第12話  ミドワル界(中世の国)

 サライとコハクは、村人の青年、ベルデとその母親の元を訪れていた。

 同じ村民として、普段から交流はあるが、父親を継いで村長をしており、ベルデは市民革命を起こそうとしている中心メンバーだったことから、真の王の即位に関して、協力を依頼するために、話し合いに来たのだ。

 

「ベルデはもう少ししたら帰ってくるよ。そこに座って待ってて。ジンが今朝亡くなったんだよ。奥さんとまだ小さい娘残してね。」

 母親のサチがそう言って、サライとコハクを、家の中に入れてくれた。二人は軋む音をたてながら、板の間に座った。


「あのジンさんが…。そうでしたか。いつだったか、娘さんが怪我をしてコハクに手当してもらったことがあったな。この前も確か、誰か亡くなってるね。その人はだいぶ衰弱してたようだから、ジンさんも、その口か。」

「いや、ようわからんが、それだけではなさそうだったね。ベルデが来たら聞いてくれ。このままじゃ皆死んでしまうよ。女王だか何だか知らないが、ひどいもんだよ。飢えだけで、こんなに人は死なん。」


「なんだか、不気味だな。」

 

「やあ、来てたのか。」

 ベルデが帰ってきた。浅黒く、筋肉質でがっちりした体格だ。村人たちからは、頼りにされている反面、慎重すぎると不満を言うものもいた。


「今、ジンが亡くなったって聞いた。衰弱死なのか。」

「いや、だいぶ衰弱はしていたが、最近だるいと言ってたかと思ったら、何日か前から、高熱が出て、今朝、死んだよ。」

「家族は?」

「奥さんとクミちゃんという娘がいる。クミちゃんは疲れたのか、寝込んでた。うつってなければいいが。あ、うつる病かもしれないと噂はあったから。自分も布を顔に巻いて行って、ジンには触れないようにした。コハクが原因の分からない病気は注意してって良く言ってたからね。」

「確かに感染症かもしれんな。ベルデ、このままでは、蔓延する。ほとんどが、衰弱しているこの村だと全滅するぞ。」

 

「コハク、キット持ってるよな。」

「3人分ならあります。」

「なんだ、そのキットって。」

 薬草で身体を拭きながら、ベルデが言った。

「その前に話さないといけない事があって、今日はそのために来たんだ。それを話してから説明する。」

「二人揃ってくるのは、珍しいと思ったよ。」

 

「はは、確かにそうだな。いや、話と言うのは、ほら、石像の眼が光ったって騒ぎになってるだろ。」

「ああ、この前から大騒ぎだな。カイもそうだが、今までもひどかった。真の王伝説が本物なら、早く誰かに代替わりして欲しいと、みんな願っている。」


「それでだ、その真の王の可能性のある人物が見つかった。」

「ほんとか?でも条件があるって聞いたことがあるが、それは大丈夫なのか?」

「そうなんだ。条件の一つに身体に紋章の記しがあるものとされている。その者にも記しがある。あとは、三種の神器だが、紋章を象った石が揃っていないんだ。石は3つに割れて、その石の欠片のうちの1つを、その者は持っているらしい。今、確認中だ。」

「あと2つは?」

「一つは王冠に組み込まれている。もう1つは誰かが持っている。それが、誰かはわからない。情報がな、まだ不明瞭というか。確実でないから、どう戦略を立てていいか。でも、石像の眼が光ったという事は、石は消えてはいないという事だ。どこかに存在する。」

「もう1つの石が見つかれば、即位できるのだな。それで、記しを持った者はどこにいるんだ。」

「それなんだが、もうすぐ18歳になる女性だ。この国というか、この世界にはいない。」

「からかってるのか?どういう事だ。意味がわからん。」

「この説明が一番難解なんだが。そうだな、まあ、ここでは星もほとんど見えないが、夜空に見える星も含めた空間、その宇宙を1つの世界として、他にも、いくつもの世界があり、そのいくつもの世界のうちの1つの世界にいる。こことは別の世界にいるという事だ。」

 

「よくわからん話だ。サライもコハクも、この村に来て5年ほどになるが、真面目だし、知識もある。村人たちの信頼も厚い。本当によくやってるよ。だが、今の話は、信じられん。時々、その知識が、自分たちとは何かか違うと感じることがある。真の王の事もやけに詳しい。おまえらはいったい何者なんだ?」

 

「ベルデ、じゃあ、これを見てもらおう。」

 サライは掌に小さな黒い粒を載せた。

「これは、『アント・アイ』と言うんだ。それとこれ。」

 コハクが掌サイズの黒い箱を出した。

「なんだこれ。見たこともないものだな。」

「このアント・アイは、地を這うのはもちろん、空を飛ぶこともできる。眼で追うのは無理な小ささだ。機械の眼があって、空から、あるいは、どんな細い場所も見る事ができる。それをこの箱が映し出すことが、出来るんだ。」

「魔法か?」

「いや、魔法ではない。ちゃんと仕組みがある。自分たちの世界、シャイル界と言うが、そこでは、こういうものが、たくさん発明されている。未来から来たわけでもないが、それと似た感覚と言った方が、しっくりくるかもしれない。」

「恐ろしいことだ。益々、信用できん。」

「まあまあ、もう少し見てみて。実際に、これ飛ばしてみるから。」

 

 外へ出たサライらは、箱を開け、操作を始めた。飛ばしたアント・アイは、あっという間に、見えなくなった。箱から上部に投影された、画像が映し出したものは、この村の上空から見た映像だった。右下には、どこを飛んでいるか地図が示されている。飛んだ瞬間に半径100kmの地形を情報として得ることができるのである。

 アント・アイは、ミドワル界や、ステラ界の情報を取り込むために、開発されたばかりであった。

「よし、うまくいったな。画像も鮮明だ。強い風には弱いが、これで城の上空と、城内を探る事ができる。」

 

「すまん、まだ、信じられん。信じられないが、今のこの恐怖でしかないカイ王政を何とかしたいのもある。サライもコハクも信用している。ただ、村人の納得を得らるかどうかだ。自分も半信半疑なところもあるし。」

「それは、十分承知している。これらの自分たちの行動で、判断してくれてかまわない。それでだ、さっき言ってたキットと言うのは、痰や、血液を調べる事で、病気が分かるんだ。その検体を採る道具の事だ。それを、シャイルに持ち帰って調べる。病気に聞く薬も持ってくる。」

「わかった。それで、死人が減るなら。その結果で信用しよう。で、真の王は誰なんだ。」

「あ、そうだった。その者はシャイル界ではなくて、ステラ界と呼んでいる世界だ。もうすぐ18歳になる女性だ。100年ほど前に一度赤毛の王が即位したことがあったと思うが、その子孫という事になるようだ。」

「あぁ、確かにあった。自分の親から聞いた話になるが、その親の、またその上の親の世代の話で、あの頃は何もかも良かった。遠い国の大規模な噴火で、火山灰が降り続いて陽が当たらず、作物も取れない、病気も流行り、治安も悪かったが、その王が即位すると、すべてが変わったって言っていた。真の王伝説だ。だが、30年ほどで、王が亡くなると、元々の王族の血族の王政が復活した。真の王の妻と子供はいたが、命を狙われ、他の国へ逃れたと聞いている。あくまでも噂だが。」

「その妻子が逃れたのがステラ界という事かもしれん。そうなると、話の辻褄が合ってくるな。」

「そしたら、カイ女王の退位を急がないと、この子に何をするか分からないぞ。」

「そうだ。それで、協力の依頼にきた。」

 

「そういう事か。ただ、実は、今のカイ女王は、元々の王族の血族ではない。魔女教育を受けていて、魔術で周囲を支配しているんだ。」

「そうなのか?それは知らなかった。魔術師を雇っているんではなかったのか。女王自身が魔女なのか?これまでの王史から見れば、魔女が王なんて、あり得ないが。」

「自分も最近までは分からなかったよ。何しろ、顔なんて見せないからわからない。この前、この辺を馬で通った一団がいたんだ。何やら、ざわついていたんで、外の様子を見に出たら、その中に、知ってる顔があったんだよ。会話から、女王だと知った。何しに来たかわからないが、よく見たら近所に住んでた、ハナだったんだ。妹のセラも一緒だったから、間違いない。ちょうどサライたちが来る頃だな。入れ替わるように、5年ほど前まで、この村に居たんだが、いつの頃か、母親と妹も姿を見なくなった。カイは元々の女王の名前だから、乗っ取ったという事になるな。本物のカイはどうなったのかは分からない。」

 

聴いていたサチが話に加わった。

「あの子はね、昔はあんな子じゃなかったんだよ。親思いでね。セラちゃんとも仲良かったんだけど。父親が亡くなった時から、変わったね。女王に対しての反感がひどく強くなった。ハナとセラの家系は、昔、魔女狩りが横行していた時代の生き残りの子孫なんだよ。魔女経典の元、魔女教育を受けて育った。だから、魔女狩りの歴史も教えられてたと思うよ。それに村人の中には、魔女だと言っては、あの一家をいじめていた人もいたからね。そういう日頃の辛い思いが、自分の先祖が理不尽な理由で殺されたという怒りをずっと根底に消さずに残したんだと思う。」

「父親が亡くなったのは、何かあった?」

「この天候で、作物も不作で、王に収めるものがなかったんだ。それで、ハナの父親が直談判に行ったんだ。そしたら亡骸で帰ってきてね。使いの者は、急に倒れて、そのまま亡くなったと言っていたが、明らかに、身体にはたくさんの痣があった。殺されたんだよ。あれは。その事があってから、ハナ達は家にこもって、何やら呪文なのか、何かやってたよ。そしていつの間にか、いなくなったと思ったら、この前、この村に現れた。という事なんだがね。どうしちゃったんだろうね。」

 

「そうか、魔女狩りか。確かに、あの時代は、天災や病気の流行さえも魔女の仕業とされたからな。ひどい拷問だったと聞いている。怒りの根は深そうだな。」


「今はハナではなく、本当に悪魔のようなカイだ。そう簡単には倒せない。自分たちもカイ打倒に向けて、一波乱企てていたところだ。仲間は血の気の多い奴ばかりだが、正義感は強い。サライ、カイを倒せるのなら、なんでも協力するよ。」

 

サライらは、ベルデの言葉を頼もしく思った。


「そうだな。とにかく、ベルデの仲間に、今話したこと説明してほしい。それと、ジンのような症状を持った人も、探し出しておいてくれ。どういう作戦で行くか。みんなで考えよう。」

「わかった。ただ、今の話、信じてくれる人がどれだけいるかどうか、それこそ、魔女まがいのものだと思われてしまうぞ。」

「そこは、ベルデ、上手く説明してくれ。そうだな、クミちゃんが、無事、治れば信じてくれると思うよ。」

 

 

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