第10話  十七年前  ー写真の謎を追ってー

 十七年前、神田蒼真は、美崎るり子という女性と一緒にいた。

 

 美崎は、友人の今日子を通して、蒼真と知り合っていた。ある日、美崎の方から蒼真に、一枚の写真を見せた。

 

「この写真どう思う?」

 

「古い写真だね、この人たちは?」

 

「真ん中のが私の曾おばあちゃんだって。タイムスリップしたみたいでしょ。それも海外に。で、私が、見せたかったのは、この写真の裏に、ほら、この前見せてくれた、蒼真の頭の痣、同じだと思わない?これ、昔のフランスの紋章だって。」

 

「ほんとだ。確かに。へぇ、フランスの紋章なんだ。どこかで見た形だったけど、小さい頃からあるから、あまり気にしてなかった。」

 

 蒼真は、美崎が差しだした手鏡で、自分の額の前髪の生え際を指で触りながらそう言った。

 

「その写真、うちにも似たようなの見たことある。いつだったかな、親父が大事にしていたアルバムなんだけど、その写真に写っている人も、自分の曾おじいちゃんと曾おばあちゃんだって親父から聞いた記憶がある。すごい偉そうな感じだったの覚えているよ。その時はまだ小さい時だったから、ちゃんと見てなかったけど。なんとなく雰囲気が似てたと思う。写真のことなんて、今見せてもらうまで忘れてたよ。親父は、母ちゃんには内緒だからと言ってた。母はあまり自分にこれを見せたくなかったようだったな。」

 

「それ、ほんと?私ね、この写真が、ずっと気になってて、いつか、ここがどこなのか突き止めようと思ってたの。でも初めてだわ。この写真が本物として話ができるなんて。嘘っぽい写真だと誰も相手にしてもらえなかったんだもん。兄にも聞いたけど、写真には全く興味が無くて。ねぇ、蒼真、どう?この場所がどこか、一緒に探してみない?」

 

「まぁ、今まで、自分は変な夢をよく見てた。この写真を見て思い出したよ。この景色も夢なのか、現実なのか、見たことがあるんだ。それに、なんとも言えない感覚で、時々身体をもって行かれそうになる事もある。その事と写真が関係あるかわからないけど、気にはなるな。写真、探して持ってくるよ。」

 

 次の日、蒼真は実家の押し入れの奥にあるアルバムを見つけた。もちろん母には内緒である。 

 

 これだ。この写真。やっぱり、あの写真と似てる。見た夢も。あれ?家系図か?人の名前と住所も。これは初めて見るな。日本語じゃない。玄関の方で物音がして、慌ててアルバムとそのメモを、持ってきたカバンに押し込んだ。

 

「あら、来てたんかい。一人か?孫が生まれたというのに、顔も見せんで。」

 

「ごめん、母ちゃん。今日は、ちょっと、兄貴の歴史関係の本が見たくて。今度、美彩都、連れて来るよ。」

 

 とっさの判断で、アルバムの近くにあった言い訳用の本を取ったのは大正解だった。母は、孫の話になると長くなるのだ。

 

 この難関を突破した蒼真は、そのまま美崎と近くの公園のベンチで会った。

 

「わ、ほんとだ、すごい。写ってるものは違うけど。服の感じとか、建物の感じ、この写真と同じよ!」

 

 美崎は興奮気味に声を出した。

 

「サキちゃんは、お母さんから、この写真について何か聞いてないの?。」

 

「私の母はが言うには、曾おばあちゃんは元々のどこかの王族に仕えていたんだけど、宝石とか盗んじゃったのがバレて、取り上げられちゃったんだって。他にも隠しておいたものがあったみたいで、それをを持って逃げたのよ。処刑されちゃうからね。それで、人里離れた山奥まで逃げて、農民として暮らしていたみたい。協力者がいたって話よ。」

 

 美崎はまるで、見てきたかのように、そのストーリーを語った。

 

「それで、兄はね、興味ないって言いながら、その話聞いた途端、宝石には食いついて、まだ残ってないかって家中探してたわ。結局、見つからなかったけどね。」

 

「わかりやすいお兄さんだな。それにしてもサキちゃんの曾おばあちゃんは、とんでもない女性だったんだな。でも王族に仕えてたって、この写真とは合ってる話だけど、この場所がフランスとして、この時代背景が合ってない。曾おばあちゃんは、年代からすると、二十世紀前半だし、フランスの王政は、確か、十九世紀半ばまでだよ。サキちゃんの祖先は王族の仕えた後、農民だったってこと?」

 

「違うわよ。フランスにも、日本にも田畑なんてないもの。だから、ここが、どこなのかわからないのよ。写真には場所の情報が書いてないし。名前もわかんない。でも、蒼真のこれ家系図?それと写真の裏に住所が書いてあるじゃない。」

 

「そう、これね。」

 

「東京の住所と、フランス語かな、フランスの住所だと思う。」

 

「うそ、フランス語わかるの?」

 

「少しね、よく夢を見るって言っただろ?フランスの城っぽいのが出てくるんだよ。で、高校生の頃から、ちょっとづつ自己流だけど勉強してた。会話にはほど遠いけどな。」

 

「すごいじゃない。じゃあさ、その住所行ってみない?もちろんその東京から。」

 

 

 神田蒼真は、美崎るり子と一緒に、メモの住所を辿りながら東京のお茶の水駅の近くに来ていた。

 

「住所だとこの辺だけど、駐車場になってるわね。それにしても、さすがにお茶の水、学校が多いわ。でも、100年も前なんて、そのころの物なんて何にも無いでしょうね。もう一つ東京の住所あるけど、近いから、行ってみましょうよ。」

 

 美崎が足早に歩きだした。

 

「女性って、方向音痴って聞いたことあるけど、サキちゃんは大丈夫のようだね。」

 

「あら、女性らしくないって言いたいの?」

 

「そんなこと言ってないよ。」

 

 体力に自信のない蒼真は、美崎との距離が開くのも気にせず、マイペースで、歩いていくと、先に目的地に着いた自分を呼ぶ美崎の姿とともに、色鮮やかな3階建ての建物が目に入った。

 

「ねぇ、ねぇ、ここよ。きれいなオレンジの壁。『アリス・フラン』って書いてある。ここも学校かな。」

 

 美崎が、ちょうど、その建物から出てきた女性に尋ねたところ、古くからある、フランス語などの語学を教える専門学校らしい事がわかった。

 

「もし100年前にこの学校があったしても、その頃の事なんて、知っている人なんて、いないだろうな。ここが、どんな意味を示しているか不明だけど、ま、場所はわかったし。帰るか。」

 

 美崎は今一つやる気のない蒼真の声を遮った。

 

「もう、飽きてきたでしょ。ねぇ、喉渇かない?どっかでお茶してこ?」

 

「見透かされているみたいだな。わかった。君には負けるよ。」

 

 喫茶店に入った二人は、今後の事を話した。

 

「どうする?『フランス』ってワードまた出てきたわね。」

 

「そうだな。曽祖父母に何かしら、関係あるんだろうか。」

 

「やっぱり、フランス行きましょうよ。」

 

 美崎の予想通りの提案に、蒼真も同意したいところだが、今日子が素直にうんとは言わないだろう。美彩都が生れたばかりで、自分が遠出するのは得策ではないと思った。

 

「それは、少し考えさせてくれ。」

 

「わかったわ。ねぇ、話変わるけど、今日ちゃんには、ここ来ることは話してきたの?」

 

「いや、話してないよ。夢の話をしても、全く話に乗ってくれないし、あまり興味がないようだったから、写真の事も話してない。だから、今日も、友達と会う事だけ言って出てきた。」

 

「あら、大丈夫?私と一緒だとわかったら、なんか、誤解されそう。」

 

「その時はその時だ。」

 

 

 妻の今日子から許可が出た。というより、冷戦状態のあと、訳のわからない事を言う生き物に、半ば向こうが妥協した形となった。


 神田蒼真と美崎るり子は、南フランスにいた。前もって予約しておいた日本人が経営している、小さな民宿『フルール』の主人、花澤大和の迎えで、空港からホテルに着いた。

『フルール』は、空き家になっていた元々レストランだったところを、改築したものであると、車内で花澤が話してくれた。花澤には、前もって、訪ねたい住所を手紙で送っており、そこには、古くからの住人が変わらず住んでいるという返信も、すでにもらっていた。

 

「お疲れでしょう。遠いところから、ようこそ。お部屋は2部屋で良かったですね。」

 

「はい。お世話になります。」

 

 花沢の妻の奏絵かなえが玄関先まで、迎え出てくれた。慌ただしい日本にいた時よりも、これでも太ったのだと言う奏絵は、華奢な身体に似合わず、荷物を軽々と運んでくれた。

 

 蒼真の挨拶も終わりきらないうちに、美崎が高い声を上げた。

 

「わぁ、すごく素敵。いい雰囲気ね。」

 

 美崎は、案内された部屋に入り、荷物の整理をしながら、好奇心の塊をぶつけるかのように、美崎の矢継ぎ早の質問が始まった。

 

「この部屋、可愛い!日本の女性だったら、感動もんよ。日本の人って来ます?」

 

「あまり来ないですね。」

 

「そうなんだ。この民宿、ご夫婦でされてるんですよね。またどうして、日本の方が?」

 

「よく聞かれます。一度、二人で旅行で来た時に、ここの自然と、花であふれた歴史ある街並みが、すごく、気に入ってしまって。」

 

「すごい、勇気あるなぁ。」

 

「子供もいなかったもので、好きな事してるだけですよ。」

 

「好きだからって、出来るものではないわ。」

 

「ありがとうございます。さあさ、お食事も、用意出来てますので、どうぞ。」

 

 奏絵は勢いのある美崎の話を、やんわりと上手くかわした。

 

 広めのリビングでは、橙色の大きめ不ぞろいのタイルが敷き詰められ、薪がくべられた暖炉、未完成な加工が温かみを醸し出している木製のテーブルと椅子が、気持ちよさそうに客を迎えてくれた。そのテーブルには、グラスワインともに、じゃがいものグラタン、ラタトィユ、サラダなどフランスの家庭料理が並べられていた。

 

「わぁ、おいしそう。奏絵さん、あの、すみません。この生ハムに巻かれている、緑の長いつくしのような野菜は何ですか?」

 

「これは、フランスやイタリアで食べられている山菜です。アスパラ・ソバージュって言うもので、アスパラとはまた違うんですよ。春の今が旬なんですが、採れるのに4年もかかるし、栽培も難しいから、日本にはないかもしれませんね。」

 

「そうね、日本で見たことないわ。きれいな緑ね。粘りがあって、オクラみたいな食感ね。ちょっと甘めで、とても美味しい。」

 

「ありがとうございます。今、試作中なんですけど、クセもなく和風にも合うので、天ぷらとか、ポン酢で敢えても美味しいですよ。今、あるので、食べてみます?」

 

「是非、お願いします!」

 

 気配を消したかのように、食事に集中していた蒼真が声を出した。

 

「まだ、たくさん残ってるじゃないか。お喋りの方が多いんじゃないか?」

 

「そんな事ないわよ。あ、来た来た。」

 

 奏絵が持ってきた、アスパラソバージュのポン酢和えと天ぷらの味と食感を、丁寧に味わった。

 

「うまい。」「美味しい。」二人の言葉が重なった。

 

 美崎は、言葉を続けた。

 

「これ、絶対出すべきですよ。生ハムバージョンより美味しい。」

 

「日本人だからだよ。慣れてる味だし。」

 

「そうかな。いいと思うんだけどな。」

 

「ありがとうございます。仲いいですね。珈琲、召し上がられますか?」

 

 蒼真は、奏絵の機転の利いた言葉に救われた。

 

「すみません、お願いします。」

 

「このセンターテーブル白くてきれいね。キルト?レリーフみたい。」

 

「ほんとに、興味が尽きない人だね。」

 

「だって、そうでしょ。ここ滅多に来れないフランスだよ。日本語通じるんだよ。聴けること聞いておかないと。」

 

 珈琲を持ってきた奏絵が、教えてくれた。

 

「それはね、ブディと言って、2枚のコットンの間に糸を詰めて、彫刻のように草花の模様を作るキルトなんです。フランスで、昔からある伝統手芸の一つで、私も教えてもらって作ってみたの。」

 

「これ、いいなぁ、でもなぁ、不器用だしなぁ。」

 

「練習がてらに私が作ったもので良かったら、少し持っていきますか。ハンカチサイズくらいですが。」

 

「ほんとに?いいですか?嬉しいです!」

 

 確信犯だろ……

 

 蒼真は、美崎を睨んだ。

 

 美崎は笑みでそれに返した。

 

 自分は保護者か。

 

「すみません。なんか、子供のわがままみたいで。」と蒼真は奏絵に謝った。

 

「いえいえ、日本の方とこうやって、フランスの事を話せるのはとても楽しいですよ。」

 

「明日の本番に備えて、そろそろ、寝よう。」

 

 まだ、物足りなさそうな美崎を促した。

 

 

 翌日、2人は、奏絵に精一杯のお礼を言い、運転と通訳をしてくれる花澤大和とともに、民宿を出た。

 

「15分ほどですかね。石畳のところが多いので、道中揺れますが、掴まっていてくださいね。」

 

「花澤さん、ありがと。でも。大丈夫よ。それにしても、きれいなところね。夜に来たから分からなかったけど、おとぎ話にでもありそうな感じ。石畳に、石造りの壁、花がいっぱい。坂と階段が多いわね。でもそれが絵になるわ。奏絵さんが言ってた通り。」

 

「ここは、フランスで、最も美しい村だって。最もと言いながら、いくつも、その最もが、他にもあるみたいなんだけどね。」

 

 そう大和の村の説明を聞いているうちに、ある一軒の民家の前に着いた。

 

 花澤の方から、連絡しておいたとのことで、50歳代くらいのふくよかな女性が出てきて、招き入れてくれた。例えは古いが肝っ玉母さんのような印象だ。

 

『エマです。よく遠いところを。花澤さんから、聞きましたけど、私に何か聞きたいことがあると。』

 

 案内された部屋は、石積みの壁と木の温かみが上手く調合した、花のあふれた部屋だった。骨太の木材に自然の曲線や木目がデザインされた、手作りのテーブルと椅子に心和んだ。

 

 招かれるままにその椅子に座った蒼真は、早速、写真を取り出し、裏にここの住所が書いてあった事を指さし、伝えた。

 

 写真を見て、エマは驚いた表情を見せた。

 

 エマは、慌てた様子で、奥で、何やら探し始めた。5分ほどして、写真と、咳き込むほどの埃を払いながら、古い一冊の本を持ってきた。

 

 そして、写真をテーブルの上に、蒼真の持ってきた写真と並べた。

 

「こんな事が…」

 

 全く同じ写真だった。

 

 持ってきた本は、日記という事であったが、かなり古びており、文字が薄く読み取れない部分もあった。

 

 エマが、この写真をどうして、あなたが持ってるのか、聞いてきた。

 

 自分の家に古くからあったアルバムの中に貼ってあった事を話した。

 

『もしかしたら、あなたは、私の祖母のアリシアが連れていた男の子の、子孫かもしれません。』

 

 蒼真と美崎は、驚いて、お互い目を合わせた。

 

 そして、エマは、日記について、話始めた。

 

『この日記はね、アリシアが書いたものなんですよ。アリシアは、1900年代初めのころに、ある男の子を連れて、フランス語の教師として、日本へ渡った。実はその男の子は王族の子孫でね、ある時、双子の男の子が生まれて片方の子が赤毛だったんだ。ま、王族とは言っても、すでに王政は終わってて、なんの権力もなかったんだけど、王位継承権を名乗るものがまだ存在していた時代だった。だから、そのプライドを捨てきれずに、王政の復活の望みも、まだ持っていた。で、その子の存在は、ない事にしようとしたんだね。』

 

「えっ、なんで、可哀そう。」美崎は思わず、声に出した。

 

『赤毛の子供が生まれる事は不吉であるとの迷信がまだ残っててね。でも、城の中での殺生を嫌がった主が、遠い山奥の農村に捨ててこいと、雇っていた従僕に命じてね。でも、そんな酷いことが出来なかった。その子の母親より託された、お守りをその子の胸にかけて、ある農民夫婦に預けようと、向かっていた道中に、何者かが、その子の胸に弓を放ち、命中したのを確認して、去って行ったんだよ。その子はぐったりと動かなくなってね、抱き締めて泣き暮れてたら、しばらくして、その子が泣き始めたんだよ。お守りが弓矢を受けてくれたんだ。お守りの石にはヒビが入って、3つに割れてしまったけど、命が助かった。軌跡だった。』

 

「あ~良かった。ドキドキするわ。その後どうなったの?」

 

『その農民夫婦の元でしばらく暮らしていたんだけど、またいつどき狙われるかわからない。そんな時、遠い親戚の娘であるアリシアが日本へ渡る事を聞いた農民が、その男の子を託す事にしたんだ。その子の名前はそう、エカルラート、赤毛だったのでその名前が付けられたそうよ。』

 

「エカルラートって赤色の事なのね。」

 

『そうね、血の色とか、高貴な色、罪な色、意味合いは様々だけどね。』

 

「そのエカルラートが日本に来たの?」

 

『そう、事情をすべて受け入れたアリシアは、エカルラートを自分の子供として、一緒に日本へ渡った。日本に着くまでは、不安しかなかったと書かれているよ。日本に渡ったアリシアは、フランス語の教師として、エカルラートとともに東京で暮らし始めた。それからしばらくして、日本人と結婚して、男の子が生まれたんだ。エカルラートと兄弟として、暮らしていたそうだよ。でも、エカルラートが11歳の時、その東京で大震災が起こった。エカルラートは行方不明になって、家族は、瓦礫の中、必死に捜しまわったけど、見つからなかった。けど、不思議な事に、7年後に、その男の子の妻と娘だと名乗るものが訪ねて来た。もう一人女性がいたとも書いてあるよ。」

 

「という事は、どこかで、生き延びてたんだ。エカルラートは18歳か。18歳には見えないね。堂々としてる。でも、若くに結婚したんだね。」

 

 美崎るり子は、想像を巡らせていた。

 

「そうね。妻はアイサ、娘はユリと名乗ってたそうで、アリシア宛の手紙を差し出したんだ。持っていたお守りの石と、夫がエカルラートにあげたカメラが、その手紙がエルカラートの物であると証明してくれた。そのカメラで撮ったものを、この時に現像したものがこの写真。立派になったエカルラートを見てうれしく思ったんだが、本人は来れないと手紙には書いてあったらしい。この時、アリシアの夫は事故死していて、息子の洋(ヨウ)と一緒に、フランスへ帰る準備をしている時だった。だから、震災後にやっと建てて住んでいた小さな家に、そのまま、アイサとユリ、もう一人の女性に住んでもらう事にしたんだ。」

 

「もう一人の女性って、私の曾おばあちゃんかも。同じような写真、私ももってるから。」

 

「おや、そうかい。アイサは詳しいことは話してくれなかったけど、その時に現像した写真を何枚かと、お守りの石をアリシアに託したんんだ。それが、この写真。アイサは石を自分たちが持っていると、良くない事が起きると言ってそうだよ。あとアイサが持ってた写真の裏には、アリシアの東京の職場の住所と、行くことになっていたフランスの住所も書いておいたそうだよ。でも、アリシアがフランスへ戻ってからは、アイサからの連絡等はなく、こちらから手紙を送っても返事もない、そのうち宛先不明で戻ってくるようになって、以降は、どうなったのかはわからない。日記にはそういう書かれていた。』

 

 珍しく神妙に聴いていた美崎の眼はうるんでいた。

 

「なんか、よくわかんないけど、激動の人生ね。あと、フランス語の専門学校、今でもあります。写真の裏の住所行ったら、学校建ってました。ということは、100年以上前に、アリシアが、あそこにいたのね。」

 

 蒼真も口を開いた。


「アイサはどこから、来たとかは、書いてないのですか?」

 

『どこからとは書かれていないけど、日本の山らしき名前があるよ。』と日記を見せてくれた。

 

 日記には、鳥居の形と、お地蔵らしき絵、それぞれ相関する距離とkagerou、kamioyamaと書かれていた。


「神生山じゃない?鳥居もあるし。」美崎が言った。


「そうだな。神生山だと思う。」

 

 エマが、木箱を持ってきた。木箱の蓋を開けると、その中には、きれいにユリの花の刺繍が施された布に包まれた石が入っていた。

 

 『これが、今、話したお守りの石です。』

 

 美崎は、古代の遺物でも見たかのように、頬を紅潮させた。

 

「わぁ、すごい!思っていたより小さいけど、これが、100年前、男の子の命を守ったのね。表面ツルツルな鼠色のヘラべったい、勾玉?みたい。」

 

「勾玉だとしたら、パワーが集まるとか、装飾用に紐を通す穴が開いてるはずだから、違うよ。石なのか骨なのか、化石で作ったものかもしれないね。」

 

「ふーん、確かにそうね。そうかもね。」ちょっと不服そうに美崎は、口を尖らせた。

 

『この石は神田さんが持っていた方が良いと思います。』

 

「でも、悪いこと起こるって。」と美崎の言葉に、エマは柔らかな笑みで答えた。

 

『私たちには、悪いことは一切起こりませんでしたよ。』

 

「石は3つではないのですか?」と蒼真と冷静だ。

 

『もう一つは、エカルラートが持っていたと書かれているんです。だから、アリシアが持ってきたのも2つでした。』

 

「ねぇ、ねぇ、この2つを並べたら、形はほぼ左右対称だけど、片方はちょっと小さいわね。ほら、よくみると、変な突起もあるわ。もう一つは真ん中になんかあったのよ。きっと。」

 

 それを見ていた、エマが、思いついたように声のトーンを上げた。

 

『あら、これ、フルール・ド・リスかもしれないわね。元々の形が何だったのか書かれてないけど、こうして並べると、そう、真ん中の部分が欠けてるのよ。アイリスを模した王家の象徴で、古代から使用されているフランスの紋章ですね。日記では、エカルラートの首の後ろにもこの記しがあったと書かれているわ。』

 

「蒼真もあるじゃない。やっぱり、これだったのよ。」

 

 美崎は、哲也の前髪を上げて、エマに見せた。

 

『ほんとだねぇ、これは間違いなく、紋章だわ。でもなんか、不思議な話だね。』

 

「すみません。この黒い粒は何ですか?この布に残ってる。5日粒ほど。」

 

『あー、これね、これはアスパラソバージュの種よ。なんかの時に入っちゃたのね。』

 

「昨日食べたやつだ。この種も、もらってもいいですか?」

 

『どうぞ、どうぞ、いいですよ。まだ、たくさんありますよ。でも栽培難しいですよ。上手くいっても4年かかりますから。』

 

「奏絵さんも言ってたね。私頑張ってみる。美味しかったもん。」

 

 ころころと話を変える美崎に戸惑った様子のエマだったが、優しい笑顔で、種を小瓶に入れて持ってきてくれた。

 

「ありがとうございます。嬉しいです。」

 

 エマは、木箱ごと、石を蒼真に渡した。

 

 蒼真から木箱を渡された美崎は、昨日、奏絵にもらったブディの布で優しく包んだ。

 

 美崎と哲也は帰りの飛行機の中にいた。

 

「あの日記の話、すごかったわね。それにしても、蒼真と私の先祖はいったい、どこから来たのかしら。結局、写真の場所分らなかったし。」

 

「これ以上、どうも出来ないな。」

 

「そう、そう、フランス行き、ほんとに、今日ちゃんに正直に喋ったの?」

 

「すべてではないが、サキちゃんと行くことと、子供の頃から自分の見る夢がフランスに関係あるから、ハッキリさせたいからって。サキちゃんも、同じ写真持っていて、今までの疑問をフランスに行って調査するからって言っといた。嘘ではないだろ。だって、嘘は絶対ボロ出るよ。そこまで自分は器用じゃない。」

 

「まぁ、嘘つくの誰よりも下手そうだもんね。帰ったら、どうするの?」

 

「少し、頭、整理してから、考えるよ。」

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