部の場所が分からなくて、だいぶ探したよ。また探してくれるって言ってたから、食堂で待ってたのに、来ないから。」

「あら、今日は信号じゃないのね。で、どうしたの?」

「赤毛の子がいるって言ってただろ。その子の事聞きたい。」

「いいわよ。シンパシーでも感じた?」

「そうかもね。俺の夢の中に赤毛の女の子が出てきたんだ。毎日出てきて、しつこくて。この前言ってた子となんか関係あるかもと思ったんだ。」

「どうしようかな…。」

「何、もったいぶって。気になるから、早く言ってくれ。」

「その夢の中で、何かもらった?」

「何だっけなぁ、あぁ、赤い小さいボールだったと思う。でも、なんで分かるんだ。他人の夢の事だぞ。」

「まあ、まあ、やっぱりね。じゃあ、話してもいいかな。その子の顔覚えてる?」

「何回も見てるし、分かるよ。」

 黒川は写真を見せた。


「あぁぁ、この子だ。なんで、なんで!ちょっとビビる。」


「この子は白石美彩都ちゃんって言うんだけど、あなたと遠い親戚になるのかな。話ややこしくなるから、今度話す。今ね、一大プロジェクトの計画が進行中なの。珈蘭会議、喫茶店の名前ね。適宜してるから参加してほしいな。次回の開催分かったら、また連絡するね。」

「わかった。でも衝撃食ったよ。そこ行けば、もっとわかるんだな。」

「そう、もっと衝撃受けるかもね。期待してて。」


「なんか、行きたいような、行きたくないような…。」

 

 

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