第12話 再会した美咲


 この日に出会った元カノの河村美咲からはその日の夕方になって着信が入った。この時間には山路はすでに入庫して洗車していた。

「ええタイミングで来たなあ」

 直ぐに折り返し電話したが繋がらない。

「なんちゅうやっちゃ」

 携帯に文句言うてもしゃあないとりあえず留守伝言した。折り返しメール着信で喫茶店を指定して来た。住所を見ると昼間彼女を降ろした北大路通り近くで駐車可能になっていた。なるほどまだ車で通勤していると見計らってそう云う場所にしたかと美咲の気の使いようが思わず愛おしくさせた。 

 山路は今日はいつもより早めに入庫していた。入庫しても洗車に掛かってる車は一台もなく隣の松井はまだ営業中で珍しく隣の場所にはまだ彼の自家用車が有った。そこへ西本さんの車が入庫してきた。

「偉い早うに帰ってきたんやなあわしよりも早い」

「ちょっと市内へ行く用事が出来まして」

「ホ〜ウそれやったら途中のJRの駅通るやろうそこまで乗せてもらうと有難いが」

「どっちみち通り道ですから送りますよ入金済んだら向こうに置いた自家用車で待ってますさかい」

 有難いと西本さんは指定場所へ車を駐めに行った。西本さんが帰ってくる時間やさかい係長もぼやかんやろうと事務所に入ったが入金で松本係長が「お天道さんが高いのに」とまた嫌みを言いに来た。

「何を云ってるんですかもう陽が沈みますよ」と言いながら入金した。

「早い割には稼いでるなあ。最近は金額の高いチケットが増えてるがなあ」 

 と頬を緩める係長にまあねと適当に返事して自家用車に戻った。納金を終えた西本さんは窓を叩いてから乗って来た。

「早かったですね」

「車汚れてないから水洗みずあらいせんと、から拭きだけにした。まあ明日も乗るさかいになあ」

「今日は京阪の京津線でなくJRで帰るんですか」

「JRはひと駅で次が大津や京津線やってみ浜大津まで四つも駅があるんや、まあその内のひとつが内の会社の目の前やさかい歩かんでええさかい楽なことは楽やが。それよりいつも真っ直ぐ帰ると山路はんが珍しいなあこんな時間にしかも反対方向の市内に出るやなんで」

「こないだまで一緒に居た彼女と再会するんです」

「ホ〜ウより戻ったんか」

「男と別れよって、で偶然今日再会して、で会いに行くんです」

「それは結構なこっちゃ、前は同棲やったら籍は入れてへんのやろう」

「前は邪魔くさいって言ったからそのままでした」

「何が邪魔くさいにゃ、判押して区役所に持って行ったらええだけやろう、別れにくい口実やろう」

「そう云う事情ですけど今度は入籍するようにします」

「するようにでなく、せにゃああかんで」

 そう言い残して西本さんは駅前で降りた。


 彼女が指定した喫茶店は直ぐに見つかった。駐車場に面した窓辺の席から手を振っているのも見えた。

 席に着くと元彼とは完全に別れたと分かり切っているのか彼女は越前大野がどうかしたのと単刀直入に訊いて来た。

「多分、啓ちゃんの事だからあの越前大野城に関心があったんでしょう」

いつまでも尾を引かないて切り替えが早いのも美咲の特徴だった。そこがいつまでも気にする山路啓介とは対照的だかそれで二人は丁度釣り合いが取れていた。だから復活するのも早かった。と云うより美咲に引っ張られた感が強かった。

「元彼が継ぐ旅館の名前が知りたいんだ」

 元彼に彼女はムッとした感じだった。

「経営者は沢井さんだけど名前は伊皿いざら旅館って言うの。何でも幕末の頃に先祖が入植した樺太の村の地名らしいけどそれよりそんなこと知ってどうすんの」

「伊皿旅館、やはりその旅館だ。別にその旅館がどうこうって云うんじゃないんだそこの調理場に居る岡田さんと云う人とちょっと知り合って」

 ーーその人は五年前の震災の時に沖で操業中に津波に会って遭難した人なんだ。それが今更と思うがその人は今も記憶喪失者だから自分が何者か分からないんだ。それが最近やっと解り掛けてきたとその過程の事情を説明した。

「そう云う事情だったのでも今回も天空の城を取り巻く雲海には巡り逢わずに、別な者に出会わすなんて運が良いのか悪いのか判らない人ね。でもそれは複雑すぎてまったく先が読めないいわゆる予断を許さぬと云うやつね」

 そう言いながら美咲は余談ばかり言っている。

「その元彼なんだけど」

「啓介、その元彼ってもう外してくれる彼には沢井と云う名前で呼んでくれないとそうでないとその話に気分良く感情移入がやりにくいの」

 半年前まで切った張ったと気をもんで居た相手なのにもう過去の人か、五年もその過去を訳も分からずに引き摺る人の話なのに。まあそんな彼女だから自分から縁を切りながらも一年ぶりの奇遇に関わらずその日のうちに会ってくれた。

「じゃあその沢井さんですか一度話を聞いてくれるか」

「あの人は結婚間近だけどそう云う事情ならあなたでも会うって言ってくれるわよ」

「俺が会ってもしゃあないと思う、それより岡田さんが事実を知った先の事を旅館の跡取り息子に君から相談して欲しいんだけど」

「それ、早合点過ぎる。だってまだ話はそこまで行ってないでしょう」

「本郷さんと佐藤さんからは本心で話し合える者同士だと云う成り染めから訊いているんだ。とても割り込めない、過去には戻せないんだ」

「いつ誰がその岡田さんに本名を伝えるのかなあ」

「それはやはり本郷美希さんが伝えるだろうけどあの人はまだ整理が付かないのだろうなあ」

「啓介、あんたがパンドラの箱を開けたのよ」

「それはないやろう開けて見なけゃあ判らんもんを。まして義を見てせざるは勇無きなり。それじゃあ彼に関わったすべての人が彼を厄介がるのか。でも神話では希望だけが残るはずなのだがなあ」

「多分蓋をすればねぇ、でもだからあなたにその一番厄介な役が割り当てられそうな気がするの、だってあなた一番人が良すぎるもの、でも岡田さんの落ち込みを考えるとそのホローはあなたには無理ねさっきの話から想像すると一番親身なってくれた水島さんって云う方が適任な気がするから本郷美希さんから話が決まれば先ずは水島さんに相談する事ね。沢井との相談はその次になるわね」

 ーーなるほど美咲の話には説得力が有ったし、水島さんとはメールでやり取りしていた。しかし美咲のシナリオ通りに行くかは判らない一寸先は……。

「でもその加藤さん、今はまだ岡田さんかその人は今まで何の為に、不幸を背負う為に生きて来たの。あんたはその不幸のキューピットになるなんて」

 この女は何処まで話を混ぜ合わすんだ。

「それより先の事を考えよう」

「それはあなたでなく本郷美希さんでしょう結局あたし達は成り行きを見守るしかないわね」

「そうかじやあもう越前大野には行きにくいなあ」

「そうかしらあたしは元彼から披露宴に友人で招待されているのよ」

 さっき元彼を否定しておきながら支離滅裂な女だがそこが可愛かった。

「お前それマジか」

「実に金遣いと一緒でおおらかな人なのよ」

 それ意味がちがうやろ、人柄と金遣いと一緒にするな。

「でもその元彼に一枚加わってもらうようにする」

「加わってどうするんや」

「だってあの人はその旅館の跡取り息子なのよ、あたしの最初で最後のお願いとして元彼にも協力してもらうはあたしの為なら一肌脱いでくれそうだからとにかく相談してみる。その前には本郷美希さんの話しが先よ」

「そうかしかし今度はいつ本郷さんに会えるか判らない」

「そこまで進めばもう待つんでなくあなたから会いに行くべきよ。それであなたの橋渡しはもう終わったの。これからはそれぞれの立場の人が動く番だからもう傍観者で良いんじゃないの」

 クライマックスの舞台設定が終わったのだから後はそれぞれの立場の役者に任せなさいって云う事か。

「とにかく行くつもりなのか」

「ええ、ついでにあたし達の式もしない」

「今日会ったばかりなのに」

「何言ってんの三年も一緒に暮らして居て一年熟成期間が空いただけでしょう」

 ウィスキーじゃないんだ。だが四年も寝かせばまろやかな酒になるのか。

「だけど別れていた事は確かだ」

「だから雨降って地固まるって云うでしょう」

「それもニュアンスが違うけどそれで元彼の式はいつ何や」

「忘れたから帰って調べるけど来月の後半」

 いい加減なところはやっぱり行く気がなかったのか。

「あとひと月もないんか」

「もうそんなになるんやねえとにかく一人では行きたくないの向こうと同じ条件じゃなければ嫌なの」

「同じ条件?」

「だから出席前に啓ちゃんとあたしの二人だけで結婚式をするのよ」

「それって籍も入れるって言うこと」

「そう山路美咲になるのに不満でもあるの」

「不満どころか何もないよ」

「だったら可怪おかしなこと訊かないでよ、当然でしょう」

 この女の思考回路が今日ほど不可解に見えたことはなかった。

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