第11話 石のお守り

「石見先生、誰も…いないですね。白石の事で、ちょっと聞きたいことがあるんだが。」


「あら、中新先生。最近の体調の事?」

「それもあるが、白石の石の事だ。」

「あ~、この前の制服から出てきた石?先生、知ってたんだ。それがどうかしましたか?」

「あの石、石見先生だろ、制服に入れたの?」

「どうして、そうなるのよ?」

「それを聞きたいと思って来た。」

 

 石見の表情が変わった。


「中新先生?あなたって何なの?」

「こっちが聞きたい。ここでは話せない。『珈蘭』という喫茶店知っているか?そこで話す。」

「たぶん分かると思う。分かったわ、今日でいい?仕事終わってから。」

「じゃあ、8時でいいか?」

 

 石見が先に、珈蘭の扉を開けた。

「いらっしゃい。中新先生と待ち合わせですね?」河合が声をかけた。

 河合は石見が入った後、ドアのOPENのプレートをCLOSEに裏返した。

「そうです。素敵な喫茶店ですね。中新先生とはお知り合いなんですか?」

「そうですね、わりと古い友人ですね。珈琲でいいですか?」

「あ、お願いします。」

 

 河合はユリの花の柄と緋色の信楽焼の珈琲カップを準備した。間もなく、珈琲の良い薫りが漂ってきたところへ、中新が入ってきた。石見の向かいに座った中新は、「河合、すまん、遅くに。」と声をかけた。

「いいえ、良いですよ。」

 

 中新は、珈琲を運んできた河合にも促し、自分の隣に座ってもらった。

「え、マスターも?」

 状況が呑み込めない石見の表情を受けて、中新が口火を切った。

「そう、一緒に聞いてもらいたい。単刀直入に聞く。石の存在を何故、知っていたのか?」

「先に、先生がなんで、こんな事を聞くのか、聞きたいわ。」

「ややこしい話になる。石見先生の方から、聞いた方が、話が通りやすい。」

「なんか嫌だけど…、分かった。あの石はね、十七年前に、美彩都さんの本当のお父さんね、神田蒼真さんと一緒にフランスへ行ったの。その時にフランス人から、もらったのよ。」

「あれ、手帳には確か、一緒に行ったの美崎るり子って。」

「そういえば、蒼真さん、手帳持ってたわね。先生、それ、私よ。今日子さんも知ってる。自分の親の離婚で、母親姓になって今は石見姓なの。でも手帳の事も知っているなんて。どういう事なの?」

「なるほど。そういう事か。で、フランスへ行った目的は?」

「長くなるけど、良い?」

「話して。」

 

 石見は十七年前、自分が持っていた写真と似ている写真を蒼真も持っていたことが分かり、二人で写真の場所を探そうと、写真裏の住所を辿りフランスへ行ったこと、フランスでアリシアから聞いた日記の話も含め、すべてを話した。


「そういう事か。で、その石を何故、白石の制服に入れた?」

 

 しばらく、沈黙の後、石見は重い口を開いた。

「実は、蒼真がね、1週間前だったかな。夜、家に来たのよ。悲鳴上げそうになったわよ。自分は蒼真だって言ってたけど、だって髭もじゃで、すごい恰好をしてたのよ。ボロボロで、足元の裾が引きずりそうなくらいの長いスカートみたいな服を何重にも着込んでた。よく職質もされないで、来れたなって思ったくらい。でも、声とか、話し方で、蒼真だって思ったわ。急いで男性用の服買ってきて、強制的にお風呂入れたわよ。信じられなかったけど、蒼真、異世界へ行ってたって。私が白石家と交流があるかとか、現在の白石さんの家族の事を聞いてきたわ。俊樹さんと、幸せに暮らしていることがわかると、ホっとしてたようだったけど、『美彩都に、必ず何か起こるから、石のお守りを身体から離さないように言ってって』その日の内に帰ったわ。中新先生、こんな話、信じてくれるの?」

「信じるも何も、自分には、その世界を管理している任務がある。」

「中新先生、大丈夫?意味が分からないんだけど。」

「そうだよな。普通はそうだ。多元宇宙って聞いたことあるか。パラレルワールド。」 


「言葉くらいは…でも、まさか…。」                       


「その…まさかだ。神田蒼真が行った世界がそうだ。これまで、行方不明というワードだけだったが、自分が知っている情報と、今聞いた話から、神田が異世界へ行ったことは間違いない。どういう経緯で行ったのかは分からないが、その世界は、中世のフランスから分岐した世界で、ミドワル界と呼んでいる。自分のいるこの世界はステラ界。文明の発達した世界をシャイル界と呼んでいる。シャイルでは、調整員を駐在させ、他の宇宙界の秩序を監視、必要時介入し、調整を図っている。その調整員の任務を自分が担っている。佐藤千草も自分の補助として、シャイルから来たものだ。今、そのミドワル界の真の王が誕生したと、騒動が起きているんだが、白石美彩都がその真の王かもしれない。ということだ。」

 中新は、真の王伝説など、これまでの情報を伝えた。


「佐藤さんも?ごめん、大混乱中。じゃあ…もしかして写真の景色は……異世界?で撮ったということ?石は欠けている石の1つだったという事?2つもらったから、もう一つは蒼真が持っている…」

「そういう事かもしれん。話がつながってきたな。」

 

 中新は、十七年前と同じように、写真から神田蒼真の行方を調べ始めた真田たちの事も話した。


「白石さんたちは、異世界云々の事は知っているの?」

「いや、伝えてない。今、石見先生が言ってくれたことと同じ事を、これから行くフランスで聞くだろう。手帳にパラレルの事が書かれているというが、まさか、現実に異世界が絡んでることなんて、誰も思わないだろう。近いうちに、関係している者たちには、知らせる必要があると思っている。白石を守らなくてはいけないからだ。」

「でも、何故、白石さんが狙われなきゃいけないの?そのまま、即位っていうの、なればいいんじゃない?」

「簡単に言うと、今の女王は、独裁で、王位を奪おうとするものは許さない。魔力があるとされているから、どんな手を使っても、自分の王位を守ろうとする。」

「よくわかんないんだけど、魔力?魔女?この時代に?その世界はフランス中世か。だったら、管理してる世界って、文明が発達してるんでしょ?何とかならないの?」

「やつらは、人の意識の中まで入り込んで、コントロールする。シャイルでは、魔術、呪術師は古代からあるが、その時代の社会情勢と災害、宗教が絡み合って、人の不安や恐怖が産んだ産物だと考えている。魔法のような技術が本当にあったことは否定しているから、もし、そういう魔力というものがあっら、どうしようもないな。こっちはこっちのやり方で行くよ。シャイル界は、大きな戦争の経験がないため、ステラに比べ、戦闘を意識した分野は弱い。だから、界を跨いだ、チームが必要だと思っている。」


「わかった。いや、全然わかんないけど、私はどうすればいいの?」

「神田蒼真が言っていた通り、白石に石を常に身に着けさせる事だ。あと、学校に何か仕掛けてくる可能性がある。」

「何を仕掛けてくるのよ。どう太刀打ちするの?」

「敵は、おそらく、神田の意識を使って、白石美彩都の所在を絞ってきている。意識はいわば、GPSだ。だから、身内ではなく、石の存在を知る君に接触してきた。神田と接触したという石見先生に残っている何らかの痕跡を利用し、あぶりだそうとしているのではないかと考えている。同一の世界にいるわけではないから、確実ではないだろうが。もし、向こうの世界に引きずりこまれた、圧倒的に不利な状況になる。」

「よくわかんないけど、何か、変化を感じたら、すぐ報告するわ。」

 


「智花の様子がおかしくない?」

 千草が廊下にいた美彩都に声をかけた。

「そうなのよ。話しかけても、あまり喋らないし。眼が死んでるというか、活気がないみたい。私、智花に何か嫌な事をしたかと思った。千草にもそうなんだ。」

「そうなのよ。石見先生に、ちょっと相談してみるわ。」

 

「確かに、様子がおかしいわね。熱があるとか、顔色が悪いとかないけど、目つきがいつもと違うわね。」

 石見は、美彩都の耳元で「この前の石持ってる?」と聞いた。

「お守りだもん、持ってるよ。」

「お守り、離さないようにね。下着の中にでも入れておいて。あなたを守ってくれるから。」

「なんで?どうして?」

「どうしても。智花さんには、石の事話しちゃだめよ。」

 美彩都は、石見の真剣な表情に、良くわからないまま従った。


「千草、なんか知ってるの?」

「うん。でも、ここでは、話せない。今日、美彩都んち行っていい?」

「いいよ。」

 

 石見が木下智花を保健室へ連れて行こうと教室から出た時、智花は肩に添えた石見の手を振り払い、美彩都の方へ真っすぐ向かって行った。


「白石さん、避けて!」

 

 石見の言葉にも、美彩都の身体は金縛りにかかったようにその場から動けずにいた。そして、智花の手が廊下にいた美彩都に接触した瞬間、智花の身体が大きく後方へ跳ねるように飛んだ。とっさに、その手をかわすことができた美彩都の身体も、後方に床を3mほど滑っっていった。一瞬の無音の後、生徒たちの悲鳴とともに一気に騒めいた。


 智花が意識を失い、眼球が上転、けいれん発作を起こしたのだ。

 

 石見が同乗し、救急搬送された智花は、病院で意識を取り戻した。石見が智花に聞いたところ、学校に登校した時から記憶がなかったという。両親と智花の弟の銀青ぎんせいが駆け付けた。


「あんたが、先生か、姉ちゃんは、誰にやられたんだ。」

 

 いかにも勝気な顔貌の銀青は、石見に詰め寄った。石見は、一瞬身を引きながらも丁寧に、銀青と両親に学校での経過を話した。その後、医師からの説明を聞いた両親が言うには、けいれん発作も初めてで、最近も別段変わった様子はなったとのことであったが、頭部を打っており、しばらく経過観察と検査のため入院となったとのことであった。

 

 医師の説明もあって、銀青は納得した様子で、「先生、さっきはすみませんでした!」と帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。

「いいのよ、どっちが悪いわけではないですし。」

「あの、相手の人は大丈夫だったんですか?」

「ケガはなかったけど、智花さんの事心配してたわ。いつも、お昼一緒に食べるくらい仲良くしてたから。」

「良かった。」

「また、姉の事、よろしくお願いします。」

「しっかりした弟さんね。」

「いや、やんちゃで、じっとしてなくて、頑固で、いつも飛んで回ってますよ。ケガばっかりで。心配で。」

「飛んで回ってるのは、パルクールしてるからだよ。ケガのうちには入らないよ。」

 銀青は母の言葉に自己弁護した。

「智花さんが、早く良くなって学校に来てくれるの、みんなで待ってるわ。」

 

 千草は、学校から、そのまま美彩都の家に来ていた。病院での智花の様子を石見から連絡を受け、ホッとしていた。


「美彩都は、大丈夫そうね。」

「うん、智花に触れられた時、この石が熱くなったの。やっぱり、守られてると思う。でもなんで、石見先生が、この石がお守りだって知ってるの?」

「それはね、この石って美彩都のお父さんがフランスのお土産だって言ってたんでしょ。石見先生、一緒に行ってたのよ。だから、石の存在を知ってるの。」

「えっ、だって、手帳見たけど、一緒に行ったの違う人だったよ。」

「石見先生の両親が離婚して、母方の苗字になったという事。」

「でもなんで、石見先生と。ママ、知ってるのかな。」

「知ってるみたいよ。美彩都のお母さんと、看護学校の時の同級生なんだって。」

「ママ、何にも言ってくれなかった。」

「お母さんとしては、良い気持ちじゃなかっただろうし、あまり、言いたくないんじゃない?」


「その事もそうだけど、智花の今日の怖い感じ、石見先生が、すごい表情だった。なんか、私の知らないところで、何が、起きてるの?なんで、石見先生とか、千草が、私の知らない事を知ってるの?ちょっと腹立つ。」


「そうだよね。ごめんね、美彩都。ね、今度、フランスへ行くんでしょ?フランスから、帰ってきたら、今何が起こっているか分かると思う。その方が、説明もできる。とにかく、その石を離さずに持っていて。ごめん。今はそれしか言えない。」


「このお守り、お父さん…何か関係あるのかな。」

 

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