第9話 珈蘭会議①

 真田との待ち合わせで、珈蘭に先に来ていた美彩都らは、奥の席で談笑していた。


「懐かしいわ。全然、変わらないわね。変わったのは、河合君のマスターぶりが板について格好良くなったことくらいね。」

 

 今日子は紅葉柄のカップに口をつけながら、久しぶりの景色を懐かしんだ。

「ママの珈琲カップ素敵。私のは、これサクランボよ。みんな違うんだね。パパのは藍色の草木柄だし。マスターってセンスいいのね。」


「ありがとう、美彩都ちゃん。あとは真田が来るんだね。」

 

 他の客への対応で、側を通った河合が声をかけた。

 

 間もなくして、真田が入ってきた。


「いやぁ、お揃いで。美彩都ちゃんだったね。大きくなったね。お母さんの方に似てるのかな。蒼真でなくて良かった。って余計なことだね。すまん、すまん。」


「ありがと。でも、お父さんの顔よく知らないから、どっちでもいいけど。」


「あっさりしてるなぁ。俊樹、美彩都ちゃんには、手帳と例の写真とアルバムは見せたのか?」


「写真はまだだ。」

 

 俊樹はアルバムと写真を取り出した。


「えっ、そんなのあったの?見せて欲しかったよ~。」


「一度に、情報を入れると混乱するだろ。」

 

 美彩都は写真とアルバムを最初のページから、食い入るように見始めた。


「自分からでいいか。」

 

 真田が、話を始めた。


「この写真について、大きな進展だ。同じ写真を見たことがあるという人に会った。パラレルワールドを調べてただろ。そのオフ会で知り合った女性で、西洋史を勉強していうというので、相談したところ、もっと詳しい女性を紹介してくれたんだ。大学の講師なんだが、その人がこの写真を見たことがあると言うんだ。それも、フランスで。そのフランス人のところへ訪ねてきた日本人の青年がいたことも。蒼真だと思う。多分、アルバムの他に何か情報があったんだよ。それを元にフランスを訪ねて、何かを知った。そして帰国後、一か月で行方不明になった。」


「やっぱり、フランスが何か関わってるんだ。でも、すごいな。写真がつながるなんて。地球の中の米粒を探すようなもんだよ。それで、写真の場所はわかったのか?」

「いや、城も似たような人物もいるが、該当するものは無しだ。」

 

 美彩都が声を上げた。


「ねえ、ねえ、この、風景の後ろのお城、夢の中のお城にそっくり、屋根の部分は、崩れてたけど、手前の湖があるのと、この写真のとよく似ているのよ。それでね、真田さん、私、そのお城の中で、鉄みたいなものを拾ったの。この前、具合悪くて保健室にいたとき、石見先生から、あ、保健室の先生ね、先生がね、私の制服の上着から、石が落ちたって、私にくれたの。何故か私の制服から、その夢の中で拾った物とおんなじ形の石が出てきてたのよ。よく見ると、勾玉みたいな形なんだけど、そう、その手帳の中にある、紋章の一部に似ているの。ね、ミステリーだと思わない?」

 

 真田は笑みを浮かべ、優しく反応した。


「夢?夢かあ…石は実際にあるんだね。」

 

 今日子は、真田とは反対に険しい表情を見せた。


「美彩都ったら、夢だのなんだのって。それはもういいでしょ。その石、蒼真がフランスのお土産だって言ってもらったのよ。」


 「美彩都ちゃん、石、今持ってる?」

 

 待ってましたとばかりに、美彩都は、テーブルの上に石を包んであった白い布を敷き、そっと、石を置いた。


「なるほどね、突起があるが、確かに、アルファベットの「C」というか勾玉みたいだな。」


「それ、ほんとに夢の中で拾ったんだから。」


「美彩都、やめなさい。夢なんて関係ないでしょ!」


「やだ、ママ、どうしたのよ。」

 

 全身を力ませ、紅潮した顔、今までに見たことがない母の表情だった。

 

 俊樹は今日子の肩をさすりながら、震える身体を鎮めた。


「まぁまぁ、今日子、落ち着いて。美彩都、ママね、蒼真が今の美彩都ちゃんみたいに、痣の事とか、不思議な夢ばかりを見ていた事を聞いていて、同じ頃、ママも夢で美彩都がいなくなる夢を見てたんだよ。それで、すごい不安になってた頃に、蒼真がいなくなったんだ。その時の不安が現実になってしまって、だから、そういう夢の話は、ママにとっては、とても辛いんだよ。」


「そうよ、また、美彩都までいなくなったら…。」

 

 今日子は頬を伝った涙を手で拭った。


「ごめん、ママ。そんなつもりじゃ…。ごめんなさい。」

 

 真田が話を変えた。


「話していいかな。えー、フランス、そう、フランスへ行こうかと思っている。もっと詳しい話をしてもらえそうだから。知り合った女性も一緒だ。出来たら、美彩都ちゃんが来てくれると、ありがたいのだが。」

 

 今日子が顔を上げた。


「何言ってんのよ。ダメよ、そんな遠いところ。」

 

 美彩都が立ち上がった。

 

「ママ、私行く。夢とは関係ないというけど、私小さい頃から、同じ夢を何度も見るの。この目で確かめたい。お城とか、古い町とか、フランスの田舎のような感じの夢。誰かに追われるんだけど、助けてくれる人がいるの。フランスで何もわからないかもしれないけど、少しでも、この不安定な気持ち何とかしたい。」

 

 今日子は口を強く結んだ。

 

 俊樹が重い口を開いた。


「自分も行くよ。このもやもやした事は早く終わらせたいし。」


「もう、好きにすれば!」

 

 重い空気に河合が中に入った。


「ケーキ試食してくれるかな。珈琲お替りサービスするよ。」

「それはいいね。頼むよ。」

 真田もこの作戦に同意した。

「真田さん、珈琲に砂糖入れすぎじゃない。ケーキが一緒の時は、砂糖控えたら?メタボ良くならないわよ。」

「厳しいな、美彩都先生は。」

 

 今日子は、河合の作戦の効果もあり、冷静さを取り戻していた。

「美彩都、失礼よ。すみません、真田さん。」

「いいよ、今日ちゃんも若い頃こんなだったよ。やっぱり、ママ似かな。」

「全くその通り。」

 うんうんと、大きく頷き俊樹は真田の言葉を支持した。

「そんな事ないわよ」

 今日子の表情が和らぎ、まだ湿気を含んだ声で、反応した。

 

「そうだ、美彩都、忘れちゃいそうだから、言っとく。石見先生に、伝えてくれる?この前、アスパラソバージュが欲しいって家に来たのよ。その時は少し持って行ったけど、また採れたから、採りに来てって。」

「わかった。」

 美彩都は、自分でメールでもすれば、と言いかけたが、これ以上の火は出したくなかった。    


「最後に、ちょっといい?洋一郎おじさんは、この話し合いには参加しないの?」    


 美彩都の疑問に真田が答えた。


「一応、声はかけている。今日は無理だった。元々、蒼真の行方について、洋一郎から持ち掛けられた話でもあるから、情報は入れてはいる。ただ、蒼真と、洋一郎との関係はあまりいいものではなかったからね。洋一郎は、父親が昔から蒼真ばかりを可愛がっていたと言う思いを持っていて、蒼真の方は、洋一郎が自分の車の調子が悪かったのを知っていたのに、父親に車を貸したせいで事故を起こして、その事故が原因で亡くなったんだと思い込んでいた。だから、兄に対していい感情は持っていなかったんだ。お互い寄り添う事はなかったね。今は、もうそんな感情はないだろうが、先頭に立って、行方を捜すというまでの気持ちにはなれないんだろうね。」


「そうなんだ。洋一郎おじさんって、いつも笑わないし、気難しい感じだけど、私の小学、中学、高校と入学祝いを忘れずにくれてたし、本当は良い人なのよ。だから、お父さんが見つかったら、仲直りしてほしいな。」


「そだうだな。見つかったらな。」

 

 真田たちが帰ろうとしたとき、中新が、カウンターに座っていた。


「えっ、先生じゃん、先生もここ来るんだ。」


「おう、白石か、具合はどうだ。」

「もう、全然大丈夫だよ。みんな大げさなんだから。」

 今日子が、慌てて、美彩都の横で挨拶をした。

「美彩都がお世話になっております。」

「あ、いえいえ、こちらこそ。最近、体調悪そうだから、心配しております。」

「先生に言ってなかったの?」

「だって、言うほどの事じゃないもん。」

「しょうがないわね。先生、すみません、ほんとに。軽い貧血と自律神経の方がちょっと。でも思春期によくあるそうだから、大丈夫かと思います。」

「お母さん看護師さんだったな。それなら、心配ないか。」

「先生、じゃ、明日またね。」

 

 

 中新は、奥の席に場所を変え、河合から情報を聞き出した。


「で、どんな話になってる。」


「蒼真が残した手帳のコピーと、例の古い写真と家系図はスマートフォンで撮らせてもらったよ。この景色がフランスではないかと真田が識者に見てもらったら、景色も、そして人物も、どこにも該当しないと言われたそうだ。だが、なんと同じ写真を持っている人がフランスにいるらしいと事が分ったんだ。そして、手帳にも書かれていたんだが、蒼真もそこを訪ねているらしいことも。それで、真田は今度フランスへ行くって。美彩都ちゃんと俊樹も。美彩都ちゃんの母親は、抵抗していたけどな。娘の身に何か起きてるんではと、不安でいっぱいのようだった。あと、美彩都ちゃんが、夢の中で拾ったという鉄と同じ形の石を実際に持っているらしい。蒼真のフランスのお土産で、今日ちゃんがもらって、大事にしてたって。何故か、その石が学校の保健室で、美彩都ちゃんの制服から出てきたって言ってたな。」

 

 中新は河合の話と、提示されたそれらを見て、唸った。


「どうした、何か分かったのか?」

 

 中新は、腕を組み、しばらく無言の時間のあと、口を開いた。


「さっき、ちょっと聞こえたが、石見先生と母親は知り合いか?なんか、引っかかるな。」


「そう、看護学校の時の同級生らしいよ。この前も、白石家に行ってるって言ってた。もしかしたら、その先生が、わざと?でも何の目的で、どうやって?」


「それは、分からないが、石、やはり持っていた事になるな。実はミドワル界で、真の王が誕生したと意味する石像の眼が光ったと大騒ぎになっている。やはり、白石美彩都が真の王である事の可能性が大きいな。ただ、今の王が、その即位を阻止しようと、きな臭い動きもある。ミドワル界はフランスの革命前に分岐した界だ。写真はミドワル界で写したものだと思うが、その『エカルラート』という人物だが、資料を見たが、その名はなかった。なぜ、その写真が美彩都の父親の家にあったのか。家系図に書いてある、同一人物なのか。石がフランスからの土産というが、ただの土産ではないだろう。フランス人が同じ写真を持っているという事も、フランスへ行けば、何かわかるかもしれないな。とにかく、真の王の件を、どう白石にどう伝えて、どう守るか。フランスへ、いつ行くとか言っていた?」

「それはまだ決まらなかったよ。たぶん、美彩都ちゃんの夏休み入ってからじゃないのかな。」


 「あと1か月くらいか。18歳の誕生日は確か、来年の1月…。」

  

 中新は千草と調整員専用の通信でメールでのやりとりをしていた。

  

 -学校で、白石に何か変わった様子はないか。


 -今のところ、落ち着いてる。元気に学校に来てるよ。美彩都、先生が風邪って聞いて心配してたわよ。ハラスメントなんて言ったからかな、って気にしてた。


 -そうか、そんな可愛い事も言うんだな。今、珈蘭に来ている。家族で来てた白石と会ったけど、何も言ってなかったな。それと、やはり石は持っていたよ。珈蘭での会話を河合が教えてくれた。額の痣はどうだった?


 -痣も石も直接見せてもらったわ。痣はやっぱり、フルール・ド・リスの形だった。ハッキリと。時々痛むらしいわ。それと、まだ、なんとも言えないんだけど、なんか学校全体が変。空気が重いとうか、雰囲気でなくて、もっと物理的な。


 -パズルのピースはまだまだ足りないが、やはり、白石美彩都が、真の王の可能性が見えてきた。ミドワルでは、いろんな手を使って、白石を探し始めているらしい。重力の変化なのか?この事が何を示唆しているのかわからんが、敵が近いということかもしれん。


 -石見先生だが、白石の家から、石を持ち出して、制服に入れた可能性がある。


 -そういえば、美彩都のお母さんが栽培した、外国の珍しい野菜が美味しかったって、言ったら、目キラキラさせて、自分も欲しいって言ってた。


 -どうやら、石見先生が、それを名目にして白石の家に行ったようだ。その時に持ち出したんだな。


 -名目?石の方が目的?でも、なんで?美彩都どうなっちゃうの?なんか心配。


 -明日、石見先生に直接聞いてみるよ。

 

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